きっとそう遠くない未来について

 久しぶりに会った幼なじみの金沢キツネは、以前とは少し『違って』いた。

「……お前か」

 ドアを開けるなり、キツネは僅かに眉をひそめた。

「お前で悪かったですねえ」

 口を尖らせるとキツネはため息をつく。

「なんだいきなり。へそ曲がりは相変わらずか」

 まあ入れ、と促されて渋々ドアをくぐる。事務所の中は整然としつつも、少し前の地震の影響で落ちたのだろう本や雑貨が部屋の隅に積まれていた。
 来客用のソファに腰かけると、キツネがティーバッグで淹れた紅茶を置いてデスクに座る。

「久しぶりだな。おばさんは元気にしているか」

「うん。けど、ちょっとアレになったね。こないだの事件で、うん」

「お前の話は脈絡がない。まだ直ってないな」

「そういうキツネは、前よりトゲトゲ。やな言い方する」

「この稼業では無機質な喋り方をしたほうが、より相手がバロックに浸れるんだ。私の感情が介在する余地を作らないように」

 私はバロックじゃないよと言いかけたけれど、どうせまたへりくつで返されるだろうからわざと黙って紅茶を飲んだ。ほら、私だってすこしは成長しているんだよ。すくなくとも、キツネがよく知ってるような小さな私じゃあ、ないんだよ。だけどキツネはきっと気づいてないんだ。くやしいなあ。

「で、おばさんは大丈夫なのか。昔良くしてもらったから、相談に乗るが」

 気づいてないくせして、キツネは私の言いたいことが分かる。昔からそう。肝心なことは伝わらないのに、どうでもいいことはすぐに察する。変わってないのは、どっちだろう。

「大丈夫。お姉ちゃんが見てるし、まだそこまでひどくない。こわいの、時々だから」

「そうか……まあ、必要になったら呼んでくれ。きっと力になる」

「ありがと、キツネ」

 トゲトゲしてるくせに、すっごく優しい。変わらないんだ、そういうとこは。
 でも、やっぱり違う。私の知ってるキツネは、そうじゃない。

「ところで、今日は何用なんだ」

「あのね、あの、でっかい地震で家がぼろになったから、みんなでこっちに来たの」

「引っ越しか。それで挨拶に?」

「そう。これからはね、ちょくちょく来るよ」

「……ふうん」

 あ、と思った。
 キツネがなにも言わない。
 私は知っていた。マルクト教団を報道するニュースで、一瞬ちらりと映ったその人影。みしらぬ少女の手を引いて、信者の波を掻き分けるその姿。次に映像が切り替わったときには施設が崩壊するところだったから、本当に一瞬だった。でも、間違いはない、そう思った。

「ねえ、キツネ」

「なんだ」

 すっかり冷めてしまったカップのふちを、指でなぞる。

「キツネは、……キツネだよね?それともバロック屋なの?」

「……本当に脈絡がないな」

 その声は、戸惑うでも、呆れるでもなく、空間に横たえるみたいに発せられていた。