ひゅん、と空を切った爪がエンティティに阻まれる。その向こうで、こちらを振り返りながら走る未登録名前の姿を見送っていると、周辺の霧がまるで波のように引いていき、バダム幼稚園はいつもの静けさを取り戻した。
園内に戻り、椅子に腰掛けるとテーブルに足を投げ出した。
儀式の中に未登録名前がいると、彼女にだけは必ず負ける。他のサバイバーを全て生贄に捧げたとしても、未登録名前だけはゲートだのハッチだので捕まえられた試しがない。夢に落とそうと近づけば方向を読んで隠密し、いざチェイスが始まれば板や窓をことごとく読まれる。
未登録名前にだけは俺の考えが全て筒抜けなんじゃないか?
そんな馬鹿げた想像をして、自嘲気味に笑った。
「……俺様も、焼きが回ったか」
ふーっと深く息を吐き、煤けた天井を仰ぐ。
ぼんやりした頭で未登録名前を追う方法を考えていると、不意に足音がした。「儀式」のない時間は他の殺人鬼や生存者が戯れに訪れることも少なくない。だがその足音が、ついさっきまで嫌という程聞いていた人物のものだという事実に、俺は相手が目の前に座っても夢に落とすことも忘れていた。
「いるんでしょ?ナイトメア」
未登録名前は挑発するような口調で言うと、机に肘を立てて顎を乗せた。夢に落としていないにもかかわらず、こうも正確に位置を把握できるものなのか。
「はっ、煽りにでも来たのかよ。毎回毎回自分だけは逃げやがって、仲間内でもなんか言われてるんじゃねえか?」
夢と現実を隔てていても音は届く。すると彼女はうーんと顎に人差し指を置いた。
「脱出はしてるけど、その前にちゃんとチェイスも修理もしてるし……救助は、タイミングはかるの苦手だけど、私がやらなきゃって状況になればちゃんとやるよ」
あくまで真摯な物言いに思わず顔をしかめる。それが驕りなどではなく、真実だと知っているからだ。なにせ、目の前で何度も見ている。
俺が何も言わずにいると、なぜか彼女はにっこりと笑ったのだ。
「そうじゃなくてね、少しフレディと話してみたくってさ」
「あぁ?」
あまりに素っ頓狂な提案だったもので上ずってしまった。しかし彼女は意に介さず、テーブルに身を乗り出してこちらを見つめる。
「フレディって、ちっちゃい子にしか興味ないってほんと?」
「なんでそんなもん聞きたがる」
「いいじゃない。今後も勝つために情報は必要でしょ?私のことも聞いていいから、教えてよ」
……未登録名前がなぜあそこまで俺を読めるのか、それを理由を知るいい機会だ。
俺はテーブルから足をどけ、未登録名前に向き直る。左手から生まれる『炎』を未登録名前に纏わせ、ドリームワールドに引き込んだ。未登録名前は一瞬目を見開いたが、俺の姿を認めるとまたにこりと笑った。なにがそんなに嬉しいんだか、と辟易したが、問いには答えておくとする。
「俺様は確かに幼女が好きだがな、殺しとなれば誰でも殺す。悲鳴と恐怖が得られればいいからな」
そう答えると、未登録名前はなぜか眉間にシワを寄せた。
「そうじゃなくて」
コイツの意図が全く読めない。普段から読みにくい奴だとは思っていたが、今日の未登録名前はいつにも増して妙だ。
「んーなんていうか……うーん」
「なんだよ、はっきりしろ」
未登録名前はやや俯きがちに、
「……ちっちゃい子じゃないと、そういう……興味持てないのかなぁって」
声を、詰まらせた。
ここに来てようやく未登録名前の意図を理解した。
じゃあ俺が今までコイツに読まれまくっていたのは、つまるところそういうことか?なんだこれは?どういう状況だ?俺はこの場で何言やいいんだよ!?
「……お前、物好きだな」
内心の動揺を悟られないよう言うと、未登録名前の顔は火がついたように真っ赤になった。
……俺は多分、これからもコイツに負け続ける気がする。