我妻善逸は女の子が好き

 柔らかくて、甘くて、可愛いものが好きだ。
 だから女の子は好きだ。
 というのを包み隠さず表現してたらいつの間にか「遊び人」の称号が与えられていた。何故だ。

「サイッテー!!」

 バチンという音とともに木枯らしが吹き去った。もうすっかり冬だ。足元でかさかさ枯葉が舞うのをぼんやり眺めていると、女の子は「もう行こ!」と後ろで泣いてた女の子と連れ立って足速に去っていった。あんな踵の高いブーツであんな早く歩けるんだから女の子ってすごい。すごいとは思うけどサイッテーってなんだろうな。俺が「もしかして浮気してない?」と彼女に聞いたことだろうか。でも昨日知らん男と腕組んでホテル行ったの見ちゃったら聞くしかなくない?ちなみに彼女というのは今しがた俺のほっぺたを引っ叩いた子ではなく、その後ろで泣いていた(と見せかけてほくそ笑んでいた)子である。いや、元彼女か。すっかり友だちを巻き込んで壮大な別れ話を作り上げてしまえるのだからやっぱり女の子はすごいと思う。
 ひゅうともう一度風が吹き、打たれた頬を撫でるので、痛みを思い出し身震いした。遊び人だなんだと言われているが、その実可愛い女の子に可愛いと言っているだけで恋愛経験値は恐ろしいほど低い。多分スライムとかのほうが強い。あいつら恋愛するのか知らんけど。とにかく、たまに、ごくごくたまーにこうしてお付き合いのお誘いをいただくので、その都度その場でオッケーを出すが、今のところこんな終わりばかりで成就した記憶がない。最長で半年だった気がする。しかしながら大学生2年にもなれば耐性がつくもので、以前ならもっと泣き喚いて追い縋って地団駄踏んで友人に「恥をさらすな」と一喝されたものだが、今ならなんとため息一つで済んでしまう。すごい成長だ。そういうことにしといてくれ。
 俺は可愛いものが好きだ。だから女の子は好きだ。それなのに、何故いつもこうなってしまうんだろうか。

「大丈夫ですか?」

「はぅあ!!!!」

 絶叫しながら振り向くと、一人の女の子が俺の顔を覗き込んでいた。

「あの……道の真ん中で座り込んでいたので」

 ああーそっかーそりゃ道の真ん中で座り込んでる人見かけたらふつー声掛けるよねーうんうんわかるわかるーとかいう言葉が脳内を一通り駆け巡ったあと、

「やっぱり成長してねーじゃん俺ぇ!!!!」

 恥ずかしさと情けなさで猛ダッシュした。とくに行くあてがあったわけじゃないけどとりあえずこの内側から溢れ出る感情を何かに置き換えないとさらに恥ずかしいことを重ねそうだった。すでに重ねてるとか言わない。泣くぞ。泣いてるけど。

 ひたすらに走って、深く息をついたときそこが公園だったことに気づいた。日も暮れ始め、人が少なくなっていたので入って適当なベンチに身を投げる。
 疲れた。色々と。
 ぼんやり空を仰いだ。
 俺は女の子が好きだ。なぜなら甘くて柔らかくて可愛いからだ。そのはずなんだが、付き合う女の子はなぜか俺に辛辣だ。なにが悪かったんだろう。あれが食べたいと言われればおごるし、ケンカしても俺から謝っているし、連絡だって毎日してる。それなのに、別れる時はいつも女の子のほうからだ。俺は、好きなのに。まだ、まだ、

「あの、」

「はぅあ!!!!」

 飛び上がってから振り向くと、さっき俺に話しかけてきた子がそこにいた。

「足、速いんですね」

「え、まぁ……」

 こう見えて足の速さには自信がある。取り柄と言ってもいいくらいだろう。……それに追いつけるこの子も何気にすごいのでは?

「これ、落としましたよ」

 すっと差し出されたのは、まだ新しいパスケース。お揃いの何かが欲しい、そう言われて、二人でお店を回って探したものだった。

「……ありがとう」

 複雑な気持ちでそれを受け取り、どうしようか考えあぐねる。
 このまま捨ててしまうか、そんなことを考え始めていると不意に女の子が言った。

「辛かったですね」

 は、と顔をあげる。
 女の子は俺をまっすぐに見ていた。あたたかくて、やわらかくて、それでいてかわいくて。俺はその子の眼差しに釘付けになった。

「気を落とさないでください。きっと、時間が癒やしてくれますよ」

 にこり、と、女の子が笑って、

「女の子にカツアゲされるなんて、辛かったですよね」

「カツアゲじゃねええええええええええ!!!!!!」