学校に向かうのが楽しみになっていることに気づいた。
それまで楽しくなかったわけでないけど、今にして思うと、どこかなんとなくで過ごしていたような気がする。
佐々木くんと話すようになって、そのなんとなく過ごしていた日常が色づき始めた。
――相変わらず、佐々木くんがかすむことはあるけれど。
今は、佐々木くんのことがもっと知りたい。そう、思うようになっていた。
「佐々木くん、おはよう」
今日は自分から声をかけてみた。
佐々木くんは一人でけん玉をやっていたが、わたしの声でこちらを向いて、おはよう未登録名前ちゃん、と笑いかけてくれた。
「あ、そうそう★」
「なに?」
「この間教えてもらった本、すっごく面白かったよ★すっかりはまっちゃって、読み終えてしまった★」
「すごい、早いね」
佐々木くんに本を教えたのが二日前。
文庫本サイズで長くないとはいえ、速読もできるなんてやっぱり佐々木くんは多才な人だ。
「それで気づいたんだけど、このお話って『消えない音色』とリンクしてるよね?」
それに気づくためには、しっかり内容を把握していないといけない。
ということは、佐々木くんはそこまで読み込んでいるということだ。
わたしは嬉しくなって大きく頷く。
「そうなんだよ!前作の『消えない音色』と、今回の『Calling』って、舞台が同じで、時系列でいうと今回のほうが前に来るお話なんだって」
「なるほど、どおりで★」
「わたし、前作の世界観すごく好きだったから、それに気づいたときすごく嬉しかったんだ。あらすじにも書いてないし、雑誌の紹介とかもないから――」
そこで、わたしは言葉をとめた。
しまった。いくら嬉しいからって、一人で盛り上がって鬱陶しいって思われたかもしれない。
「あ、ご、ごめんね……いきなりまくし立てて」
でも、佐々木くんはにこっと笑った。
「気にしない、よ★好きなものの話って、誰でもそうなるしね★もちろん、ボクも」
――佐々木くんがかすむことはなかった。
「ありがとう」
わたしは、あることに気がついていた。
佐々木くんがかすむとき、それは彼が笑ったときに起こるものだと。
けど、今笑っていても、ちゃんと見える。
分かりかけたようで、やっぱり分からない。
それでも佐々木くんと話しているのが楽しいから、わたしは微笑み返していた。
「ねえ★今日も図書室、行くのかい?」
「うん。わたしも読み終わったから、返して新しいのを借りに」
「そっか★じゃあ、ボクもついていっていいかな。あの本をもう一回読んだら、次のを借りたくて。よかったらまた教えてほしいんだ★」
「いいよ。行こう」
そんなに気に入ってくれると、わたしも勧めたかいがある。
佐々木くんとの距離も埋まっていく感じがした。
だって、放課後になって教室を出るときの視線も、あまり気にならなくなっていたから。
図書室には相変わらず人がいない。そのぶん静かでじっくり本を選ぶことができるけれど、もう少し人が増えてほしいなとも思う。
今日は受付カウンターに司書さんがいたので、先に本を返却してわたしたちは棚に向かった。
佐々木くんにいくつか本の紹介をすると、彼はどれも興味深そうに聞いてくれた。
「ところで未登録名前ちゃんは、次はどんな本を借りるの?」
一通り紹介を終えると、佐々木くんが尋ねた。
そうだった、楽しくて忘れかけていたが、今日はわたしが借りにきたんだった。
「もう目星はつけてあるんだよね」
「そうなんだ★」
話しながら、借りたい本のある棚に移動する。
ジャンルでいうと、前回と同じくファンタジーもの。高いところにあったので、思い切り腕を伸ばした。
「これが面白そうだなって気になって、て……わ!」
思ったより高くて手が届かず、よろめいてしまった。
転ぶと思い目をつぶったが、わたしの体はなにかに支えられた。
「大丈夫?」
佐々木くんの声が耳元で聞こえた。
目を開けて、彼が受け止めてくれたんだと理解すると、音がするんじゃないかってくらいの勢いで顔が熱くなった。
佐々木くんは男の子で、わたしよりも体つきがしっかりしているし背だって高い。現にわたしの体はすっぽり収まってしまっている。そんなの、当たり前の、ことなのに。
「あ、ご、ごめん!」
はっと我に返り、慌てて佐々木くんから離れる。
「気にしないで★」
朗らかに言う佐々木くんとは対照的に、わたしは恥ずかしさで顔も上げられない。
佐々木くんは、いつの間にかわたしが取りたかった本をとっていてくれて、これかい?と差し出していた。
お礼を言って、わたしは佐々木くんを見ないようにして受付で手続きを済ませると、
「あ、ありがとうね!それじゃ、また!」
返事も待たずに、わたしは図書室を出て行った。
顔はまだ熱いし、心臓が口から出てきそう。
はずみとはいえ、男の子に抱きしめられるなんて初めてのことで。
わたしは家に帰るまで、さっきの出来事が頭から離れなかった。