今日が日曜日だと再度確認して、早速エンジェルアイランドを飛び立った。街に降り、むせ返るほどの暑さであっても、未登録名前との約束を思い出せば気にならなかった。
自然と小走りになる足でいつもの公園に着くと、麦わら帽子を被った白いワンピースが目に入る。
「ナックルズ!待ってたよ」
今日の未登録名前は、本を持っていなかった。俺がくると信じてくれたからか、と思うと嬉しさが込み上げた。人と会うのが嬉しいとは、俺もずいぶん変わったもんだ。
「ねえナックルズ。前はわたしの話ばっかりだったから、今日はあなたの話が聞きたいな」
「気ぃ使わなくたっていい。お前の好きな話をしろ」
たしなめるように言いながら未登録名前の隣に座ると、未登録名前は少しうつむいて、
「なんで分かったかな」
ばつのわるそうに眉をひそめながら俺を見上げた。
「それぐらい分かるぜ」
いたずらっぽく言ったからか、未登録名前は少しだけ頬を膨らませた。
未登録名前は、優しいやつだ。優しすぎて自分のことは顧みないほどに。
それはやはり、病気を抱えた生活が長いからだろうか。周りに迷惑かけまいと自然と身についた術なのかもしれない。だが、未登録名前がどういうふうな暮らしをしてきたのか知らない俺には、わかりようもないことだった。
俺は、未登録名前のことがもっと知りたい。
「お前の故郷の話。俺は興味あるな」
「……気を使ってない?」
「ねえよ。俺と似たような環境で育ったっつうから気になるだけだ」
「そっか、ナックルズも自然が好きって言ってたね」
未登録名前の表情が笑顔に変わる。それを見た俺も安心した。
「でも、どこから話したらいいのかな。故郷の話はいっぱいあるけど」
「じゃあお前の一番好きな場所の話は、どうだ」
そう尋ねると、未登録名前は少しだけ唸り、
「そうだ。この街は海があるんだよね」
「ああ、そうだな」
「わたしのいたところ、海ってないんだ。山のほうだったから」
「ならここで初めて海を見たってことか?」
「ううん……潮風は体によくないって、間近で見たことはないんだ」
しまった、と俺が次にかけるべき言葉に迷っていると、
「でもね!病院の窓からちょっとだけ、見えるんだ。そうすると、故郷のことを思い出すの。海じゃないけど、河原をね」
「河原?」
「そう。すごく浅い川なんだけど、夏の日はよく日差しを反射して、目が開けられないくらいまぶしくひかるの。わたし、夏の日はいつもそこへ行って、両足を水にひたしていたんだ」
少し想像してみる。
今みたいに白いワンピースを着た未登録名前が、浅い河原で立っている。夏の日差しを受けた水面が、揺れながら未登録名前の姿を映す。陽の光を浴びて、白いワンピースが明るく光る。水面も、ちらちらと光を反射して未登録名前の足元を照らしている。
想像でしかないのに、なぜか、とても美しい光景を見ているような錯覚を覚えた。
「……行ってみてえな」
その呟きは、ごく自然に生まれた。
「ほんとう?」
ぱっと未登録名前が明るく笑いかけた。自分の好きなもの、大事なものに興味をもってくれて、嬉しくなる気持ちは、俺にはよく分かった。
「ああ。お前が元気になったら、案内してくれよ。お前が見てきたもの、聞いてきたもの、俺も知りたいんだ」
「案内するよ!ぜったい!約束しよ、わたし、すぐ元気になってみせるから!」
「楽しみにしてるぜ」
「うん!とびきりの場所を教えてあげるから、待っててね!そうしたら、ナックルズの住んでるところも行きたいな」
「ああ、いくらでも案内してやるぜ!ホントに大自然だから、体力つけとけよ?」
「う……が、頑張る!」
「ま、無理しねえ程度にな」
「なにをー!そのうちびっくりさせちゃうから!」
「ははは、期待しとくぜ」
約束。
確かに俺はあのとき約束したんだ。
ある夏の風景の中で、俺は――