「……は?」
私が放った言葉を受けて、ゴスフェは血がついたままのナイフを床に落とした。誰が掃除すると思ってんだ、血は処理が面倒だからうちには持ち込むなっていつも言ってるのに。眉間にシワを寄せていると、ゴスフェはつかつかと歩み寄った。
「ちょっと、バレンタイン忘れてたってどういうこと?」
「うえ、血の匂いすごいんだけど。うち来るならちゃんと洗ってから来いつってんじゃん」
「そんなことは今どうでもいいだろ!なんでチョコ用意してねえんだって聞いてんの俺は!!」
「どうでもよくないだろふざけんなうちが家宅捜索されたら困るのはあんたでしょ」
「すいませんっした」
ぎっと睨むとゴスフェはうなだれて両手を上げた。ゴスフェだって立派な(立派な?)恐ろしい殺人鬼のはずなんだけれど、なんだかんだ言って私には甘いのだ。
「それで……ほんとうに俺にチョコないわけ?」
「ないよ。すっかりきっぱり忘れていたので」
「ウソだろおぉぉぉ……せっかく大急ぎで殺してきてわくわくしながら日付変わるの待って押しかけてきたのに……」
「いや女子かよ」
「女子はお前だろ」
「まー今年は諦めてよ。カフェオレいれたげるから」
「それは嬉しいけどさぁ!!!そこはせめてココアとかにならない!?!?」
「あるけど牛乳ない」
「じゃあカフェオレだってむりじゃん」
「あ、そっか」
「なんなんだよもぉ……俺のわくわく返してよ……」
「そんなに落ち込むとは思わなかったなぁ」
「他人事!!!めっちゃ他人事!!!逆にびびるわ!!」
「だってゴスフェのことだからさあ。てっきり……」
「てっきり、なんだよ」
「ハリー。ハリー・ウォーデンが……」
「あ?なんだよ俺がハリー・ウォーデンごとき怖がってると思ってんのかよ?」
「いや……」
「あんなバレンタインでしか殺人できないようなやつ、ちっともこわくねーだろ。数でいえば俺のほうがもっと殺してるね。だいたい凶器がツルハシってなんだよ、今どきダッセーよな!」
「後ろ、後ろ」
「へっ」
そこには大きなツルハシを持ったガスマスク姿の男が!
「うっぎゃああああああ!?!?!?!?」
「わー殺人鬼にも死亡フラグって立つんだなぁ……」
「冷静に解説してる場合かアホッ……待って待ってごめんなさいフード掴まないで引きずらないで謝るからごめんなさい~~~~!!!」
かわいそうだから、明日はチョコレートを用意してあげよう。なんだかんだ言って、私もゴスフェには甘いのだった。
(まあ……生きて帰れたらの話ではあるけど)