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	<title>引き継ぎ本丸ととろろ蕎麦 &#8211; 揺れる</title>
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	<title>引き継ぎ本丸ととろろ蕎麦 &#8211; 揺れる</title>
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		<title>桜の八日</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2023 08:20:20 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　主の行き先は分かっていた。確証があったわけではないが、彼女が行くとしたらそこしか考えられない。まるで何かに導かれるように、おれの足は止まらず走り続ける。幾度も辿った道。ある時は気晴らしだと、またある時は皆と祭りだと。主...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e6%a1%9c%e3%81%ae%e5%85%ab%e6%97%a5/" title="続きを読む桜の八日">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　主の行き先は分かっていた。確証があったわけではないが、彼女が行くとしたらそこしか考えられない。まるで何かに導かれるように、おれの足は止まらず走り続ける。幾度も辿った道。ある時は気晴らしだと、またある時は皆と祭りだと。主とともに紡いだ思い出が、まるで走馬灯のように駆け巡る。どれも失いたくはない、かけがえのない時間を。</p>
<p>　やがて、その姿を見つけ出す。彼女は千年桜に縋り付くようにして泣いていた。</p>
<p>「主」</p>
<p>　肩で息をしながら呼びかけると、主は背中を震わせた。顔は、上げなかった。</p>
<p>「主、皆のところへ帰ろう」</p>
<p>　沈黙。その代わりに、小さな嗚咽が聞こえた。また涙が溢れているのかもしれない。おれには見せたくないのかもしれない。いつかの、蜂須賀に手を握られていた主の姿を思い出し、ぎゅっと奥歯を噛んだ。<br />
　だが、おれはもう迷わない。<br />
　あの時踏み出せなかった一歩を、今、踏み出した。</p>
<p>「やめてよ」</p>
<p>　涙声に、怯みかける。しかし歩を進めることはやめない。</p>
<p>「やめて、お願い……」</p>
<p>　おれの歩みは、ついに腕を伸ばせば届く距離になる。</p>
<p>「主」</p>
<p>　懇願するように言うと、主はゆっくりと顔を上げた。頬は涙で濡れて、目元が痛ましいほど腫れている。</p>
<p>「やめて、主って呼ばないで」</p>
<p>「……主」</p>
<p>「やめて、やめてよ……！　私は、もう主じゃないの！　結びがほどけたの……私のせい、で」</p>
<p>　主の瞳から、また涙が溢れ出す。</p>
<p>「私が、私が余計なこと考えたから。みんなの主になりたいなんて、思ったりしたから……私が、」</p>
<p>　その涙を拭うことすらせず主は叫んだ。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「私なんかが、長曽祢さんを好きになっちゃったから……！」</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　心臓が。<br />
　どくんと高鳴った。</p>
<p>　雪見障子越しに見た涙。浴衣姿で恥じらいながら浮かべた笑顔。仕事に取り組む真剣な表情や、短刀たちと声を上げてはしゃいだあの日々。</p>
<p>　雨の中、ふたりで見上げた千年桜。</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　――ああ、そう云うことだったのか。</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「………ちょっと」</p>
<p>　声を押し殺して笑っていると、主が困惑したように呼びかけた。</p>
<p>「いや、すまん……はは、」</p>
<p>　まるで、あの蕎麦屋の繰り返しだ。そのやり取りに懐かしさを覚え、おれはまた笑みを漏らす。<br />
　あの時から、――いや、きっと最初から。おれの心は、ずっと決まっていた。</p>
<p>「主。聞いてくれ」</p>
<p>　彼女の涙は、もう止まっている。</p>
<p>「おれは、あんたを心から愛している」</p>
<p>　主は何度か目を瞬き、それから絞り出すように声を上げた。</p>
<p>「う、そ……」</p>
<p>「おれがこんな嘘をつくように見えるか？」</p>
<p>「見えないけど！　見えないけど……」</p>
<p>「なら」</p>
<p>「でも！！　……でも、長曽祢さん、先代さんと恋仲だったんじゃないの！？　だからあの、蕎麦屋さんで……」</p>
<p>　それか。あんたを縛っていたものの正体は。</p>
<p>「先代が好いていたのは、蜂須賀だ」</p>
<p>　主が息を呑むのが伝わった。おれはひとつひとつ、言い聞かせるようにしてその先を紡ぐ。</p>
<p>「おれが顕現して暫くしてからだ。先代の蜂須賀を見る目が、おれたちに向ける目と違うことに気付いた。誰も気付いていなかったようだが、虎徹の名の縁だろうな……だが、蜂須賀は主従以外の特別な感情を持てなかった。主もそれを察していて、だから気持ちを押し込めていた。先代と本丸の綻びは、そこから生まれたものだろう」</p>
<p>　恐らくは、先代の届かない想いこそが本丸との結びを弱めた最たる理由だ。それを無理に押し込めたばかりに、彼女の体調と相まって遂には生命に関わることになってしまった。<br />
　いち早く気づいたおれができることといえば、蜂須賀と近侍を交代し、先代の行き場のない心を休ませることだった。時には怒りを、時には悲しみをぶつけられる相手がいれば、いつか先代も心を落ち着ける日が来ると、そう信じて。<br />
　だが、それだけではどうしようもないところまで来てしまった。それがこの引き継ぎ本丸の行方だった。</p>
<p>「それでも嘘だと思うなら、蜂須賀に尋ねるといい。先代はここを去る前、蜂須賀に想いを打ち明けていった。……蜂須賀には、ずいぶんと重いものを背負わせてしまったが」</p>
<p>　それでも。蜂須賀に心を打ち明けた先代は、涙こそ流していたが晴れやかな笑顔を見せていた。言えて良かったと、結ばれこそしなかったけれど好きになって良かったと。機会を設けたおれに頭を下げてから「ありがとう」と笑ったのだ。<br />
　蜂須賀もまた同じだ。先代の心をそれとなく感じ取っていたものの、今まで何も出来ずにいたことを後悔していた。故に、言葉と言葉を交わしてお互いの心に決着を付けられたことを安堵していた。<br />
　揺れ動く二つの心は、別離という形を得てようやく定まることが出来たのだ。</p>
<p>「だからおれは、もう一度言う。……主、皆のところへ帰ろう」</p>
<p>　あの時もこの桜の下だった。泣いて笑う先代の顔を見て、言葉を尽くすことがどれほどの意味を持つのかを知った。<br />
　ならば今。おれは、おれが出来ることをするのみだ。</p>
<p>「だけど……だけど、本丸と私の結びはほどけたんだよ！　戻ったところで私じゃ何も出来ない！　浦島くんだって……！」</p>
<p>「浦島のことはなんとかなる。こんのすけにも手配してもらった。時間はかかるだろうが、折れはしない」</p>
<p>「けど……私は、私じゃみんなのほんとうには……」</p>
<p>「はは、贋作のおれにそれを言われるとなあ」</p>
<p>「あ、ご、ごめ――」</p>
<p>「いや」</p>
<p>　おれは、主の前に右手を差し出した。あの蕎麦屋で、初めて会った時のように。<br />
　もし。<br />
　主と本丸の綻びが『届かない想い』にあるのだとしたら。<br />
　本当に賭けるべきは、きっと。</p>
<p>「主」</p>
<p>　もう一度、呼びかける。<br />
　強く、深く、真っ直ぐに見据えながら、おれは彼女に向けてその言葉を告げた。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「おれと結ばれてくれ」</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　彼女の瞳が大きく見開かれる。ためらうように視線を彷徨わせながらそっと右手を上げ、一度ぎゅっと胸の前で握り込む。<br />
　永遠にも似た静寂。その後に、彼女の柔らかいあの手が、おれのものと重なった。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　――強い風が吹く。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　肩をすくめて目を細めたが、視界の端に映った影に違和感を覚えてすぐに顔を上げる。</p>
<p>「桜が……！」</p>
<p>　咲くはずのない季節。枯れ果てた樹木。<br />
　だが、今おれたちの目の前は、薄桃色の景色に覆われていた。</p>
<p>　満開の桜の花弁が、嵐のように舞っていたのだ。</p>
<p>「ああ、やはり――」</p>
<p>　握ったままの手に力を込める。彼女は少しだけ驚いたようにおれを見た。</p>
<p>「また、咲いたな」</p>
<p>　ぽろ、と主の瞳から一筋の涙が流れる。それはもう哀しい意味を持つものでない。<br />
　おれたちは今、本物の縁を結ぶことが出来たのだ。</p>
<p>「――あ！　兼さん、あっち！」</p>
<p>　遠くから国広と、和泉守の声がする。忙しない足音とともに、和泉守が大きく声を張った。</p>
<p>「主！　長曽祢さん！　浦島の傷が――！！」</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<div class="tororo-title">桜の八日</div>
<div class="kugiri"></div>
<p>「――むすひ？」</p>
<p>　聞き慣れない言葉に首を傾げると、三日月さんはああと言った。</p>
<p>「漢字にすると、子を産むの産むに霊力の霊。それで産霊だ」</p>
<p>「産霊……」</p>
