託した思い
ソニックとテイルスは、普段はサウスアイランドの外れにある小島に二人で暮らしている。とはいえソニックは常に惑星を駆け回っているので、家というよりは拠点という扱いだ。その拠点は、見た目はただの自然溢れる小島だが、島の中央にそびえる山をまるごとくり抜いて作った、テイルスの自慢の研究施設が存在する。
今日この島にやって来たのは、未登録名前の身体検査をするためだった。長い間コールドスリープ状態だったために体にどんな影響が出ているか、そろそろ詳しく調べる必要があった。それともう一つ重要なのが、未登録名前が真に純粋な人間なのか、ということだった。もし人間でなければ未登録名前を隠す必要はなくなり、堂々と外を歩けるようにもなる。だが検査の結果は、未登録名前が人間であるという事実を確固たるものにするだけであった。
やはり、未登録名前についてはもう少し慎重になるべきだ。ここがサウスアイランドの外れとはいえ、外に連れ出すのは危険だったかもしれない。テイルスは工房に備え付けられた情報処理端末を前に、小さくため息をついた。
「どうだ、テイルス」
そこへ、ナックルズの声がかかる。ナックルズは外で採ってきたらしい果物をテイルスに投げて寄越した。テイルスは礼を言いながら受け取り、ふと足りない人数に気づく。視線を巡らせたテイルスの意図を汲んだナックルズは、ああと声をあげた。
「ソニックのヤツは、未登録名前を連れて走ってくるってよ」
「え、大丈夫かな」
「さすがに加減くらいわかんだろ」
まるで、何を当たり前のことを聞いているんだという口ぶりに、テイルスは気取られないように笑った。普段はぶっきらぼうで衝突することも多いが、誰よりも仲間のことを考えているのは、ナックルズに違いなかった。
「んで、未登録名前のほうはどうなんだよ。何か新しい手がかりは?」
「うーん……今の所はなにも……」
血液、脈拍、脳波から心電図まで調べたものの、人間であるという以外は一般的な特徴しか見当たらない。むしろ、テイルスたち獣人と近い体の作りをしていることに驚きだ。どうやら、遺跡であれだけ厳重な守りが施されていたのだから未登録名前自身に特別な力があるのでは、というテイルスの読みは外れたようだった。
逆に、あの装置は厳重ではないのだろうか。だとすれば同じような状態で他の人間が眠っている可能性も考えられる。
「そいつはないな」
ひと通り話を聞き終えたナックルズは、果物をかじりながら言う。
「言ったろ、プリズムグラスは滅多に出るもんじゃねえ。それを鍵にして動く機械なんざ、厳重以外のなにもんでもねえよ」
「そう、だよね……」
探せば、どこかの遺跡に未登録名前の仲間がいるのかもしれない。抱いた思いは、幻想に留まった。
何とはなしに、例のネックレスを掲げる。見た目はただのガラスにも関わらず、人間の叡智が詰まった鍵。それに守られ、一人眠っていた未登録名前。彼女の秘密が明かされるのは、まだ先になるだろうか。
「……なあ。ソレ調べたのか?」
「ああ、そういえば詳しくは調べてなかったかも。だけど、プリズムグラスってことは確定でしょ?」
「ちょっと貸せ」
その声音から只ならぬ気配を感じ、テイルスはネックレスを手渡した。ナックルズは持参のルーペで、ネックレスのガラス部分……ではなく、フレーム部分をじっと観察する。そして。
「……これ、ただの錆じゃねえぞ」
「え?」
「血だ」
砂浜を駆けていると、未登録名前が息を切らせて立ち止まった。
「ソニック、まって、はやい」
「っと、飛ばし過ぎたか。ごめんな」
「ううん、いっぱい、たのしい!でも、ちょっと休む」
「そうだな、休憩するか」
砂浜に敷いていたレジャーシートに並んで座ると、未登録名前がほうと息をついた。疲れの色はあるものの、晴れやかな表情をしている。こんなに明るく笑う子だったのか、とソニックはその横顔に小さく笑った。
「なあ未登録名前。ここの暮らしには慣れたか?」
「くらし、くらし……」
「あー、困ってることとか、ないか?」
未登録名前は思い切り首を振った。
