「ハロー、ホラー映画は好きかい?」
深夜0時を過ぎたころ、鳴った電話を取れば開口一番謎の質問を投げられた。この声は男性のものだろうか、機械でも使っているのかしゃがれたようなノイズが走って判別つかないが、どちらにせよ完全にイタズラ電話だ。これからまさにホラー映画を見ようとしていたところだったので私は露骨に眉をひそめる。
「大好きですよ。なのでこれから見ようとしてたんです切りますさようなら」
「まあまあ。それなら一番好きな作品を教えてくれない?」
「えっ一番?一番っていうとすっごい難しいんだけどやっぱり悪魔のいけにえの不条理感と映像美はたまらん怖さがあるよねーでもストーリー性は薄いからそこだけちょっと物足りなさあるかなって思うんだけどそれでいくとエルム街の悪夢なんか設定がすごく凝っててラストの後味悪さはめちゃくちゃ好きなんだけどいかんせんフレディのギャグキャラ感否めないし2以降とかやばいよねあぁフレディといえば大正義ジェイソンも外せないよね特に2~4の盛り上がりっぷり半端ないしねけど1のミステリーっぽさも好きだからあの路線でもう少し見たかった気もするねあと私はそこにSAWも推したいって思ってるんだけどグロいから万人にオススメはできないこのジレンマ分かるでしょストーリーめっちゃいいからこう余計に」
「ストップ、ストーーップ!」
相手の男は慌てた様子で声を張り上げた。やはり変声機かなにか使っていたのか若干割れていた。
「なに、そっちから聞いておいて話切るとか。私の友達みんな怖いのだめだから日頃溜まった鬱憤を晴らしてやろうと思ったのに」
「だからってひと息でそこまで言えるのスゲェな!いやそうじゃねえよ深夜にこんな電話かかってきてんだよ怖がったりしろよ!」
「や、別に怖くないし……」
「心臓が強すぎるぞおい!お前だって、最近の事件知らないワケじゃないだろ?殺されるかもしれないんだぜ?ええ?」
「あっ、その電話って君がかけてんのか。へー」
「もうちょっと興味持てや!」
ひとしきり大きく叫ぶと、男はふーっと興奮した息を吐く。それから声のトーンか変声機のダイアルかを下げた。
「なにお前、自分は殺されないとでも思ってんの?これは映画じゃないんだ。安全なところで見てるだけの客なんかいない。ここにいるのは殺人鬼とその被害者だけだ」
ここ、との言葉に私は周囲を見回した。多分相手はどこかから私を見ていて反応を楽しんでいるに違いない。私の反応が楽しいかはわからないが、どちらにせよ私の答えは決まりきってる。
「そんなの当たり前じゃない」
「……あぁ?」
「生きるも死ぬも自分の人生なんだから、どうなったって受け入れるしかないわ。痛いのはまあ、嫌だけど」
しばしの沈黙。
「……『ハロウィン』のローリーみたいにあがこうとは思わねえの」
「ああ、私それ見てないんだ。ネット配信どこもやってなくて」
「現代っ子め……お前こそ見るべきだよあの映画は」
「じゃあ借りてきてよ。レンタルショップこの辺ないの」
「おま……あーもう!分かったよ!コーラとポテチは用意しとけよな!」
「えーポテチ音鳴るじゃん」
「人に物を頼む態度じゃねえええ!」
「分かった分かった。コンソメと塩とソイソース味あるからお願いね」
「潤沢だなオイ……まあいい、30分くらいで行くからな」
そう言って男が電話を切ると、ややあって外から車の発進音が聞こえた。
映画も楽しみだけど、それ以上に楽しみなことができて、やっぱり人生は映画とは違うんだなぁと戸棚からポテチの袋を出しながら思ったりした。
(あるいはこれから始まるのかもしれない)