ぱちん。
焚き火の枝が弾ける音に肩が跳ねた。未だに慣れない。繰り返される理不尽な「儀式」で、些細な音でも過剰反応するほどに私の精神はすり減ってしまった。
カラスの羽撃きも、枯れ葉が落ちる音でも、風で草むらが揺れる音も。その音の向こう側に、どうしても気配を感じてしまう。大きい音なら尚の事。ここに安寧はない。どこにいても、なにをしていても、心が落ち着くようなものはなにもないのだ。
――
肩は跳ねなかったが、首を傾げた。聞き慣れない音がしたからだ。
森の隙間から、バイクのエンジン音がするのだ。それも、多分スクーターのような軽いものではなく、かなり重たい。
初めての出来事に戸惑っていると、やがてその音は私のすぐ近くで停止した。
「……ド、ドワイト?」
バイクを降り、ヘルメットを取ったその姿は同じく儀式を共にする仲間、ドワイトだった。
「ごめん未登録名前、驚かせたよね」
「あーいや……」
確かにびっくりしたが、私が驚いたのは、ドワイトがバイクを運転していたことにだった。
はっきり言ってドワイトはかなり気が弱い。儀式中でも心音が聞こえればパニックになったり、負傷するとオロオロしてしまうようなタイプだ。
そんなドワイトが、大きなバイクを運転している姿なんて想像したこともない。
言葉に詰まってバイクを見つめていると、ドワイトが気恥ずかしそうに言った。
「ガスヘブンに、捨ててあってね。多分エンティティがどこかから持ってきたんだと思うけど、修理したら乗れそうだったから」
結衣にも手伝ってもらったんだ、なんて笑うドワイトが、まるで別人のように思える。
「あ……良かったら、乗る?後ろ」
「えっ?」
「あっごめん。僕の後ろなんて嫌だよね」
「そうじゃない、けど……」
「あ、僕の技術のこと?結衣が言うには『まぁまぁ』らしいから、事故は起きないと思うから安心して」
事故が怖いからとか、そういうつもりで言ったわけじゃないけどそれはさておき。
結衣はバイクのレーサーで、大会経験者だと聞いている。その彼女が言う『まぁまぁ』って、それは一般的な感覚からしたら相当なんじゃないんだろうか?本人は多分気づいてないけど。
興味が湧いた。普段、儀式で弱音ばかりの彼が、どうしてバイクなんだろうと。
「乗るよ。後ろ、ここ?」
「えっあ、うん。……グラブバーここね。走り出すとき掴まって。あと、ヘルメットはなくて」
「事故起こさないんでしょ?じゃあ大丈夫」
「う、うん。分かった。それじゃ――」
エンジンが動き出す。機械的な音は、この夜空と森ばかりの風景にはまるで似合わない。
なのに、焚き火の前でうずくまっていたときよりも、ずっと心が落ち着いている。
不思議な感覚だった。さっきまでいた静寂の中よりも、耳を劈くようなエンジン音が心地良い。
「ねえ!何でバイク動かせるのー?」
音にかき消えないように、自然と声を張った。
「ああ!デリバリーピザのバイトするときに、免許取ったんだ!」
「大型バイクの免許いるバイトだったんだー?」
「それがさ、スクーターでよかったんだって!」
「あはは!ドワイトらしい!」
「はは、まったくね!」
ふと、会話が途切れたときだった。
「でも、今こうして未登録名前と2人で走れるから、ちょっと感謝してるんだ」
それってどういう、
聞きかけて、やめた。今はただ、この音と風を感じていられればそれでいい。
しょせん私たちはエンティティが用意したサバイバー。儀式になれば、互いを見捨て、見捨てられる。余計なものは何一つ持てやしないから。
だけど。
私はバーを掴んでいた手を片方外して、ドワイトの腰に腕を回した。そして、そのままゆっくり身体をくっつける。
心臓が、体温が。全部が私のからだで感じ取れる。けどそれはきっと向こうも同じことで。
後ろから見えるドワイトにはなんの変化もないけれど、次ヘルメットを取ったときが楽しみだな、と思った。