適わぬ恋だった

 叶わぬ恋だと彼が言う。

 だというのに、私を見下ろす双眸は今にも泣き出しそうに震えている。押し倒されているこちらが可哀想に思うほど、目の前の膝丸は苦悶の表情に満ちていた。

「何故」

 低い声だった。怒り、だけれど縋り付くような低い声。私は膝丸のこんな声を知らない。

「何故、そんなことができる」

「そんなこと、とは」

 私には、膝丸が怒っている理由が分からない。
 こんなふうに押し倒される理由も、ましてや膝丸が泣きそうになっている理由すらも。
 きっと私は呆けた顔をしていることだと思う。膝丸によく注意される、「よそ見をするな、集中しろ」という顔。だけれど膝丸はそんな私を見て、ぐうと喉を鳴らすだけだった。

「君が、」

 それから、絞り出すような声。

「いや、君は」

 くちびるを噛み締めて、息を吐く。本当に、こんなに『らしくない』膝丸を見るのは初めてだった。

「君は、兄者が君を好いているのを知っていてそんなことをするのか」

 青天の霹靂。
 というのは、こういうことを言うんだろうなと思うくらいには余裕があった。

「それなのに、何故、他の審神者と婚約など」

 審神者同士の婚約。それは珍しい話ではない、どころか推奨さえされている。
 いつまでも終わらない戦争には次なる世代を次々増やさねばならない。その世代は、霊力がふんだんにあるといい。よって政府が組んだお見合いの席や出会い目的のパーティなど、そういった催しは山程ある。そのうちの一人に私がそうなっただけの話だ。
 それなのに、は、こちらのセリフだなとも思った。

「膝丸はさ」

 私が声を出すと、膝丸の肩がびくりと跳ねた。怒られているのはどちらだろう。

「髭切がかわいそうだっていうの」

 だから叶わぬ恋だと私を非難するのだろうか。しかし膝丸は、ついに私から目を逸らして唇を噛む。まるで、非難されているのは己であるかのようだった。

「確かに婚姻は人間だけじゃなく刀剣男士も推奨されているけれど」

「推奨などと!」

 どん、と彼の手が床を叩いた。

「まるで道具同士ではないか……人間は、人同士の婚姻とは、愛情があって成り立つものではないのか!? 君はそれを良しとするのか!」

 どうして膝丸が怒っているのかが、分からない。

「『私たち』は道具と一緒だよ」

 いくらでも代わりがきく、使い捨ての道具となにも変わらない。
 そこに感情なんてものを据え付けられた刀剣男士の方がよほど可哀想だと思った。

「それに、髭切は私のことなんとも思ってないよ。私も、話しやすいから話してるだけ」

「まさか、そんな」

「膝丸の勘違いだよ」

「そんなはず、」

「ねえ、膝丸」

 私はそうっと、膝丸の頬に触れた。

「どうして膝丸が泣いているの」

 ぽた。
 ついに溢れた涙は私の頬を伝い落ちる。

「……君、が」

 今度は言い直すことはしなかった。

「君が、好きだからだ。他の誰でもない、この俺が……君を……」

 やがて膝丸は私の肩口に額を埋め、なお止まらない嗚咽を漏らす。
 私は、もう膝丸に触れようとは思わなかった。思えなかった。

 私は。きっと。
 たまたま心を持って生まれただけの道具で、膝丸のように相手を想って泣くことができなかったからだ。