*百合っぽい
姫様は、もうずいぶん見たことのない笑顔で編み物をなさっていた。薄く開けた窓から吹き抜ける穏やかな風が、時折編み終えた糸を揺らすので、そのつど姫様は子どもを寝かしつけるみたいな優雅な手つきで糸をなだめる。ただそれだけの仕草が、姫様が行っているというだけで、まるで教会の壁に描かれた女神のような神秘性を持つ。一般人には触れることすら許されない、高潔なお姿。
けれど姫様は、そんな神秘性とはうらはらに、無邪気な笑顔で実に楽しそうに編み物を続けている。侍女の私が部屋に入っていても気づかないくらいに集中されている。
私は知っている。
いまや敵だらけになったこの城内、姫様の本心を知り得るのは姫様の乳母と侍女の私だけ。
だから教えてもらった。
これは、昔城に忍び込んだ少年に渡すものであると。
いつ来るのですか、と聞けば、分からない、と仰られた。いつ来るかもしれない客人のために、せっせと編み物をするというのは、まあ、そういうことだ。
そう、私には最初から勝ち目などない。もとより当然なのだが、駄目押しされた気分だ。
けれど姫様のお側にいられるという侍女の特権が未練がましく捨てられず、いまもこうして、お声がけいただくまで、教会の壁画をぼんやり眺めているのだ。