思えば、マイケル・マイヤーズという男の声を、私は一度も聞いたことがなかった。
マイヤーズ家とは隣近所だったことから、彼の姿を見かけることは多かった。だが彼は、同い年の子どもたちが遊んでいても決して輪に入らず、また声を出しているところも見たことがないので、終ぞ彼が親しげに話している様子を見ることもなかった。
だから、彼があの夜に大きな事件を起こしたと聞いても、妙な説得力に包まれたのを覚えている。両親は酷く怯えていて、それですぐ遠くへ引っ越したのだけれど、私は、最後にテレビで見た彼の横顔が、ずっと脳裏に焼き付いていた。
忘れたことなんてなかった。彼に関連する書籍は全て買ったし、テレビの特集だって録画して何度も見た。次第に報じられることがなくなっても、図書館に行ったりして情報を集めた。でも、それでも、いずれにも彼を決定づけるようなものは、一つとしてなかった。
そう、何もなかったのだ。彼には。
やがて私も大人になって、一人で暮らせるようになると、初めに思い浮かんだのはハドンフィールドだった。両親はその名前を聞いていい顔をしなかったけれど、あれからもう何年も経っているんだと説き伏せれば、時間はかかったものの許可を得ることができた。
引っ越しの日、奇しくも時期はハロウィンだった。子どもたちは近所のおもちゃ屋でマスクを前にああでもないこうでもないとはしゃいでいて、大人たちは大きなかぼちゃを抱えては玄関先に置いていく。店先はハロウィンの飾り付けでいっぱいで、若いカップルや学生が、笑顔で甘そうなお菓子を選んでいた。
そのどの輪にも入れない私は、一人で黙々と荷ほどきを続けていた。時間はすっかり夜遅く、明かりを点け忘れていたことを思い出して立ち上がったとき、私は、月明かりに照らし出された銀色に気が付いた。
時は既に遅かった。私の喉元は大きな手に握り込まれ、壁に押し付けられて足が浮く。腕を掴んで引き剥がそうにも、信じられないほどの力でビクともしない。息ができない。意識が薄らぐ。なんとか目をこじ開けて相手の顔を視界に収めようとしたが、青白いゴムマスクに覆われていて何もわからない。
はず、だった。
「……る」
私の喉が、ほんの少し空気を得る。
「マイケル、マイヤーズ」
瞬間、私の腹部がかっと熱くなった。痛いとか苦しいとか、そんなことを思う暇もなく、銀色が私を刺し貫いて壁や床に赤色を散らす。視界は、あっという間に黒色になって、やがて掴まれていた喉も離されると、私は床に崩れ落ちた。生暖かく、粘ついた感触に頬を濡らしながら、私はそのまま目を閉じる。
どうして今自分を殺した人物が、あの彼に結び付いたのか。それは私にもわからない。でも、マスクの奥に覗いた瞳が、最後に焼き付いた彼の瞳と重ねずにはいられなかった。
その時ようやく気付いたのだ。私は彼を、マイケル・マイヤーズのことを心の底から愛していたのだ、と。
そんな彼に殺されるのは悪くない。けれど、一度くらいは、声を、聞いてみたかったなぁ。
(その声を聞いた時、僕は、この手を緩めてしまった――)