「ソニック、テイルス、ナックルズ。みんなやさしい!だから、こまるは、ない。……でも、」
笑顔が、少しだけ曇った。
「わたし、おもいだす、ない。ありがとうしたい、できない。……かなしい」
未登録名前の記憶はまだ戻らない。それを憂いているのはソニックたちだけではない。当の本人が一番、辛いはずだ。
「焦ることはないぜ。スピードは人によって違うんだ。未登録名前は未登録名前のスピードで、やっていけばいいさ」
未登録名前は、目を瞬かせたかと思うと、
「……ありがと!」
満面の笑みでそう言うと、もっと遊んでくる!と海に向かって走り出す。海に足をつけた未登録名前がばしゃばしゃと水を跳ね上げ、屈託無く笑う。ナックルズの家付近に川はあっても海はないので珍しいのだろう。午後になって強まった日差しを受けて、海はきらきらと輝きを増していた。水が苦手なソニックは浜辺でそれらを眺めながら、未登録名前に帽子を持ってきてやるべきだったかなとすっかり親のような心地でいた。
「ソニック」
ぴくりと耳が動いた。振り返ればそこに、物憂げな面差しのテイルスとナックルズ。声をかけられた時からなんとなく、嫌な予感はしていた。
テイルスは、ソニックに詳しい分析結果を説明し始めた。
このネックレスには血液が付着していたことが分かった。時代でいえば人間戦争の終わり頃。それは未登録名前が眠った時代と一致する。加えて、このプリズムグラスは光だけでは動かず、人間の血液を流し込むことで動く仕組みであることが分かった。しかもただの血液ではなく、特定の遺伝子情報を読み取ることで起動する仕組みである。特定の遺伝子がなにを指すかまでは血液の状態が悪いために読み取ることはできなかったが、おそらくは血縁関係にある者同士の血ではないだろうか。これらを総合すると、未登録名前と親しい者があの機械を作り、戦争が終わるまで眠らせることにした後、瀕死の重傷を負ったためネックレスに血を流し込み、あとは光に透かすだけで起動できるようにして息絶えた、と推察した。
話を終えると、テイルスはしゅんと尻尾落とした。
「ボク、未登録名前に何か秘密があるから眠らせたんだと思ってた。だけど……未登録名前の家族は、平和な世界を願って、未来に託したのかもしれない」
女の子ひとりを隠すには、と、ソニックは自身の言葉を思い出す。機械が大掛かりだったために先入観が働いていたが、未登録名前が生きていた時代は戦争の時代。未登録名前の家族が技術者で、あの設備も最初から所持していたという可能性もあった。それならば、未登録名前に秘密がなくてもあそこで眠っていた理由は十分である。しかし、現代は平和ながらも獣人の世界。人間であるというだけで、未登録名前は政府から隠さねばならないほど特別な存在になってしまった。
「テイルスー!ナックルズー!」
二人がやってきたことに気づいた未登録名前は、屈託のない笑みを浮かべながら大きく手を振った。二人は一瞬顔を見合わせたが、ソニックはすぐに手を振り返した。
「未登録名前!みんな集まったし遊ぼうぜ!」
「お、おい」
戸惑うナックルズに、ソニックは親指を立ててみせ、
「Easy, Easy! 考えたってしょうがないぜ!オレは、未登録名前ともっと仲良くなりたいしな」
仲良くなりたい。それは未登録名前が言った言葉だった。未登録名前がソニックたちと仲良くなりたいと言うように、ソニックたちもまた、同じ気持ちでいた。人間だからだとか、可哀想だからということではなく、未登録名前というひとりの女の子として。
「なにしてあそぶ!?」
太陽に負けないくらい顔を輝かせ、未登録名前はソニックたちに駆け寄った。
「って未登録名前!服濡れてるよ!はしゃぎ過ぎ!」
「んーだいじょぶ!」
「じゃねーだろ!女なんだから気を使え!」
「ナックルズしんぱいしょー?」
「どこで覚えたんだ、ンな言葉……」
「あっそれオレ」
「変なこと教えんな!」
「あはは!みんな、なかよし!」
仲良し。その言葉に、三人は脳裏にかつての景色を映しながら、砂浜に楽しげな足音を響かせるのだった。