<p>　三日月さんはお茶をひとすすりして、私に向き直る。</p>
<p>「神道における概念だな。万物を結び、繁栄させる力のことを言う。結びという言葉は元々、産霊と書いたのだとも言われているそうだ」</p>
<p>「それが……私達の身に起きたこと？」</p>
<p>「憶測だが、俺はそう考えている」</p>
<p>　あの日。長曽祢さんの手を取った瞬間、信じられないくらい強い霊力が体に湧き上がった。強いけれど穏やかで、まるで春の陽だまりのような霊力。それが、私と長曽祢さんが『結ばれた』ことで『産霊が成った』と三日月さんは言う。<br />
　持ち直した浦島くんを手入れ部屋に運ぶと、時間はかかったが完治に至った。泣きながら喜んで抱きしめ合うのも束の間、ほどけたはずの本丸との結びが再び結ばれたことで政府も異例の事態だと緊急会議ものの騒動となり、事情聴取やら数多の検査や診断やら、更に年末ということも重なって、諸々の手続きが終わる頃には外がすっかり冬景色になっていた。その数多の診断を経てなお政府の見解は『要経過観察』にしかならなかったので、ただの徒労感も否めない。<br />
　それでも。本丸の運営は、私が引き継いだ時よりもずっと順調だ。資材が余計にかかることもないし、鍛刀や手入れの時間も規定通りに終わるようになった。引き継ぎ当初はあれほど苦労していたのにと思うと、不思議な感覚がする。</p>
<p>「なんか……まだ実感がもてないや」</p>
<p>　自分の両手を握ったり開いたりしてみるが、特別どこかが変わった気がしない。あの政府でさえ分からなかったのだから、『産霊』とはよほど稀有な現象なのだろう。そんなにすごい出来事が自分の身に起こったとは、どうしても思えなかった。</p>
<p>「実感しようとして出来るものではないからな。それにまぁ、無理に感ずる必要もないだろう。主は本丸と――いや、長曽祢虎徹と、魂の最も深いところで結ばれたことに変わりない」</p>
<p>「……そういう言い方されると、恥ずかしいなぁ」</p>
<p>「うむ。そう聞こえるように言っているからな」</p>
<p>「ちょっと！」</p>
<p>「ははは、愉快愉快」</p>
<p>　人を弄びやがってこのじじい……と心の中で悪態をついていると、ふっと三日月さんが柔らかく微笑んだ。</p>
<p>「やはり、お主が最後に選び取るのは『最良』であったな」</p>
<p>　瞳の中の三日月が、きらりと輝いた気がした。</p>
<p>「うん」</p>
<p>　その輝きに応えるよう、私も大きく頷く。以前と違ってそこに迷いは浮かばなかった。<br />
　私ひとりだったら、ここには辿り着いていない。沢山の人と刀たち、それぞれの思いが私をここまで導いてくれた。その思いに、今度こそ報いたい。そのために私は胸を張っていよう。<br />
　みんなの主であるために。</p>
<p>「おっと、もうこんな時間であったか。いや呼び止めてすまない」</p>
<p>「ううん。私も気になってたこと聞けて良かった。また相談させてね」</p>
<p>「ああ、もちろん。久々の休みだ、水入らずでゆっくりしてこい」</p>
<p>「またそういうこと言う！」</p>
<p>「はっはっは。ではな」</p>
<p>　もう、と言いながらも自身が笑顔になっているのが分かる。三日月さんの私室を後にして、はやる気持ちで小走りになりながらその先へと向かった。幾度も歩いた道のり。ふたりで、時には大勢で。積み重ねてきた思い出たちを胸に、私はそこへと辿り着いた。</p>
<p>「長曽祢さん」</p>
<p>　横顔に声をかけると、彼はゆっくりこちらを向く。あの軽装に白い冬用の羽織を掛けた姿は、ちょっとだけ心が浮ついた。</p>
<p>「すまない、探したか？」</p>
<p>「ううん。ここにいる、って分かってたから」</p>
<p>「そうか」</p>
<p>　もう一度、長曽祢さんは先程まで見つめていた箇所に視線をやる。そこにあったのは、大きな大きな切り株。千年桜だったもの、だった。<br />
　私達に産霊が成った日の夜、みんなが寝静まった後だと思う。千年桜は、自ら折れたのだ。音も衝撃もなく、ひっそりと体を横たえていたのを、朝起きたみんなが見て言葉を失っていたのは記憶に新しい。<br />
　役目を終えたのだろう、と言ったのは三日月さんだった。私と長曽祢さんの行く末を、ずっと見守ってくれていたのだろうか。そうと思うと、なんだか少し寂しくなる。</p>
<p>「主」</p>
<p>「なに？」</p>
<p>「あんたが新しい主で、良かった」</p>
<p>　それは就任初日の夜に長曽祢さんがくれた言葉。あの時は、恥ずかしくて何も返せなかったけれど。今なら胸を張って、こう言える。</p>
<p>「私も、ここの主に成れて良かった」</p>
<p>　そうして私は右手を差し出した。長曽祢さんは少しだけ驚いた顔をしていたけど、すぐにあの金色の瞳を柔らかく細めて手を繋いでくれた。</p>
<p>「ひさびさだね、あそこ行くの」</p>
<p>「そうだな。色々あって……まぁ、気まずかったしな」</p>
<p>「あはは、だよね……でも、それだけじゃないよね」</p>
<p>「おれたちを繋いでくれたもう一つの場所、でもあるな」</p>
<p>「うん」</p>
<p>「さて、おれはもう決まっているが、あんたは？」</p>
<p>「そりゃ、もちろん」</p>
<p>　私は雲一つない冬晴れの空に、高く高く声を上げた。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「とろろ蕎麦に、海老天追加で！」</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>山茶花の二十六日</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e5%b1%b1%e8%8c%b6%e8%8a%b1%e3%81%ae%e4%ba%8c%e5%8d%81%e5%85%ad%e6%97%a5/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2023 08:17:23 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[山茶花の二十六日 　地面を舞う枯れ葉の数も減り、風景から色が失われて行きつつある時分。迫る年末に向けて本丸はにわかに忙しさを増していた。普段の出陣や遠征に加え、本丸内の大掃除や、年末年始は閉まる万屋街へ必需品の買い出し等...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e5%b1%b1%e8%8c%b6%e8%8a%b1%e3%81%ae%e4%ba%8c%e5%8d%81%e5%85%ad%e6%97%a5/" title="続きを読む山茶花の二十六日">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="tororo-title">山茶花の二十六日</div>
<div class="kugiri"></div>
<p>　地面を舞う枯れ葉の数も減り、風景から色が失われて行きつつある時分。迫る年末に向けて本丸はにわかに忙しさを増していた。普段の出陣や遠征に加え、本丸内の大掃除や、年末年始は閉まる万屋街へ必需品の買い出し等、やることは山積みだ。<br />
　そして、私も。いつにも増して外出する時間は減り、食事すら客間で簡単に済ますことが増えた。理由はもちろん、かの職員による視察の結果、だ。<br />
　おそらく職員が上手く取りなしてくれたのだろう。政府から見たこの本丸の状態は『要経過観察』程度に留まっていたが、結びがほどけつつあるという現実は何も変わらない。普段の業務と年末調整、それに本丸の行き先を考えるとなれば、時間がいくらあっても足りなかった。</p>
<p>「主さん」</p>
<p>　ひょこりと客間を覗き込んできたのは浦島くんだった。一歩遅れて亀吉くんも、浦島くんの足元からこちらをうかがっている。</p>
<p>「そろそろ休憩取ろうよ」</p>
<p>「あー、でも、あとちょっと」</p>
<p>「だーめ。今日のおやつ、絶対食べさせなさいって歌仙さんに言われちゃったんだもん。最近ちゃんとしたもの食べてないって、長谷部さんも心配してたよ」</p>
<p>　そう言って浦島くんは私の前にお盆を差し出した。載っていたのは湯呑みと急須、それから柔らかなこがね色をした芋羊羹。歌仙さんの手作りだというそれが、二つある。<br />
　そう、長曽祢さんは今、ここにいない。</p>
<p>「俺も一緒に食べたいからさ。ね？」</p>
<p>「そ、だね……そうする」</p>
<p>　力無い返事にも浦島くんはにこりと笑った。お盆から芋羊羹を乗せた小皿を取り分け、お茶を注いでくれる。その光景をぼんやり眺めながら、最近の出来事を思い返していた。<br />
　長曽祢さん。相変わらず近侍を務めてくれてはいるが、あの日以来なんとなく声がかけづらくなっていた。向こうもそれを察しているのか、最近は買い出しや出陣などで本丸を空けることの方が増えた。会話があるとすれば仕事のことばかりで、以前のように雑談をして笑ったり、本丸内を散歩することがなくなった。<br />
　今日も第一部隊を率いて出陣中だ。これは長曽祢さんからの要望でもあった。上手く話せない私に気を遣ってくれてのこと、だと思う。<br />
　なのに、先代と並んで立っていたあの姿が、頭から離れない。ずっと。</p>
<p>「主さん？」</p>
<p>「ぅえ、あ、ごめん。ぼーっとしちゃって」</p>
<p>　あははと笑いながら芋羊羹に手をつける。歌仙さんの手作りとあって、しっとりとした食感と自然な甘さが心地よかった。</p>
<p>「んーさすが歌仙さん。美味しいねえ」</p>
<p>「……主さん」</p>
<p>　いつになく真剣な声。</p>
<p>「長曽祢兄ちゃんと……何かあった？」</p>
<p>　あやうく羊羹が喉につかえるところだった。<br />
　お茶を流し込んでやり過ごし、浦島くんに向き直る。</p>
<p>「何にもないよ。喧嘩してるふうに見える？」</p>
<p>「見えないけど……」</p>
<p>「なら」</p>
<p>「でもっ」</p>
<p>　浦島くんは、ぎゅっと眉根を寄せた。</p>
<p>「でも、なんか……なんか、ふたりとも変なんだ。上手く言えないけど、前と違うよ」</p>
<p>　違う。<br />
　その言葉は、私にはつらい。けれど浦島くんがそう思うのも当然だ。だって私がそういうふうにしたのだ。私は、彼らとの間にある線を引き直さなきゃいけない。そうしなければ、この本丸はまた同じ道を辿ってしまう。<br />
