心因性の神聖

*百合っぽい姫様は、もうずいぶん見たことのない笑顔で編み物をなさっていた。薄く開けた窓から吹き抜ける穏やかな風が、時折編み終えた糸を揺らすので、そのつど姫様は子どもを寝かしつけるみたいな優雅な手つきで糸をなだめる。ただそれだけの仕草が、姫様…

醜いわたし

「サタン様。今日も大敗ですね」頭にでっかいたんこぶをこしらえて城に戻ってきた涙目のサタン様に向かって、私は言う。サタン様はハンカチで涙を拭いながら(まるでその仕草は女子)喚き散らした。「なぜ!なぜアルルは私に振り向いてくれないのだ!こんなに…

生まれなかったうさぎ

「やあ、また会ったねりんく」 「やあ」「こうしてまたきみと会えるなんて、夢にも思わなかったよ」「ぼくもそう思うよ」「さて、どうしてきみはここにきたんだい?」「きみに言いたいことがあって」「なあに?」「ごめんね、って、言いたかった」「それは、…

恋人のいない夜

カチ コチ カチ コチいくら待っても、あいつが帰ってくる気配はない。太陽は既に山際、薄紫の空が濃紺へ変わる時間になるというのに。一体どこをほっつき歩いてるんだ。俺がこんなに心配してるっていう――いや、心配なんかしてない。ただちょっと……そう…

わたしが人魚になった日

「きみ、そこで何してるの?」振り向いた先には、金髪碧眼の少年が立っていた。わたしは視線を海に戻してから答えた。「海を見ているの」「それだけ?」「それだけ」他になにをしているように見えるというのだろう。少年はわたしの隣に当然のように座って、同…

Water Garden

「きみって旅人なの?」通りを歩いていたら、頭上から声が降ってきた。女の人の声だった。細くてきれいな声をしてて、一瞬聞きほれたけど、あわてて声の主を探した。すぐにその人は見つかった。そばの家の開け放した出窓から、ひじをついてこちらを見ていた。…

言葉の意味を知るより先に

「ちょっとリンク、休むときはわたしの家に泊まってって言ったじゃない。なんでマリンの家行くのよ」「だって、女の子一人の家に泊まるなんて」「いいじゃない別に。わたしたち恋人同士なんだし」「そうだけど……でもなあ」「でも何よ。なにか問題あるわけ?…

やがて消えゆく温度について

*ふつうにいかがわしい どうしてこうなったんだろうなぁ。 うすぼんやりした頭の片隅で考える。お腹の底にうず巻く熱が、大きくわたしの中心を揺すぶっていてもそんなことを思い浮かべてしまうのだから、わたしはまだどこか冷静なのだろう。それともとっく…

堂々巡り

プリサイス博物館の図書室で、泣いている女が一人いる。 声はあげず、時々鼻をすする音だけが、室内に響いている。外は天気が悪いからか、利用者は女の他に誰もいない。「どうして私じゃないんだろうねえ」その言葉は私に向けられたものではない。「あいつ…