13日の金曜日。
それはジェイソンが、最もママの声が聞こえる日なんだという。
だから、ジェイソンはこの日が来ると、朝から一人でどこかへ行ってしまう。普段は自分から出かけるなんてほとんどなくて、いつも、このお家でわたしと一緒にご飯を食べたり、お洗濯物を干したり、湖のほとりを散歩したりする。でも、今日は全部一人きりでやらなければいけなくて、それがどんなに寂しいことなのか、いやでも分かってしまった。
ジェイソンのいないご飯はおいしくないし、お洗濯は大変だったし(いつも高いところに干してくれるからよく乾くんだ!)、湖はなんだかくすんで見えた。おかしいね、クリスタルレイクなんて名前なのにさ。
湖の桟橋で立ち上がると、持っていた石をぽいと投げた。ただ投げるんじゃなくて、横からしゅっと投げるほう。水切りというやつだ。
跳ねる石を見ていれば、少しは気が晴れるような気がした。
けれども石はちっとも跳ねなくて、とぷんと湖の底に潜った。それきり湖面は静かになって、いよいよ泣き出しそうになる。
あなたがいない湖は、静かで、暗くて、こんなにも寂しいのに。
「未登録名前」
振り返る。
そこにいたのは茶色い帽子としましまのセーターを着た男の人。
「フレディさん」
「しょうがねぇなぁ、あのでかぶつは」
フレディさんは私の横に並ぶと、湖に向かって腕を振った。放たれたのは小石。石は、ぽちゃん、ぽちゃんと跳ね続け、もう何回跳ねたか分からないくらいになったころ、ようやくすっと沈んでいった。
「す、すごい」
思わず口に出すと、フレディさんは得意げに鼻を鳴らした。
「石が重要だぜ。丸くて平ら、それから軽すぎない。投げる時は水平だ。……そら」
そう言うと、わたしの手に石をあずけた。丸くてすこしだけ重い、小さな石。
わたしはその石を、フレディさんが投げたのと同じように構えてから、湖に向かって投げた。
ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん。
三回跳ねて、水底に沈むのを見とどけると、少しだけ息をはいた。
「おお、やるじゃねぇか」
「フレディさんのおかげだよ」
振り返ってそう言ってから、自分が自然と笑みを浮かべていたことに気づいて、ちょっとだけ恥ずかしくなって視線をそらした。
「隠すなよ、もったいねぇ」
「も、もったいないって」
「未登録名前は笑ってる方がいいってことさ」
フレディさんてば、急にそんなこと言うんだから。しかも、私が困るというのを知っていてするのだから、余計にたちがわるいんだ!
突然、背後から影がさした。びっくりして固まっている間にしゅっと空を切る音とともに、見慣れたナタがフレディさんに突きつけられていた。
「キレるくらいなら、最初から捕まえとけよ」
ナタがぐっと前に突き出されると、フレディさんは、やれやれといったふうに腕をひろげ、そのまますうと消えてしまった。
そっと視線を上げると、白いホッケーマスクが私を見ている。
「ジェイソン」
ジェイソンはひとつと頷くと、私の肩をつかむと向かい合わせにして、慌てたようにきょろきょろしだした。まるで調べるようなその動きの意味を察して、私はくすりと笑みをこぼす。
「大丈夫だよ、なんにもされてない」
するとジェイソンは、大げさなほど息をつき、私の肩から手を離した。その重みが離れていくのが、なんだかさみしい気がしたので、私は追いかけるみたいにジェイソンの手を両手でつかんだ。びっくりしたのか、ジェイソンがかたまるのが分かってにわかに楽しくなる。
「水切りをね、教わったんだ。今度ジェイソンもいっしょにやろう」
教えてくれた人が人なだけに嫌がるかなぁと思ったけれど、やや遅れてマスクが縦に揺れたのを見て、私は今日いちばんの笑顔をマスクの奥に向けた。