(……珍しい)
目の前の光景を見て、そんな独り言が頭に浮かんだ。
ある日の昼下がりのこと。長曽祢さんに用事があったことを思い出し、ひと伝てに長曽祢さんの居場所を聞くと私室にいるとのことだったので呼びかけたのだが返事がなく、そうっと障子を開けたら、そこには座布団を枕に昼寝をしている長曽祢さんがいたのだった。
私から長曽祢さんへの印象としては。
あまり喋らないけど物事を着実にこなし、常に背筋をぴっと伸ばしている隙のないひと。そんなひとが、無防備に、しかも私が声をかけても起きないほど深く眠っているというのだから、本当に珍しいことがあるものだとついしげしげと眺めてしまう。
(大きいな)
できるだけ足音を殺して、近づいてみる。立っているときも思うことだが、こうして横になっていてもその体格の良さを実感する。
おもむろに、隣に寝転んでみる。自分などすっぽりと包まれそうな体格差だ。まあ、長曽祢さんを前にしたら大体の人はそうなるだろうけど。
「ううん」
それまで仰向けになっていた長曽祢さんが、私のほうを向いた。起きたのか、と思ってびっくりしたが瞼は閉じられたままだったことにほっとする。
(……かっこいいなあ)
正面から見るのは、初めてかもしれない。いつもは見上げてばかりだから。三日月さんや鶴丸さんみたいな美形とはまた違う、偉丈夫とか、凛々しさ、雄々しさといった言葉が似合うひとだと思っている。
……だから、密かに、憧れている。
この気持ちは誰にも言っていないし、表に出したこともない、はず。そもそも長曽祢さんとも上司と部下以上の会話をしたことがないし、近侍も任せたことはない。それよりも経歴からして部隊長の方が適任だと思ったのでそのようにして、それをほかの男士に疑問を持たれたこともない。
……もっとも、これは私なりの線引きなのだけれど。
そばにいて、どこかでばれるのが怖いから。
気持ちがばれて、関係が壊れてしまうのが恐ろしいから。
それよりは遠くから眺めて、時々話をするくらいで、私は十分幸せなのだ。
「……、」
不意に。
「……!!」
声を出さなかったのは、自分で自分を褒めたいと思った。
長曽祢さんが、私をぎゅっと抱き込んで、そのまま、眠り続けている。
ばくばくと心臓が鳴っている。顔も赤い。誰かに見られたらどうしよう。こんなところ見られたら誤解される。でも振り解いたら起きてしまうかも。そしたらなんて言い訳をすれば。
ぐるぐると頭が混乱し続ける。だけど。
(……あったかい)
刀剣男士の本質は、刀である。だけど今はひとの体を持っていて、私たちと同じように、ものを考え、手足を動かし、そして体温を持っている。
そのことが今、どうしようもなく嬉しい。
少しだけ、頭を長曽祢さんの胸に傾け、目を閉じる。少しだけ。ほんの少しだけでいい。この幸せな時間を自分だけのものにしたかった。
「……?」
ふと気がつくと、自分の部屋だった。自分の部屋というか、執務室にある仮眠用ベッドというか。
(……夢?)
それは、そうか。
あんな自分にとって都合の良い時間が、現実な訳がない。そう思った瞬間がくりと肩が落ち、ため息が溢れた。
「主、いるか」
心臓がはねた。長曽祢さんの声がする。
「は、はい。すみません寝てまして」
どうぞと言って中に入ることを促すと、長曽祢さんはいつものように部屋の入り口あたりで話し始める。
「何度か声をかけたんだが、だいぶ深く寝ていたようだな」
「そのようです。お恥ずかしい……」
「いや、構わん。もうすぐ夕餉の時間だからな、呼びに来た」
「分かりました。わざわざありがとうございます」
遠いな、さっきはあんなに近かったのにな。まぁ、それは夢の中の話だけれど。私と長曽祢さんとの距離は、最初から今までずっとこうだった。
「ああ、それと」
「なんですか?」
長曽祢さんは、にやりと口角を上げた。
「あのとき実は起きていて、あんたをここに運んだのがおれだ、と言ったらあんたはどうする?」
「えっ」
「先に行っているぞ」
「えっまっ待って! 待ってください!!」
慌ててベッドから飛び出して、つんのめりそうになりながらもあの広い背中を追いかける。
ねえ。
もう一度私がこの距離を埋めたら、あなたは振り返ってくれるかな。