ルナティック

赤い月が昇る。蝙蝠が飛び回る。風で木が揺れ、ざわざわと葉音を立てる。その中を、ボクは一心不乱に走っていた。運動することなんか大嫌いだが、今はそんなことを言っている場合じゃない。一刻も早くここから離れなければならない。水を飲む暇も汗を拭う暇も…

記憶の夢

「くっそーまた負けた!」「勝っちゃった★」「一体いつになったら、私はまぐろくんに勝てるようになるんだろ……」「いやいや、ちゃんどんどん強くなってるから、ボクも必死、なんだよ★」「嘘だぁ全然勝てないのに」「そ?んなことないよ★さっきだって、反…

 傷 

「いてっ」その声で振り返ると、指先を見つめて顔をしかめるちゃん。ボクには彼女がなにをしているのかがすぐ分かった。「ダメだよ、ささくれ引っ張っちゃ★」とがめるように、ボクはちゃんの手を取った。親指の爪の付け根が、血で痛々しいことになっている。…

呼吸を忘れる魚

かなかなかな。 蜩が鳴き始める夕暮れ、夏特有の分厚い雲が流れて、薄紫色の空があらわになる。かなかなかな。ボクらは二人で立っていた。その、こわいくらいきれいな薄紫色の空を見上げながら、学校から少し離れたバス停にいた。ボクらの他に待ち人はいな…

追いかけっこ哀歌

ボクの前で、とうとうとあいつのことを語るは嫌いだ。「いやあ、まぐろくんってほんっとすごい人だよねえ。何でもできて性格もよし。完璧とはまさにこの事だね」最初は他愛ない会話だった。教室に戻るとが残って勉強していたから、なんとなく話しかけてみた。…

アブソリュートゼロ

「仁王君、あのさ」帰り道、不意に立ち止まった。その瞬間に俺は、ああまたかと思った。長くて三ヶ月、短くて一日。そのいずれも、今まで付き合ってきた女はこんな風に立ち止まって別れ話を切り出してきた。付き合ってなお女遊びをやめず、ろくに構いもしない…

右と左を駆ける熱

 仮面から覗く唯一の瞳は、彩度の高い黄色。全身は白と黒で構成されているからか、そこだけが毒々しいまでに鮮やかな色をしているのが、たまらなく美しいと思った。 手を伸ばして、途中で止めた。がちゃりと鳴った手錠と鉄格子が、彼から温度を貰うことを阻…

桜の下に死体を埋める

 虚空に手を伸ばし、強く握り込むと目の前の巨木は紙クズのようにひしゃげて折れた。舞い上がる土煙と火の粉の中、俺は真っ直ぐ標的に向かって歩き出す。 一瞬、土煙が揺らいだ。 俺は胸のファントムルビーに触れ、走り寄る標的の空間を歪める。相手は足を…

約束はいらない

--アニメ2期のこと「ナッコはさ、もしわたしがメタレックスに捕まったら、助けてくれる?」「は?」マスターエメラルドの手入れをしていたナックルズは、わたしの言葉を受けて一瞬呆けた。まあ、当然の反応だと思うけど。「もしもの話だよ。しかも今すぐに…