悲しみと未来
その翌日、お昼になるとわたしは宿屋に向かった。
リンクくんと約束したから。明日また会おうって。
……違和感の正体は、まだわからないけれど。
でも会いたい。会いたいって気持ちが、すごく強くて。
わたしはいてもたってもいられなかった。
宿屋に着いて、おかみさんにリンクくんはいるかと尋ねると、部屋にいるというので、早速会いにいった。
扉の前で深呼吸して、ノックする。
「……リンクくん、いる?わたし、未登録名前」
少し間があって、
「未登録名前?」
なぜだか驚いている様子だった。
けど、今日のわたしはそんなのおかまいなし。
だって会いたかったから!
「あのね!一緒に町をまわろうよ!案内してあげる!」
中からぱたぱたと音がして、扉が開いた。
寝起き、というわけではなさそう。髪も服装も整っていた。
表情だけ不思議そうな、戸惑いがちだった。
「いいの?」
「うん、わたしの好きな町、リンクくんに紹介したくって――」
そこで、はたと気がつく。
もしかして迷惑だったんじゃないか。
お昼とはいえ、いきなり押しかけて出かけようなんて、非常識だって思われたかもしれない。
そう思ったら、急に元気がなくなって、うつむいた。
「ご、ごめんね。あの、嫌だったらいいの」
わたし一人だけ浮かれているみたいで、恥ずかしかった。
けれど、
「ううん。すごく嬉しい」
リンクくんは笑ってくれた。
わたしもつられて笑顔になる。
それから二人で町に出た。
港があるこの町はいつも人で賑わっていて、夜でも漁師さんが酒場で騒いでいたりする。
リンクくんは通りを眺めて、一言。
「これじゃはぐれちゃいそうだね」
それもそうだ。わたしたちはまだ子供だし、人の波にあっというまに飲まれてしまう。
どうしようか、とリンクくんに言いかけたところで、リンクくんがわたしの手を握った。
「じゃ、行こう。どこから行く?」
「え、えっと」
男の子から手を握られるなんて、初めてだ。
心臓がうるさいくらいに鳴っている。
それを悟られないように、心の中で大丈夫って呟いて、わたしは町の案内を始めた。
町の中心、噴水広場。ここには町の創設者の像が建っていて、この町のシンボルにもなっている。
それから、港。大小さまざまな船が停泊していて、せわしなく荷物を運んでいる。
港を過ぎると、大きな通りがあって、そこら一帯が個人商店街になっている。生活必需品はほとんどここで買える。
お昼がまだだったので、買い食いをしながら通りを歩いた。魚の塩焼きはやっぱりおいしい。
通りを抜けると、昨日リンクくんと出会った公園に出る。
「西側に港があるから、主に西側が栄えてるんだ。東や北はほとんど住宅街」
「なるほどね」
「だから、大体これで終わりかな」
案内を終えるころには、だいぶ日も傾いていた。
「この公園から見る夕日がね、一番きれいなの」
昨日のように、二人で並んで海を見た。
潮騒が心地よく響き、風が頬をなでた。
「僕も、きれいだと思う」
「ほんと?」
お気に入りの場所をほめられて嬉しかった。
「でも、少し寂しい」
「え?」
リンクくんは、相変わらず海を見ている。
青い瞳は夕日に照らされ、少し赤みを帯びているように見えた。
「夕方になって、夜になったら、明日がくるね」
「う、うん」
「明日って、なんだろう。未来ってなんだろう。今がずっと続くことって、ないのかな」
「……えっと」
リンクくんの言ってることが、わからない。
明日。
明日は明日だ。今日じゃない。今じゃない。
今日が終わると明日で、明日が終わるとまた次の明日で。
……やっぱり、よくわからない。
わたしが返事に困っていると、リンクくんは、また「きれいに」笑った。
「ごめんね。こんな話して。今日は楽しかったよ」
「そ、それなら、よかった」
リンクくんといるのは、楽しい。
楽しいけど、どこか苦しいのはどうしてだろう。
そんなの、はじめてだ。
「それじゃあね、未登録名前」
「あ……」
リンクくんが、行ってしまう。
わたしは声を張り上げた。
「また、あーしーた!」
リンクくんは振り返って、手を振った。