　私ではこの本丸のほんとうの主には成れないのだから。</p>
<p>　そのとき、玄関口から訪問者を告げるチャイムが鳴った。時計を見ると指定配達の時間であることに気づく。</p>
<p>「頼んでた荷物来たみたい、行ってくる」</p>
<p>「あ、じゃあ俺が運ぶよ」</p>
<p>「私物だし、大した荷物じゃないから大丈夫だよ」</p>
<p>「俺がやりたいのっ！」</p>
<p>　ニコッと元気よく笑いかけられては断れるはずもなく、私は浦島くんと連れ立って玄関口に向かった。<br />
　通販サイトも配送も民間の業者であるが、運ばれる荷物や配達人は全て政府の検閲を通っており、そこで交付される『通行手形』で本丸に敷かれた結界を通れる仕組みになっている。なので、審神者がいちいち結界を解いて配達人を門まで迎えに行く手間も、配達人が荷物を抱えて門で待つ必要もない合理的なシステムだ。</p>
<p>　だから、私たちは油断をしていた。</p>
<p>　玄関口に着くと、台車に載せられた荷物と共に待っていた配達人が、板型の端末をこちらに向けてきた。受領のサインも電子化されているので、私はその端末に人差し指を乗せ</p>
<p>「ダメだ！！　主さん！！」</p>
<p>　瞬間。目の前の配達人が泥のように溶けた。残った衣服が地面に散らばると黒いモヤのようなものが立ち上りそれを形作る。<br />
　時間遡行軍、短刀。<br />
　認識するより速く、光る刃が私の喉元目掛けて飛び込んだ。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　ドンッ</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　衝撃は、背中に受けた。<br />
　反射的に閉じていた目を開く。<br />
　浦島くんが、私のお腹に覆いかぶさっていた。<br />
　背中から多量の血を流しながら。</p>
<p>「あ、ぁ」</p>
<p>　何の装具も、刀装も付けていない浦島くんの身体は、敵短刀により深々と切り裂かれた。事実を理解するまで時間がかかった。なのにあたりにはくらくらするほど鉄の匂いが立ち込めて、しがみついている浦島くんから徐々に力が抜けていく。重傷。誰が見てもひと目で分かる。分かってしまう。</p>
<p>　私を、私なんかを庇ったばかりに、浦島くんが、</p>
<p>　――折れる。</p>
<p>「でぇりゃああ！！」</p>
<p>　咆哮。それと共に私に差し迫っていた敵短刀が両断された。地面に落ちると同時にそれは霧散し、影も形もなくなると長曽祢さんが私に駆け寄った。</p>
<p>「主！！　浦島……！！」</p>
<p>「どうした！　何事だ！」</p>
<p>「主君！？」</p>
<p>　きっと、第一部隊が運良く帰還した。それで助けてもらった。その声を聞いて、本丸の奥からみんなが集まってきたんだろう。<br />
　ぼんやりしている。まるで目の前の景色が遠い世界の出来事のようで、現実味がなくて、音も、なんだか遠く聞こえる。それなのに自分の心臓が、痛いくらいに音を立てている。<br />
　どうして。なにが。分からない。なにも、私は。</p>
<p>「しっかりしろ！」</p>
<p>「浦島、浦島！！」</p>
<p>　ふらつく私の肩を長曽祢さんが抱きとめる。同時に、蜂須賀さんが私にもたれたまま動かない浦島くんを抱き起こした。</p>
<p>「主！　まず止血だ！」</p>
<p>　長曽祢さんの一喝ではっとする。そうだ、手入れを。手入れをしなければ。<br />
　私は自身の霊力を編み、浦島くんの神気と結びつけるべく両手をかざした。<br />
　しかし。</p>
<p>「……主？」</p>
<p>　全身から血の気が引いた。<br />
　霊力が。まるでどれだけ掬っても指の間から抜け落ちる水のようだった。私の霊力は、全く浦島くんと結びつかない。</p>
<p>　<ruby><rb>結びつかない</rb><rp>（</rp><rt>・・・・・・</rt><rp>）</rp></ruby>。</p>
<p>「どうしよ、どうしよう」</p>
<p>「主、一体――」</p>
<p>「結べないよ」</p>
<p>　その言葉を、どんな顔で言ったのか、自分でも分からなかった。けれど長曽祢さんが、凍ったように目を見開いているのが、胸を焼くように苦しかった。<br />
　不意に。<br />
　どろんという音とともに政府派遣の管狐、こんのすけが現れた。呆気に取られる一同をよそに、こんのすけはすたすたと私の前に歩み寄った。</p>
<p>「緊急事態です。当本丸に重大なエラー・欠損を確認しました」</p>
<p>「こんのすけ！　時間遡行軍が……！」</p>
<p>　なお狼狽える私の代わりに長曽祢さんがこんのすけに呼びかけている。おそらく彼は状況だけでおおよその出来事を把握したのだろう。<br />
　しかしこんのすけは、やはり普段と変わらない口調で淡々と告げる。</p>
<p>「ええ。各所で同様の被害を確認しています。時間遡行軍が配達員を襲い、骸を使って成り代わった模様です。それについては政府の方で急ぎ被害状況の調査確認と対応策を講じていますのでご安心を。……それよりも」</p>
<p>　こんのすけはもう一歩、私の前に歩み寄った。</p>
<p>「現時刻を以て、この本丸と審神者の結び付きが完全に解けたことを認めましました。現在この本丸は、本丸としての機能を失っています」</p>
<p>「何だと……」</p>
<p>「このままでは手入れが行えません」</p>
<p>　みんなが一斉にどよめいた。私の肩を抱く長曽祢さんの腕にも力が入るのが、分かった。<br />
　私にはもう、みんなが何を言っているのか聞き取れない。頭がガンガン鳴っていて、鼓膜は痙攣して、目の奥もじわりと熱を持った。</p>
<p>　私のせいだ。<br />
　ぜんぶ、私のせい。<br />
　私を庇ったばかりに、浦島くんが折れてしまう。<br />
　私がここを引き継いだせいで、本丸が機能しなくなる。</p>
<p>　私なんかが、みんなの主になりたいと思ってしまったせいで。</p>
<p>「っげほ、げほ！」</p>
<p>「浦島！」</p>
<p>　蜂須賀さんに抱えられていた浦島くんが大きく咳き込んだ。閉じられていた瞳がゆっくりと開き、若草色が私に向く。</p>
<p>「あ、るじ、さん……無事？」</p>
<p>「わ、私……無事、無事だよ！」</p>
<p>「良かっ、たぁ……へへ」</p>
<p>「ダメ、それ以上しゃべっちゃ……！」</p>
<p>「俺なら、だいじょぶ……だから。だから……元気に、なったら、また、遊んでよ……」</p>
<p>　俺、主さんと遊ぶの、好きだなあ。<br />
　そう言って浦島くんは、再び目を閉じた。</p>
<p>　ああ、もう、ダメだ。</p>
<p>　私は長曽祢さんの腕を振り払い、立ち上がる。</p>
<p>「ごめん、みんな」</p>
<p>　もう、こんな言葉しか残ってない。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「私がみんなのほんとうの主じゃないから、ごめん」</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　私は、この本丸に来て初めて、全てを投げて逃げ出した。<br />
　だけど。<br />
　逃げて、走って、息を切らせて。それで何になるというのだろう。本丸との結びはほどけてしまった。私はもう主じゃない。なら考えなきゃいけないのは、浦島くんを治してくれる人を探すこと、そして本丸の解体措置を避けて、新しい引き継ぎを探すこと、なのに。<br />
　でも、でも嫌だ。嫌だ、嫌だ。私は、まだここにいたい。もっとみんなと一緒にいたい。みんなとまだまだ思い出を増やして行きたい。なのにどうしてそれがいけないことなんだろう。私じゃ相応しくないから？　何かが足りないから？　分からない、分からない、分からない。</p>
<p>　私にはもう、何もないよ。</p>
<p>　は、と顔を上げる。そこにあったのは一本の枯れ木。かつて長曽祢さんが案内してくれた、あの千年桜だった。<br />
　私は、きっと無意識に、ここに来てしまった。</p>
<p>「……なんで、なんで！」</p>
<p>　私はその桜に向かって、拳を叩きつけた。</p>
<p>「咲けよっ……この、咲いてよ！！　ねえ！！　咲いてよぉ……なんで……」</p>
<p>　どれだけ叩いても、乾いた幹はパラパラと剥がれるだけだった。それが憎くて憎くて仕方がなくて、でも、当然のことなんだと嫌でも実感させられた。<br />
　分かってる。咲くわけがないなんてことは。でも、あの日の長曽祢さんの言葉が、どうしたって蘇ってしまう。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　――おれは、この桜がもう一度咲く日は近いと思っている</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　その言葉に応えたかった。<br />
　けど、もうダメなんだ。<br />
　どう頑張ったって結ばれない。<br />
　最初から、そんなこと分かりきってた。<br />
　なのに私がそれを望んでしまった。</p>
<p>　長曽祢さんは今もあの人のことを想っているのに。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　私が、長曽祢さんを好きになってしまったせいだ。</p>
<div class="kugiri"></div>
<p>　主の悲痛な声に、反応できるものは誰もいなかった。おれ自身も、腕の中にあった温もりが消えていくのを、ただ黙して耐えていた。<br />
　同じだ。あの日と。先代が涙を流しておれに頭を下げたあの日。皆の時間が止まり、深い悲しみに包まれて、それでもようやくまた前を向けると思っていたはずなのに。<br />
　なのに、何故。――何故！<br />
　おれは深く息を吸い、丹田に力を込めて立ち上がった。</p>
<p>「薬研。応急処置の準備を頼めるか」</p>
<p>「あ、……ああ！　すぐに道具取ってくる！」</p>
<p>「手が空いているものは薬研の手伝いと、それから担架を。……それで、こんのすけ。浦島を救う手立てはあるか？」</p>
<p>　こんのすけは浦島に近づくと、電子画面を展開させた。</p>
