今日は、アイツが来なかった。
いつもなら昼前に来て弁当を持ってくるはずなのに、夕方を過ぎても姿を見せなかった。
いや、そもそもこんなところに毎日来るほうが異常なのであって、別に俺が気にするようなことではないのだ。
そう。大したことじゃない。
……なのになんで俺は、アイツのことが気になってるんだ。
クソッタレ。こんな気分になるのもアイツのせいだ。アイツが、アイツが。
いらいらし始めた俺はごろっと横になって目を閉じた。
今日はもう寝てやる。明日アイツがきたら、怒鳴りつけてやる。そう心に誓って。
そのとき、ぱたぱたと走る音が聞こえたので。
俺は反射的に飛び起きていた。
「はあ、ごめ、だー、く……っはあ、はあ、遅くなって!」
「お前……」
息を切らして、アイツがやってきた。
俺は立ち上がり、心に決めていたことを実行する。
「バカやろう!遅くなるならなるって言えよ!」
「えっ」
しまった。
これでは俺がコイツを待ち望んでいたようじゃないか。
「いやっそうじゃなく。いつもの日課を忘れんじゃねえって」
「ダーク」
ああくそ。嬉しそうにすんなバカ。
俺は気まずくなって視線をそらした。
奴はくすくすと笑って、
「あのね、今日は特別なの」
「はあ?」
「学者さんが言うにはね。今夜、流れ星がたくさん見えるんだって。それをダークと一緒に見たくて」
と、コイツははしゃいだ様子で言った。
たかだか流れ星で、と思ったが楽しそうにしているコイツの手前、口にはしなかった。
「夜食も持ってきたよ」
いつものバスケットを差し出す。中身は焼きたてのパンケーキ。水筒も用意されていた。
そして当然のように俺の横に座り、空を見上げた。
「晴れてよかったなあ。星がよく見えるね」
「……そうだな」
なぜだろう。
今夜はやけに、素直になってしまう。
こいつも驚いたように俺を見た。俺は気恥ずかしくなって眼を背ける。するとこいつがくすくす笑うので、軽く頭を小突いてやった。こいつはわざとらしく頭をかかえて、抗議する。
「暴力反対だよー」
「大して痛かねーだろ」
「痛い痛くないの問題ではないのだよ。行為が問題なの」
「知るか」
「さっき素直だと思ったのにー」
ふてくされて、口を尖らせている。
そんなもん、俺の気分だからな。お前に合わせてるわけじゃない。
俺はなにげなく空を見上げた。星は相変わらず、自己を主張するように瞬いている。
す、と一筋の星が流れた。
「……今星が流れた」
「えっほんとう!?みのがしたあ!」
心底悔しそうに叫んで、がっくり肩を落とした。
おいおい。今日はたくさん流れるんだろう。ひとつ見逃したくらいで気を落とすな。
そう言ってやると、こいつは頭を振って、
「あのね、流れ星を見たら、消えるまでに3回願い事をするんだ。するとその願いが叶うんだよ」
なんだそれ。流れ星が消えるなんて一瞬じゃねえか。その間に3回も願いを唱えるなんて、どう考えたって無理な話だ。
しかしこいつはその話をマジメに信じているようで、力説した。
「難しいけど、これは神様がくれたチャンスなんだよ。だから、見逃しちゃだめなの。いつか3回、言えるかもしれないから」
そう言って、空を見始めた。今度は見逃すまいと、眉間にしわを寄せて。
……こいつがそこまでして叶えたい願いって、なんだ?
普段の能天気ぶりを見ていると、そんな大それた願いなんて抱いているようには見えない。
しかし、ここまで懸命になれるのは、その願いとやらがよほど大切なのだろう。
「なにをそんなに叶えたいんだよ」
俺が聞くと、
「そっそんなの内緒だよ!」
なぜか顔を真っ赤にさせて、動揺していた。
「……よくわかんねえ」
「ダークには願い事、ないの?」
願い。
俺がかつて願ったこと。
「ない」
きっぱりと答えた。
そうだ、俺には願いなんてない。
「そっかあ、でもね」
こいつはにこりと笑って、
「いつかできるよ。大切な願い事」
「……根拠は」
「うーん。わたしがそうだから、かな?」
答えになってない。
「生きていれば、絶対できることだよ。願いって、そういうものだよ」
「別にいらねえし」
「えー」
「俺はお前と毎日過ごせればいい」
「……えぇ?」
はっと気がついた。
俺は今、なんていった?
「いや違う!そうじゃない!」
慌てて否定するが、言い訳が思いつかなかった。
こいつは俺の顔をにやにやしながら見つめた。
「そっかぁ~、うんうん、ダークの中でわたしは結構な位置を占めてるのだね。嬉しいよ」
「違うっつってんだろ!」
「照れない照れない」
だから違う!
「そういやお前、流れ星は見つけなくていいのかよ」
なんとか話題をそらしたくて、適当なことを言う。
自分から話かけておいて言うことじゃない、とは頭の片隅で思っていたが咄嗟に出た言葉がそれだったのでしょうがない。
「いや、もう大丈夫」
「は?」
なにが大丈夫なんだ。あんなに張り切ってたくせに。
「もう半分くらいは叶っちゃったから」
そう言って笑うこいつの顔は、本当に幸せそうだった。
半分は叶った?どういうことだ。
俺がこの時の意味を知るのは、もう少しあとのこと。