未登録名前の口から直接聞くまで、俺は信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
俺はトアル村の服を着て、未登録名前の家に行った。未登録名前はまだ安静にしているよう医者に言われているのでベッドから起きられず、ウーリさんが身の回りをお世話していた。
俺はウーリさんに席をはずしてもらって、未登録名前に切り出した。
「俺、信じられないよ。未登録名前が違う世界に行ったなんてこと」
「うん……わたしも、最初は信じられなかった。でも、ほんとうのことなの」
未登録名前は悲しそうに窓の外を見つめた。
景色を見ているんじゃない。思い出しているんだ。俺が知らない世界のこと。
そして俺の知らない誰かのこと。
未登録名前は一週間前、フィローネの森の泉へ散歩したとき、まばゆい光に包まれたらしい。
目がくらんで、気がついたら全く知らない場所にいた。
そこは森や動物の代わりに、灰色の建物と人がたくさんで、人気のない場所まで逃げて泣いていた。
そんなとき、声をかけてくれた男性がいた。
その男性は「ハヤト」と名乗り、未登録名前に食べ物をくれた。
未登録名前はその男性と話しているうちに、ここが異世界だということを悟った。
困り果てていると、男性がよかったらうちに来るといいと言ってくれて(いくらなんでも無防備だと思ったけど、場合が場合だから仕方ないかと怒るのを我慢した)、それから一緒に生活するようになったという。
「一週間。こっちにいない間と同じ日数、そこにいたの」
「……その間、なにもされなかっただろうな」
「ハヤトさんはそんなことしないよ」
ちょっと怒ったように言う未登録名前。その「ハヤトさん」が少し恨めしかった。
「それでね。あっちはすごいんだよ、色んなものが便利になってて、パンを焼くのも薪がいらなくてね」
「……未登録名前」
君が話したいのは、そうじゃないだろう。
そう言うと、未登録名前は少しうつむいて、そのまま、ぽつぽつと話し出した。
「……ハヤトさんは、すっごく優しかった。右も左も分からないわたしによくしてくれて、目立つだろうからって服もくれて」
あれはそいつがくれたものだったのか。
俺だって未登録名前になにかあげたことないのに。
先を越された気分になって、悔しくなる。
「色んなところに連れて行ってくれて……不安だったけど、楽しくて、それで」
ああ、もういい。
その先は、聞きたくない。
なんていおうとしてるか、わかるから。
耳をふさぎたかった。
でも俺の体は凍ってしまったように動かない。
「いつの間にか、好きになってた。ハヤトさんも、好きって言ってくれた」
そう言う未登録名前は、少し泣いていた。
今すぐ君を抱きしめたい。
俺のだって主張してやりたい。
でも、未登録名前の心に俺はいない。
いないんだ。
「……リンク?」
「今日はもう、帰るよ」
俺は未登録名前のほうを見ないようにして立ち上がり、そのまま部屋から出た。