<p>「――政府の施設で治療をすれば、或いは。ですが主以外の審神者の力では完治に相当な時間がかかります。それに、ここまでの重傷ですと必ずしも助かるとは限りません」</p>
<p>「それでいい。手配してくれ」</p>
<p>「承知致しました」</p>
<p>「長曽祢さん！　良いのかよそれで……！」</p>
<p>　同部隊だった和泉守が声を荒げた。無理もない、これは勝ち目の薄い博打のようなものだ。</p>
<p>「他に方法がないのなら、それに賭けるしかないだろう。……本丸と主の結びがほどけてしまった以上は」</p>
<p>　その言葉に、さしもの和泉守も苦虫を噛み潰したように押し黙る。<br />
　助かるかも分からない方法に縋るのが正しいのか、正直なところおれ自身にも判断できない。だが、もしこの場に主がいたなら間違いなく同じ選択をしていただろう。その想像が出来るほどには、彼女の傍に居たと自負している。<br />
　ここで浦島を折らせる訳にはいかない。もしここで浦島が折れたら、主の心に一生分の深い傷を負わせてしまう。大事な弟と、大切な主の心を守りたい。これ以上はもう、何も失えない。</p>
<p>「大丈夫だ。浦島は、……虎徹の真作は、こんなところで折れる刀ではない」</p>
<p>　失うものはおれの想いだけでいい。<br />
　今、主の心を守れるのは――</p>
<p>「何をしている」</p>
<p>　その静かな怒声は、初めて聴くものだった。</p>
<p>「蜂須賀……？」</p>
<p>　蜂須賀は自身の羽織を裂いて浦島に巻きつけながら、言い放つ。</p>
<p>「ここのことはいい。お前は主を追え」</p>
<p>　それは。<br />
　その役割を担うのは。</p>
<p>「お前が言ったんだぞ。虎徹はこんなところで折れない。ならお前は自分がすべきことをしろ」</p>
<p>「しかし、おれは――」</p>
<p>　その時。<br />
　蜂須賀は、虎徹の牙を剥き出しにした。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「あんたは！　折れず曲がらず、主を守る刀だろう！　長曽祢虎徹！！」</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　――おれは。<br />
　駆け抜ける風のように地を蹴った。迷いなく、淀みなく、両の足が幾度も歩いた道のりを辿る。<br />
　主の元へ。<br />
　今や真作も贋作も、先代も当代も関係ない。そんな些細なものに縛られて、本当に大切にしたい者を守れないなら意味などない。<br />
　おれは主を守りたい。おれ自身の手でもう一度、あの柔らかい手を取れるなら何だってしよう。たとえこの声が届かなくても、会ったところで何も変わらなくとも。</p>
<p>　おれは、彼女を、心から愛している。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>石蕗の十一日</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e7%9f%b3%e8%95%97%e3%81%ae%e5%8d%81%e4%b8%80%e6%97%a5/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2023 08:15:04 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[石蕗の十一日 　ついに、と言うべきか。 　ようやく、と言うべきか。 　私は端末が受信した一通のメールを前に、深々と溜め息をついた。 　このことは本丸を引き継ぐことになった時から再三言われていたことだし、日々を過ごしていて...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e7%9f%b3%e8%95%97%e3%81%ae%e5%8d%81%e4%b8%80%e6%97%a5/" title="続きを読む石蕗の十一日">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="tororo-title">石蕗の十一日</div>
<div class="kugiri"></div>
<p>　ついに、と言うべきか。<br />
　ようやく、と言うべきか。</p>
<p>　私は端末が受信した一通のメールを前に、深々と溜め息をついた。<br />
　このことは本丸を引き継ぐことになった時から再三言われていたことだし、日々を過ごしていても私の頭から離れることはなかった。だから、覚悟はとっくに出来ていると思っていたのに。</p>
<p>　もう一度、メールの文章に目をやる。その件名には『引き継ぎ本丸視察調査のお知らせ』と書かれていた。</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　政府所属の職員による、引き継ぎ本丸への立ち入り視察。これは本丸の引き継ぎ制度が確立したときに制定されたもので、後任者が赴任して半年後に実施されることが予め決まっている。理由はもちろん、引き継ぎ本丸が正しく運営されているかどうかの調査だ。</p>
<p>「……主。そう緊張せずとも」</p>
<p>「するなって方が無理だよこれ……」</p>
<p>　私たちは引き継ぎ本丸の審神者と近侍として、本丸の大手門――出陣や遠征、現代への行き来に使うゲートの前で政府職員の来訪を待っていた。約束の時刻は午後二時。つまりあと五分ほど。<br />
　調査に来る政府職員は、言うまでもないあの人だ。ただでさえ緊張する政府の立ち入り視察なのに、あの人が来るとなれば私の心境は穏やかでいられない。</p>
<p>「なに、主はいつものように構えていれば問題ない。本丸の運営は滞りないのだからな」</p>
<p>「そう、なんだけどね……」</p>
<p>「来たな」</p>
<p>　閉ざされた大手門の隙間から白い光が漏れ出でる。その光が強まるとともに門扉が開き、中から一人の女性が足を踏み出した。</p>
<p>「……お久しぶりです。おふた方」</p>
<p>　大手門が閉じられる。<br />
　私は、戦の前のように生唾を飲んでいた。</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　職員を応接室に案内し、対面に座る。私の左隣には長曽祢さんがいて、まるであの蕎麦屋の再現だ。自然と肩が強張り、正座した足の上で拳を握る。<br />
　指摘される点は、幾つか予想できる。それに対する返答も用意してきたし、資料も不足なく纏められたと思う。それなのにここまで緊張してしまうのは、やはり彼女の第一印象と、『主』だったという事実だろうか。</p>
<p>「……お話の前に、少しだけ聞いていただきたいことがあります」</p>
<p>　びくっと肩が跳ねた。<br />
　一体何を言われるのか――そう身構えていたのだが、政府職員は徐に頭を下げた。</p>
<p>「打ち合わせの時は、誠に申し訳ございませんでした」</p>
<p>「え……」</p>
<p>「長曽祢虎徹の言う通りでした。仕事の席で叱責するなど……あってはならぬことです。不快にさせてしまい、すみませんでした」</p>
<p>「え、や、それについては、メールでも電話でも謝ってもらいましたし、私も生返事で申し訳なくて」</p>
<p>「謝罪というものは直接会ってしなければ成立しないと思いましたので」</p>
<p>「いやいや考えすぎですって」</p>
<p>「ですが」</p>
<p>　不意に、隣の長曽祢さんがふっと息をついた。</p>
<p>「雨降って地固まる、だな」</p>
<p>　その言葉に、職員が顔を上げた。さっきまでの剣呑な雰囲気はどこへやら、少し照れたように頬を赤らめている。</p>
<p>「そうかも、しれませんね」</p>
<p>　そう言った職員は、花が綻ぶように笑っていた。この人は、こんなふうに笑う人だったのか。<br />
　本当に真っ直ぐでひたむきな人なんだろう。だから責任感や使命感が強く、他人にも自分にも厳しくなるのか。<br />
　彼女の人となりを改めて知ると、張っていた肩から徐々に力が抜けていった。</p>
<p>「改めまして、本日は宜しくお願いします」</p>
<p>「はい」</p>
<p>　互いに一礼したのち、ふと職員の視線が長曽祢さんに向いた。</p>
<p>「早速で申し訳ないのですが、近侍殿には席を外していただけないでしょうか。ここから三十分ほど審神者と政府職員の二者面談になりますゆえ」</p>
<p>「……大丈夫か？」</p>
<p>　長曽祢さんが心配そうに私を見ている。それに対し、私は笑顔で返した。</p>
<p>「私は大丈夫。三十分経ったらまた来て」</p>
<p>「主がそう言うなら……」</p>
<p>　渋々、といった具合だったが長曽祢さんは席を立ち、障子戸を締める間際に職員に向けて「主を頼む」と告げて去っていった。</p>
<p>「……変わりましたね、彼は」</p>
<p>　その様子を見て、職員は穏やかに口元を緩めている。</p>
<p>「そう、なんです？」</p>
<p>「ええ。既に知っての通り、私はここの主でした。ですが彼の態度は私が知るものよりずっと柔らかい。貴女のお陰ですね」</p>
<p>「いや、そんな……あっお茶も出さずにすみません、」</p>
<p>　なんとも言えないむず痒さを覚えて、取り繕うように急須に手を伸ばしかけ――</p>
<p>「故に、心苦しいのです」</p>
<p>　ピタリと手を止めた。</p>
<p>「それは、どういう……」</p>
<p>　職員の表情から穏やかさが消える。眉根を寄せて、本当に苦しそうに唇を引き結び、やがて重々しく開いた。</p>
<p>「率直に申し上げます。貴女とこの本丸の結びが、ほどけつつあります」</p>
<p>　時間が。<br />
　止まったような気がした。</p>
<p>「貴女が政府に送付している日報を拝見していましたが、当初は引き継ぎ本丸故に霊力が馴染むまで時間がかかっているのだと思っていました。しかし、半年かかってもそれらは馴染むどころか――増える一方です」</p>
<p>　指先から温度が失われる。<br />
　唇は震え、腹の底が重たくなった。</p>
<p>「指摘され続けている資材の件。もしや手入れや鍛刀の際に、資材が余計にかかっているのではないでしょうか」</p>
<p>　その答えは。</p>
<p>「……は、い」</p>
<p>　今まで気づかないふりをしていた。考えないようにしていた。研修のときより鍛刀も手入れも時間がかかる。資材が余計にかかる。それらは徐々に、わずかにだが増えていく。きっとこれは引き継ぎ本丸だからだと、自分がここに馴染むまでの辛抱なのだと言い聞かせて仕事に明け暮れた。<br />
　けれど。<br />
　政府は、そんな甘い考えを見逃してはくれなかった。</p>
<p>「これは、かつて私の身にも起きたことでした。本丸と審神者の結び付きが弱まるとこのような事が起こるようです」</p>
<p>「結び、を……もう一度、結ぶ方法は……た、例えばその、噂とかで聞くような、男士と」</p>
<p>「噂に過ぎません」</p>
<p>　ピシャリと言い放たれて肩をすくめる。そうだ。そんな方法で結べるのなら引き継ぎ制度なんていらない。自分の浅はかさに泣きそうになった。<br />
　そんな私の様子を見かねてか、職員は先程より声音を和らげてくれた。</p>
<p>「まだ完全にほどけた訳ではありませんし、政府も霊力が馴染むのに時間がかかっているという見解です。ですから、今できる手立てがないか、私のほうでも出来る限り調査してみます」</p>
<p>「……もしこのまま、結びがほどけてしまったら、どうなりますか」</p>
<p>　職員はわずかに視線を逸らし、眼鏡のブリッジを押し上げる。</p>
<p>「私と同じく霊力の相性が良い引き継ぎを探すか、もし、見つからなかった場合は……」</p>
<p>　職員が言葉を切る。でもその先は、否応なしに伝わってしまった。<br />
　本丸の解体。<br />
　それしか、ないのだろう。ここの本丸は一度そういった事態に陥っている。ようやく引き継いだはずの審神者もこの有様では、二度目は、ないのかもしれない。</p>
<p>「――失礼する。近侍の長曽祢だ」</p>
<p>　障子戸越しに長曽祢さんの声がした。もうそんなに経っていたのだろうか。狼狽える私の代わりに職員が返事をし、長曽祢さんが入ってくる。</p>
<p>「……主？　顔色がすぐれないようだが」</p>
<p>「え、と……」</p>
<p>「申し訳ありません。私が少し喋り過ぎてしまいまして。疲れてしまったのかも」</p>
<p>「……本当か？」</p>
<p>　心配そうに覗き込まれ、慌てて視線を逸らした。今、長曽祢さんに優しくされると泣いてしまいそうだった。</p>
<p>「ほ、本当。ちょっと、まとめ直さないといけないこととか、多くて……だから、この後の本丸内視察、ふたりで先に行ってて欲しいんだけど、いいかな」</p>
<p>「おれは構わんが……」</p>
<p>「分かりました。近侍殿がいれば問題ありません。少し休んでから、ゆっくり来てくださいね。……行きましょう、長曽祢虎徹」</p>
<p>「あ、ああ」</p>
<p>　ふたりを見送って、足音が完全に消えたあと、深く、深く息をつく。<br />
　どうして、だろう。<br />
　私は、何か間違ったのだろうか。本丸との結びがほどけるほどの何かを。思い出せない。思い当たらない。私は、私なりに頑張ってきたつもりだった。ある日審神者の適性ありと通達され、そのまま審神者の養成校に入り、そこで引き継ぎ本丸の話を持ちかけられて今に至る。<br />
　しかし、そこには確かに意思があった。自分の意思で審神者になると決めて、自分の意思でここを継いだ。みんなと仲良くなりたいと願ったのも私で、そのためにできる限りのことをしてきたのも私だ。<br />
　なのに、どうして。<br />
　ふらりと立ち上がる。無性にみんなに会いたい気持ちになった。今まで私がやってきたことを、振り返りたくなったのかもしれない。<br />
　庭に出ると、木枯らしが頬を撫でた。秋の冷えた風は頭の中が冴えるようで心地いい。足元では枯葉がかさかさ舞っていて、そういえば先日、掃除当番である同田貫さんがいくら掃いてもキリがねえとボヤき、それを聞いた獅子王くんがいっそ集めて焼き芋しようぜとはしゃいでいたのを思い出して、ようやく少し笑うことができた。<br />
　今日は視察があるから出陣も遠征も組まなかったので全ての男士がこの本丸にいる。みんなにとっては非番と同じだから、きっと向こうの庭で蹴鞠会の子たちが遊んでいるだろう。そう思い、私はかつて浦島くんが導いてくれたあの庭へと向かった。</p>
<p>「――さま！」</p>
<p>　その声を聞いたとき、私の足は凍りついた。<br />
　庭は、確かにあの子たちがいた。混ざって遊んでいたのであろう岩融さんや山伏さんの姿も見える。その誰もが笑顔で、私の知らない名前で職員を呼んでいた。隣にはもちろん長曽祢さんがいる。<br />
　これは、かつてこの本丸にあった風景だ。<br />
　職員が長曽祢さんに何かを語りかけ、長曽祢さんは困ったように首に手をやり、それを見た職員がクスクスと笑っている。遠いので何を話しているのかは聞き取れないが、楽しそう、とか、微笑ましい、とか、そういった言葉が頭に浮かんで消えた。</p>
<p>　なんてお似合いのふたりなんだろう。</p>
<p>　私は、凍った足とともに、遠巻きにその風景を眺めていた。</p>
<p>　その後、定刻通りに視察が終わり職員を見送ると、私は長曽祢さんに適当な嘘をついてその場をあとにした。長曽祢さんは何か言いたげに呼び止めていたが振り切って、かといって仕事をする気になど到底なれなかった。<br />
　あてどなく本丸内をうろつく。頭の中は空虚でぼんやりとしていた。だから自分が今どこを歩いているかなど気にも留めていなかった。</p>
<p>「――っと！　主？」</p>
<p>　曲がり角で誰かにぶつかりかけた。咄嗟に長曽祢さんを思い浮かべたが、声は高く涼やかなものだった。</p>
<p>「蜂須賀さん……」</p>
<p>「どうしたんだい？　顔色が悪いように見えるけれど……」</p>
<p>　長曽祢さんとは違う容姿で、長曽祢さんと同じことを、蜂須賀さんは言った。<br />
　ああ。真作と贋作でもこの刀たちは兄弟なんだ。ほんものと、にせものなのに、こんなに確かな絆がある。なのに私は。</p>
<p>「あ、ご、ごめん。ちょっと疲れてて。部屋、戻るね」</p>
<p>　そう言って踵を返そうとした。</p>
<p>「主」</p>
<p>　それを、柔らかく制される。</p>
<p>「少しだけ付き合ってもらえるかな」</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　私が歩いていた場所は虎徹の相部屋にほど近い場所だったらしい。この本丸は特に個別部屋の希望がなければ刀派や刀種によって部屋分けがなされており、虎徹兄弟も同じ部屋で過ごしている。長曽祢さんだけは近侍部屋を使っているので、今の虎徹部屋に彼の私物はほとんどない。私にとっては、少しありがたく感じた。<br />
　蜂須賀さんに促されるまま部屋へ入り、ふかふかの座布団に座らされた。</p>
<p>「最近、紅茶に興味があってね。ぜひあなたにも振る舞いたいと思っていたところなんだ」</p>
<p>　茶箪笥から四角い缶と丸いティーポットを取り出し、手慣れた様子で準備している。蜂須賀さんと紅茶。確かによく似合うな、なんて思ったりした。</p>
<p>「――それで、何かあったかい？」</p>
<p>　あとは抽出を待つだけになった頃合い、蜂須賀さんが切り出した。けれど私は唇を噛む。答えられない。答えられるはずがない。あの風景を見て、審神者だった職員と近侍だった長曽祢さんを見て、こんなにも理解してしまった。</p>
<p>　本丸の結びがほどけた理由。<br />
　私がこの本丸の、ほんとうの主に成れないからだ。</p>
<p>「言いたくないのなら、無理にとは言わないよ」</p>
<p>　蜂須賀さんの手が伸びる。自然と握り込まれていた私の手を取って、宥めるように指を広げると自分の手を重ねた。</p>
<p>「でも、これだけは聞いて欲しい。俺たちはいつでも、あなたの味方だ」</p>
<p>　ぽた。<br />
　雫が、蜂須賀さんの手の甲に滲む。一度堰を切ったそれは止めようがなく、ぼろぼろとこぼれ落ちた。<br />
　情けなくてごめんって、気遣ってくれてありがとうって、言わなきゃいけないのに、私の喉はうめき声しか出ない。せめて涙は止めなくちゃと、そう思えば思うほど視界はぼやけていった。<br />
　分かりきっていたのに。私はこの本丸を、ただ引き継いだだけ。なのにみんなと仲良くなりたいなんて、思うことが贅沢すぎる望みだった。これは私が招いた当然の結果だ。私は、……私は？</p>
<p>　ああ、私は、こんなに泣くほど本丸のみんなが好きになっていた。</p>
<p>　泣き続ける私に、蜂須賀さんは何も言わず紅茶を差し出してくれた。その優しさにまた涙が溢れたが、ひと口飲むと優しい甘味と香りがいっぱいに広がって、胸の痛みが少し和らぐ気がした。<br />
　これからこの本丸をどうするのか、考えなきゃいけない。だけど、もう少し、もう少しだけ、この暖かい空気の中を漂っていたいと思った。</p>
<div class="kugiri"></div>
<p>　主の様子がおかしいのは、すぐに分かった。きっと先代にあれこれと指摘されたからだろうと思ったが、主は決して口を割らなかった。それどころかおれと会話することもほとんどなく、先代が帰ったあと半ば逃げるように姿を消した。<br />
　本当に疲れているのなら夕食はあとにした方がいいかと思い厨番にそう伝え、それを主に知らせようとしたが客間にも寝室にもいない。何かと一緒にいる浦島なら行き先を知っているのではと虎徹の部屋に向かったが、直後、おれは後悔することになる。</p>
<p>　主が泣いている。<br />
　その手を、蜂須賀が握っている。</p>
<p>　雪見障子越しにそれを見た瞬間、ぐらりと視界が歪んだ気がした。慌ててその場を離れ、人気のない場所まで来ると壁を殴らん勢いでもたれかかった。<br />
　あんな風に泣く主を見るのは初めてだった。おれの前で弱音を吐いたことなど、一度もなかった。茶化すように言うことはあっても、あれほどまでに深刻な様子で感情を曝け出す主は、おれは知らない。<br />
　だが、蜂須賀の前で主は。<br />
　心臓がドクドクと早鐘を打つ。息が苦しい。おのずと胸を掻きむしり、奥歯を噛んで目を閉じた。<br />
　知らない。おれは何も知らない。おれは、彼女のことも、蜂須賀のことも、何も知らなかった。知る由もなかった。主がおれを近侍から外さないことで、心のどこかで安心していた。おれには、そんな資格などないのに。蜂須賀は虎徹の真作で、おれはただの贋作だ。ならば主に相応しいのは。</p>
<p>　おれは、こんな想いを抱えていていい刀ではない！</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「――は、」</p>
<p>　詰めていた息を吸った。そのまま何度か深呼吸して、冷えた空気を体に取り込むと幾分か頭も冴えてくる。<br />
　そうだ。おれと主の間には、もとより何もないのだ。あの夏、おれが浦島に語ったとおりに。ならばこれからもその関係を続ければいい。何も変わりはしない。これらは全て、最初からなかったことなのだから。<br />
　俺はもたれかかっていた壁から離れ、もう一度深く呼吸をした。心臓は、静かに脈打っている。普段と変わらない鼓動に安堵し、今度こそ歩き始めた。</p>
<p>　彼女が蜂須賀を選ぶその日まで。おれはおれの、勤めを果たす。それだけだ。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>向日葵の三十日</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e5%90%91%e6%97%a5%e8%91%b5%e3%81%ae%e4%b8%89%e5%8d%81%e6%97%a5/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2023 08:13:43 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[向日葵の三十日 　梅雨が明け、蝉の鳴き声が賑やかになる季節となった。懸念されていた暑さは湿気がなくなると意外にそうでもなく、扇風機を回していれば客間でも十分過ごせることが分かった。よく考えれば現代のコンクリートジャングル...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e5%90%91%e6%97%a5%e8%91%b5%e3%81%ae%e4%b8%89%e5%8d%81%e6%97%a5/" title="続きを読む向日葵の三十日">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="tororo-title">向日葵の三十日</div>
<div class="kugiri"></div>
<p>　梅雨が明け、蝉の鳴き声が賑やかになる季節となった。懸念されていた暑さは湿気がなくなると意外にそうでもなく、扇風機を回していれば客間でも十分過ごせることが分かった。よく考えれば現代のコンクリートジャングルとは違いこれだけの木々と水堀に囲まれていれば、気温も上がりようがないのだろう。<br />
　ちりん、と風鈴が鳴った。鴨居に吊るされたそれは、蹴鞠会の子たち――あの時のメンバーがいつの間にかそう呼ばれるようになった――が遠征帰りのお土産としてくれたものだった。なんでも私が執務室にしている客間がいつまでも殺風景なので、なにか飾れるものはないかと探してくれたのだという。その心遣いが嬉しくて、風鈴のガラスに描かれた金魚を見るたび自然と頬が緩んだ。</p>
<p>「主さーん！　たっだいまー！」</p>
<p>　元気な声とともに小走りの足音が近づいてくる。その後から控えめな足音と「浦島、廊下は走らない」と諌める声が続くものだからまた少し笑ってしまった。</p>
<p>「おかえりなさい、ふたりとも」</p>
<p>「ただいま、主。注文は全て済んだよ。……これと、これは来週中には届くそうだ。これは在庫切れで再来週以降になるらしい」</p>
<p>「うん、ありがとう」</p>
<p>　発注票の写しを受け取り、一つひとつ確認していく。浦島くんと蜂須賀さんには万屋街に買付けに行ってもらっていた。みんなが使う日用品や消耗品などは数が数なので、お店に行って発注して届けてもらう形を取っている。私は仕事が山積みのせいでなかなか外に出られないため、都度手が空いている刀に頼んでいた。通販するという手もあるのだが、「これ以上あんたの仕事を増やすより手隙のものに頼んだほうが早い」というのは、平素私のワーカーホリック気味の働きを見ている近侍の言だ。</p>
<p>「ふたりともお疲れ様」</p>
<p>「ぜーんぜん！　何かあったらいつでも言ってよ」</p>
<p>「ああ。大した手間じゃないからね」</p>
<p>　ふわりと蜂須賀さんに微笑まれると、なんだか少し照れてしまう。蜂須賀さんは女の私よりもはるかに美人なので、そんなひとが微笑む姿といったらまるで絵画かなにかのようだ。<br />
　それに何より、先代の初期刀であった蜂須賀さんが私に良くしてくれることが、こんなにも嬉しい。</p>
<p>「――主」</p>
<p>　今度は重い足取りと、よく響く低い声。</p>
<p>「長曽祢さん」</p>
<p>「遠征部隊が帰還を……取り込み中だったか？」</p>
<p>「……いや」</p>
<p>　それまで柔和だった蜂須賀さんの声音が冷え、長曽祢さんとすれ違いに部屋を出る。</p>
<p>「俺の報告は済んだ。主、失礼するよ」</p>
<p>　そう言い残し、蜂須賀さんは立ち去ってしまった。<br />
　――蜂須賀虎徹と長曽祢虎徹。この二振りが内に抱える問題は計り知れない。方や虎徹の真作を誇りとし、贋作を忌み嫌う蜂須賀虎徹。方や、贋作でありつつもあの新選組局長、近藤勇の佩刀として幕末を駆け抜けた長曽祢虎徹。なんの因果かこの二振りは、真作と贋作でありながら兄弟という位置付けで励起されたのだ。<br />
　……更に言うと、この本丸の長曽祢さんは前任者の近侍で恋仲。よその本丸で聞くような「贋作」との罵倒だったり殴り合いのケンカに発展しないだけ良しと言えるくらいだ。</p>
<p>「……ごめんね、主さん」</p>
<p>　浦島くんがしゅんとうなだれている。肩の亀吉までも丸まって尾を下げていた。</p>
<p>「優しいね、君たちは」</p>
<p>　虎徹兄弟の関係は根深いものだ。それを無理にどうこうしようだなんて思っていない。だから私に気を遣うことなんてないのだ。<br />
　話題を切り替えるべく「そういえば」と切り出した。</p>
<p>「買付け、軽装で行ったんだね」</p>
<p>「あ、これ？」</p>
<p>　浦島くんと蜂須賀さんの着物は普段の内番着と違い、政府が刀剣男士用に売り出している長着、軽装だった。それぞれの男士の好みや紋、名前などから連想される意匠を凝らしたもので、政府と本丸間でやり取りされる通貨を払うと入手できるものだ。<br />
　浦島くんは私によく見えるように腕を広げてくれた。深い緑色と亀甲模様が浦島くんらしい着物だ。</p>
<p>「よく似合ってるよ」</p>
<p>「えっへへー、ありがとう！　先代さんが、欲しい男士には贈ってくれたんだ。長曽祢兄ちゃんも持ってるよ」</p>
<p>「へえ、そうだったんだ」</p>
<p>「……おれはもう長いこと着ていないがなあ」</p>
<p>「そうなの？　もったいない」</p>
<p>「機会がないものでな」</p>
<p>　そう言って、長曽祢さんは困ったように自身の顎をさすっていた。それもそうか、引き継ぎだなんだと忙しい日々を近侍として過ごしていれば、私と同じく外出する機会がないのは当たり前だった。</p>
<p>「主さんは持ってないの？　着物」</p>
<p>「へっ、私？」</p>
<p>　浦島くんはぴょんと私の前に座り込み、目を輝かせた。</p>
<p>「いつも洋装だから、たまには和服も見てみたいなーって」</p>
<p>「うーん、持ってないんだ。現代だと和服持ってる人のほうが珍しいくらいだし」</p>
<p>「えーっそうなの？　でも俺、主さんの和服見てみたい！」</p>
<p>「そう言われても」</p>
<p>「長曽祢兄ちゃんだって見たいよね？　主さんの浴衣姿とかさ！」</p>
<p>　いきなりそんなこと言われたって困るんじゃ……と思いながら長曽祢さんを見上げると。<br />
　彼は、ゆるりと口角を持ち上げていた。</p>
<p>「そうだな……見てみたい」</p>
<p>　どくり。</p>
<p>「だよねー！」</p>
<p>　顔に熱が集まる。なんだ、これ。へんな感覚。胸がざわざわして落ち着かない。頭が真っ白で、なにも返事が思い浮かばない。けど、なにか言わなくちゃ、でもなにを、</p>
<p>「その話！」</p>
<p>「聞かせてもらったよっ！」</p>
<p>　ばばん、と効果音がつきそうな勢いで清光くんと乱ちゃんが登場した。そういえばこのふたりは今日の遠征部隊で、さっき長曽祢さんは遠征部隊の帰還を知らせに来てくれたんだった。<br />
　ぽかんとする一同をよそに、ふたりはずずいと私に詰め寄った。</p>
<p>「主ってば普段全然着飾ったりしないじゃん。この際だから俺たちに任せてみない？」</p>
<p>「そうそう！　思いっきり可愛くなっちゃお！」</p>
<p>「え、そ、いや、」</p>
<p>「いいじゃんそれ！」</p>
<p>「浦島くんまで！」</p>
<p>「じゃあさじゃあさ、せっかくだからみんなで花火大会とかしようよ！　今の時代っていろんな手持ち花火があるんでしょ？　それだったら浴衣着る機会になるよね！」</p>
<p>「おおー、浦島ナイスアイデア。採用」</p>
<p>「やったー！」</p>
<p>「いや、でもホラ。私浴衣買いに行く暇とかないし」</p>
<p>「今は通販で何でも買えるでしょ？」</p>
<p>「ヘアメイクはボクに任せて！　ばっちり決めてあげるから！」</p>
<p>　本丸きってのオシャレ番長らによってあれよあれよという間に色んなことが決まっていく。いや、実のところ、みんなで遊ぶことに反対するどころか、すごく楽しそうだと思っている。けど、なんだろう。私なんかが混ざっていいのだろうかとか、浴衣なんて着るの何年ぶりだとか、そもそも私がお洒落に着飾るのとかもいつぶりだとか、</p>
<p>「主」</p>
<p>「はいいっ」</p>
<p>　長曽祢さんの声にビクついてしまい、また顔が赤くなっていく。そんな私を見て長曽祢さんが笑った。</p>
<p>「今回はどうか、おれたちの頼みを聞いてくれないか」</p>
<p>　そんな、ふうに、優しく言われたら。<br />
　私は頷くしかないのだった。</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「……清光くん、乱ちゃん」</p>
<p>「ん？」</p>
<p>「あるじさんどうかした？」</p>
<p>「いや！！　こんな大事になるなんて聞いてないよ！！！！」</p>
<p>　夕刻。本丸より少し離れた、物見櫓周辺にて。そこには本丸の全刀剣男士がワイワイと集まっていた。</p>
<p>　花火大会をする、という触れ込みはあっという間に広まっていた。あるものは張り切って会場の設営をすると言ったり、それなら料理もと厨番が腕をふるい、手持ち花火は予算が許す限りこれでもかと買い込まれていた。<br />
　しかも、仕事があるからと私には手伝わせずに、だ。おかげでこんな大掛かりなことになっているとは露ほど思っていなかった。</p>
<p>「てっきり蹴鞠会の子たち中心に少数かと思ってたのに……」</p>
<p>「んー、最初は俺もそのつもりだったんだけどね」</p>
<p>「いつの間にかこうなっちゃったね」</p>
<p>「そんなにみんな花火したかったのかなあ……」</p>
<p>「それもあるけど、やっぱ主でしょ」</p>
<p>「え？」</p>
<p>「あるじさんが浴衣着るって言ったら、みーんな盛り上がってたんだから！」</p>
<p>「ウソぉ！！」</p>
<p>「あ、主さーん！！」</p>
<p>　浦島くんの声に、さっと清光くんの背中に隠れてしまう。</p>
<p>「なにしてんの主」</p>
<p>「ちょっと待って、心というか感情というかいろいろ整理がつかなくて！」</p>
<p>　清光くんの背中からこっそり向こう側を覗くと、新選組の刀たちと浦島くんがこちらにやって来るのが見えた。彼らもまた軽装のようだ。<br />
　その中には、長曽祢さんもいる。墨を燻したような色の、華美でこそないが洗練された意匠の着物。長曽祢さんらしくて、似合って、いる。<br />
　どくり。<br />
　また、心臓がへんな音を立てている。</p>
<p>「あるじさんっ！　いい加減出てきなって！」</p>
<p>「わ、ちょ、乱ちゃんっ！　まだ心の準備がっ」</p>
<p>　ぐいと腕を引かれてみんなの前に出る。<br />
　私の浴衣は清光くんが見立ててくれたものだった。浅黄色の布地に大柄の朝顔模様が描かれたモダンなデザインで、帯は深い緑色。髪は乱ちゃんが結い上げてお団子にしてくれて、鮮やかな黄色のシュシュで纏められた。ふたりとも着飾るとは言ったが、派手なものを好まない私のことをしっかり考えてくれている。<br />
　私の姿を見たみんなは、わっと声をあげた。</p>
<p>「おお、いいじゃねーか！」</p>
<p>「うん。すごく可愛いよ」</p>
<p>　と、和泉守さんと安定くんが言う。</p>
<p>「よくお似合いです！」</p>
<p>「すっげーかわいい！」</p>
<p>　堀川くん、浦島くんも続いた。</p>
<p>「ほ、ほんとに……？　変じゃない？」</p>
<p>　恐る恐る聞くと、清光くんが吹き出した。</p>
<p>「みんながこう言ってんだから、素直に受け取っときな」</p>
<p>「そ、だね……うん、ありがと」</p>
<p>　照れくさいけど、褒めてもらえるのはやっぱり嬉しい。</p>
<p>「長曽祢さんも、何か言ってあげてよ」</p>
<p>　乱ちゃんが長曽祢さんに近づき背中を押した。そういえば、長曽祢さんはひとことも発していない。も、もしかして変だった……？　とまた視線が下がりがちになっていると。</p>
<p>「……あー、その」</p>
<p>　長曽祢さんは指で頬をかき、</p>
<p>「……驚いた。こんなに……雰囲気が変わるとは」</p>
<p>「ちょっとーっ！　他に言い方ないのー？」</p>
<p>　乱ちゃんが頬を膨らませていると、国広くんと和泉守さんが私の両脇に並ぶ。</p>
<p>「主さん、気にしないでくださいね」</p>
<p>「おう。長曽祢さん照れちまってるだけだからな」</p>
<p>「お前たちっ！」</p>
<p>　長曽祢さんが一喝すると、ふたりはわいわい言いながら逃げてしまった。</p>
<p>「あはは……長曽祢さんがいじられてるの新鮮」</p>
<p>　昔馴染みの気心知れたやり取りを見て、思わず顔が緩んでしまう。</p>
<p>「祭りだからと浮かれすぎだ、全く……」</p>
<p>「でーもー、まんざらじゃないんでしょ？」</p>
<p>「清光っ」</p>
<p>「おーこわ。じゃ、俺は退散しよっかなー」</p>
<p>「僕も。お邪魔しちゃ悪いもんね」</p>
<p>「ボクはいち兄のとこ行くね！」</p>
<p>「俺も蜂須賀兄ちゃんのとこ行ってくる！」</p>
<p>　あっという間にみんながいなくなり、私と長曽祢さんのふたりきりになってしまう。<br />
　……えーっと。どうしよう。</p>
<p>「あー、主」</p>
<p>「なっなに？」</p>
<p>　長曽祢さんは、視線を少し迷わせてから、意を決したように真っ直ぐ私を見た。</p>
<p>「綺麗だ。本当に」</p>
<p>　どくり</p>
<p>「あ、な、長曽祢さんも、すごく似合ってる。格好いい、よ」</p>
<p>「……そうか」</p>
<p>　どくり、どくり</p>
<p>「あんたにそう言われるのは、嬉しいな」</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　どくん</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「……主、長曽祢さん」</p>
<p>　はっとした。</p>
<p>「ん、小夜左文字か」</p>
<p>「これ……兄様たちが配って回ってる。飲み物」</p>
<p>　小夜くんが抱えた桶の中に、ペットボトルのお茶とラムネの瓶がいくつか収まっていた。</p>
<p>「お酒が良かったら、向こうで長谷部さんと宗三兄様が管理してるから、そっちで」</p>
<p>「酒は許可制なのか」</p>
<p>「そうしないと底なしに呑む刀と槍がいるから……」</p>
<p>「はは、それもそうだな」</p>
<p>「あ、ありがとう小夜くん。私はラムネもらおうかな」</p>
<p>「おれもそうしよう」</p>
<p>「あ。あと、そろそろ乾杯の合図に来て欲しいって」</p>
<p>「うん、分かったよ。……行こう、長曽祢さん」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>　設営された会場はすごかった。まさか屋台まで出来ているとは思っておらず、さながら縁日のように賑わっている。私が乾杯の合図をしたあとはみんな思い思いに楽しんでいて、私も粟田口の子に混ざって花火を楽しんだり、陸奥守くんがおもちゃの拳銃で射的の屋台を作ったところにお邪魔したり。燭台切さんが張り切って作ったずんだ餅を食べたり、行き合う刀たちに浴衣姿を褒められてまた赤くなったのを長曽祢さんに笑われたり。まるで現代のお祭りに来たみたいで、楽しくて、懐かしくなった。<br />
　お祭りなんて、それこそいつぶりだろうか。ここで、こんなふうに過ごせる日が来るとは思ってもみなかった。審神者に選ばれた日、そして引き継ぎの打ち合わせをしたあの日、どれを振り返ってもここに繋がる未来は想像もできないだろう。<br />
　でも、繋がった。繋げてくれたのは、言うまでもない。</p>
<p>「……どうした？　主」</p>
<p>「ん、なんでもない」</p>
<p>　――心臓が、へんな音を立てているのには、今日はもう気づかないでいよう。そういうことにしなければ、私の中の何かが大きく大きく変わってしまう気がする。その何かは分からないけど、変えるのは今じゃなくてもいいか、と思ったりした。</p>
<div class="kugiri"></div>
<p>「ああ、楽しかったなあ」</p>
<p>　主とふたりで溜池のほとりに作られた長椅子へ座ると、幸せそうにため息を溢していた。</p>
<p>「まさか屋台まで作られているとは、おれも知らなかったなあ」</p>
<p>「陸奥守くんの射的、面白かったなー！」</p>
<p>「あんたは一発も当てられていなかったがな」</p>
<p>「うっ……そういうのはいいの！　思い出を作ったの私は！」</p>
<p>「はは、そのとおりだな」</p>
<p>　今日は、主の知らなかった表情を沢山見ることが出来た。射的で苦戦し悔しがる顔、かき氷の冷たさにほころぶ顔、短刀たちと共に花火ではしゃぐ顔……どれも、彼女がこの本丸に来て初めて見るものばかりだった。思い出を作ったのは、おれも同じだ。</p>
<p>「やーしかし、ここの夏は夜涼しくていいね。現代にいたころでは考えられないや」</p>
<p>「主の時代では、夜も暑いのか？」</p>
<p>「もうめちゃくちゃに暑いよ。湿気とかもすごいし……本丸とは、大違い」</p>
<p>　そう言って、彼女は視線を彼方に向けた。おれの知らない時代に思いを馳せるように、遠く、遠く。</p>
<p>「でも、懐かしいなあ」</p>
<p>　じり。<br />
　と、なにかが胸を焼いた。</p>
<p>「……主、」</p>
<p>「主さーん！　そろそろ閉幕の挨拶しようって！」</p>
<p>　浦島が手を振ってこちらに走ってくる。</p>
<p>「はーい！　……長曽祢さん、なにか言いかけた？」</p>
<p>「いや、なんでもない。先に行っててくれ」</p>
<p>「そう？　わかった」</p>
<p>　皆が集まる場所へ向かう主の背中を見送っていると、入れ違いに浦島がやって来た。</p>
<p>「いいとこ邪魔しちゃった？　ごめんね」</p>
<p>「邪魔もなにも……おれと主の間には何もない」</p>
<p>「とぼけちゃって！　俺にまで隠さなくたっていいのに」</p>
<p>　浦島は白い歯を見せて笑っていた。しかし、おれはその言葉に何も返すことができない。<br />
　おれと主の間には、何もないからだ。そう、何一つない。あるのは主従という関係だけだ。<br />
　だからこの胸を焼くような感覚はあってはならない。おれが抱えていていいものでは、ない。</p>
<p>「なんのことやら」</p>
<p>　そう言って立ち上がり、浦島に背を向けて歩き出す。<br />
　だが。</p>
<p>「遠慮してるの？　蜂須賀兄ちゃんと……先代さんに」</p>
<p>　その言葉に、足を止めた。止めてしまった。その意味を、敏い弟が分からないはずがなかった。</p>
<p>「俺、みんなのことが好きだよ。長曽祢兄ちゃんも、蜂須賀兄ちゃんも、先代さんも当代さんもみんな。だから、ひとりで抱え込まないでね。……抱え込めるなんて、思わないでね」</p>
<p>　かつての光景が脳裏に呼び起こされる。<br />
　泣き崩れる主。枯れゆく桜。揺れ動くふたつの心が、結びを解いたあの日。<br />
　あの日の痛みをまだ覚えている。だからこそ、この感覚は捨て置かなければいけない。おれはもう、本丸から『主』を失いたくはない。</p>
<p>　止まっていた足を再び動かす。浦島を振り返ることもせず、おれは祭りの残り香にその身を紛れ込ませた。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>引き継ぎ本丸の三日月宗近</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2023 08:12:25 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[引き継ぎ本丸の三日月宗近 　うららかな午後の日差しを受ける縁側。新緑はそよ風を受けてさらさらとなびき、遠くでは小鳥の囀りも聞こえる。なんと穏やかな空気だろう。 　そんな中で私はめちゃくちゃガチガチに緊張しているわけだが。...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e5%bc%95%e3%81%8d%e7%b6%99%e3%81%8e%e6%9c%ac%e4%b8%b8%e3%81%ae%e4%b8%89%e6%97%a5%e6%9c%88%e5%ae%97%e8%bf%91/" title="続きを読む引き継ぎ本丸の三日月宗近">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="tororo-title">引き継ぎ本丸の三日月宗近</div>
<div class="kugiri"></div>
<p>　うららかな午後の日差しを受ける縁側。新緑はそよ風を受けてさらさらとなびき、遠くでは小鳥の囀りも聞こえる。なんと穏やかな空気だろう。</p>
<p>　そんな中で私はめちゃくちゃガチガチに緊張しているわけだが。</p>
<p>　何故かと言うと隣に、あの、麗しくて物静か、荘厳な雰囲気を携える天下五剣が一振り三日月宗近が座っているからに他ならない。<br />
　「共に茶の湯を飲まないか」と誘われたのが三十分ほど前。不意打ちにも程があるタイミングであったが当然断れるわけもなく、導かれるまま彼の私室へと案内され、お茶（なんか高そう）を淹れてもらう事態に。あの天下五剣にお茶汲みを……！？　と思ったので私がやると言ったがやんわりと却下され、ありがたく頂戴することとなった。<br />
　一説によると（さにちゃんによると）、三日月宗近を見ればその本丸がどういった本丸であるかが分かるのだという。良好な雰囲気であれば三日月宗近はまるで本霊のごとき振る舞いを見せるというし、逆にブラック本丸では顕現すらしないとか。顕現したのちブラック化したのであれば刀解したかのようにいつの間にか消えるという。まぁ結局、与太話や噂話でしかないのだが。<br />
　ともあれその三日月宗近が、ふたりきりでと茶の湯に誘ったのだ。身構えるなというほうが無理な話だろう。しかし一向に会話がない。ちらりと隣を盗み見ても美しい横顔が庭に向いているだけなので、私もお茶をちびちびと飲むより他なかった。それももうすぐ底を突きそうだ。その後はどうしよう……などとぐるぐる考えていると、</p>
<p>「時に」</p>
<p>　びくりと肩が跳ねた。咽せそうになるのをなんとか堪え、恐る恐る三日月宗近のほうを見る。</p>
<p>「お主、囲碁はできるか」</p>
<p>　いご。<br />
　あまりにも唐突な言葉だったからか、私の頭は呆けてしまう。ややあって囲碁のことかと理解すると、私から見て三日月宗近より向こう側に碁盤と碁石が用意されていたことに気がついた。<br />
　しかし。</p>
<p>「やったことない……」</p>
<p>「……そうか」</p>
<p>　三日月宗近はそう言うと、お茶を飲んで湯呑みを置いた。</p>
<p>「難しいな」</p>
<p>　湯呑みの中身は、空になっている。</p>
<p>「俺は、俺というだけで――『三日月宗近』というだけで、相手を萎縮させてしまう。故に……うむ、難しい」</p>
<p>　肩透かし。<br />
　とは、まさにこのことだろう。</p>
<p>　つまり、アレだ。<br />
　この神の末席たる天下五剣が一振りは、たかだかちっぽけな人間ひとりとの距離をどう縮めればいいのか、めちゃくちゃに困っているわけだ。</p>
<p>「……ふ、ふふ、」</p>
<p>　なんだ。同じじゃないか。あの時の私と同じ。<br />
　そう考えたら肩の力が完全に抜けた。ひとしきり笑って、そして思い出す。私が困り果ててとろろ蕎麦を頼んだあと、長曽祢さんが笑った理由。あれはこういうことだったんだ。</p>
<p>「他の遊びをしよう。三日月さん、トランプは分かる？」</p>
<p>　三日月さんは瞬きを数回したのち、ああと言った。</p>
<p>「先代に教わったな。短刀たちに混ざって、ババ抜きや七並べなどはやったことがある」</p>
<p>「じゃ絵柄や数字の意味は分かるね。そうしたら――」</p>
<p>　私はにんまりと笑った。</p>
<p>「インディアン・ポーカーで勝負」</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　インディアン・ポーカー。<br />
　山札から一枚取って手札とし、『自分で見ないようにしながら』おでこに掲げ、『相手には見えるように』表に向ける。そして、相手の手札や会話から自分の手札を予想しつつカードを交換するか読み合い、最後に相手より大きい数字だったら勝ちというのがルールだ。なお今回交換できるのは一回までとした。</p>
<p>「成る程。会話による駆け引きを楽しむ遊戯というわけだな」</p>
<p>「さすが三日月さん、話が早いね。出来そう？」</p>
<p>「ああ。初めて聞いたが、遊び方も平易で分かりやすい故、俺も楽しめそうだな」</p>
<p>「よし。じゃあババを抜いてカードをよく切って……五本勝負で、三本先取で勝ちにしようか」</p>
<p>「あいわかった。そうだ、もし数字が同じだった場合はどうする？」</p>
<p>「そのときはスート……絵柄の強さで決めよう。強い順は、スペード、ダイヤ、ハート、クラブね」</p>
<p>「ほう、絵柄にも強さがあったのか。先代はそこまでは知らなかったようだが、お主は随分と詳しいのだな」</p>
<p>「結構好きなんだ、こういうの」</p>
<p>「ははは、これは楽しい駆け引きになりそうだ」</p>
<p>　自室から持ってきたカードをよく切り（その間に新しいお茶が用意されていたのでお礼した）、向かい合って座る私と三日月さんの間に置く。お互い一枚ずつ、手のひらに乗せるようにカードを取って額に当てる。</p>
<p>「では、……いざ！」</p>
<p>　ぱ、とお互いの手札を相手に向けた。</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　出だしは、私にとっては順調だった。そこは曲がりなりにも経験者だからだったが、さすがはあの三日月さん、コツを掴むのが早いし、何より普段の顔つきと喋り方がポーカーフェイスそのものだ。最初の二本こそ私が取ったが、続く二本は三日月さんに取られた。</p>
<p>　つまり、これが最後の勝負。</p>
<p>「どうした？　手が震えているのではないか？」</p>
<p>「……三日月さんこそ」</p>
<p>　お互い、笑みを浮かべている。だが目つきは鋭い。刀など持っていないのに、お互いの喉元にギラリと光る白刃が添えられているような感覚がある。<br />
　三日月さんの手はスペードの四だった。順当に考えればそれを下回る数は三と二しかないため、カードを交換せずとも勝ちの確率は高い。<br />
　だがしかし、だ。<br />
　これまで三日月さんが引いてきたカードは大きい数字ばかりだった。これが天下五剣の持って生まれた運なのかやたらと引きがいい。スートだけならトップであるのがその証拠。それを踏まえると、私のほうが低い数字であることも十分考えられる。<br />
　勝負事には『流れ』というものがある。過去繰り広げられてきた大きな戦も、時の運としか思えないような結果に収まることも少なくはない。機に乗じる、好機が訪れる……といった言葉が存在するように、勝負というのは場の流れを掴んだものが勝つようにできている。と、思う。</p>
<p>「お主、交換はしなくて良いのか？」</p>
<p>「へー交換してほしいの？　ってことは良い数字なんだね？」</p>
<p>「いや、老婆心というやつだ。俺のこれまでの手を考えたら、お主のその手では危ういだろうと思ってな。まぁ俺は老婆ではなくじじいだが。ははは」</p>
<p>　こちらが何で迷っているかがもう読まれている。とすると、やはりかなり低い数字なのか？ヘタすると一番低い二である可能性すら出てきた。それなら交換して……いや、しかし、威圧は三日月さんの得意技である。なんたって国宝なのだ。こんなゲームでほいほい国宝の圧を使わないで欲しいが、ゲームとはいえ勝負は勝負。使えるものは何でも使う。ならこちらも、存分に読み合おうじゃないか。</p>
<p>「三日月さんは交換どうするの？」</p>
<p>「俺はこのままでいいな」</p>
<p>「自信があるね。撤回はできないよ」</p>
<p>「構わんよ。お主が交換しなければ、俺は勝てるからな」</p>
<p>　そう言って、三日月さんは微笑んだ――いや、これは。</p>
<p>「ああ、楽しいなぁ」</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　まるで少年のように笑っている。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「交換は、しない」</p>
<p>　私がそう口にすると、その瞳が一瞬丸くなる。</p>
<p>「良いのか？　俺が勝ってしまうぞ？」</p>
<p>「……いい。大丈夫」</p>
<p>「そうか……では、」</p>
<p>「「勝負」」</p>
<p>　ぱっと、お互いの手札を下ろす。</p>
<p>　私は、スペードのエースだった。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「…………か、ったーーーー！！」</p>
<p>　思わず拳を握り込み、高く突き上げた。</p>
<p>「いや、参った参った。その手ではお主に交換してもらうほかなかったなぁ」</p>
<p>「スペードのエースは最強だもんねえ……もし交換してたら何になってたんだろ」</p>
<p>　山札から一枚めくると、出てきたのはハートの三だった。</p>
<p>「あっっっっぶな！！」</p>
<p>「なんと。惜しかったなぁ……因みにだが、交換しないと決めた理由を聞いてもいいか？」</p>
<p>「それは……」</p>
<p>　思い返されるのは、先程の三日月さんの笑顔。あの表情は、そう、まるで。</p>
<p>「思い切り勝負して、思い切り負けるのが楽しい……そんなふうに見えたから、かな？」</p>
<p>　そう言うと三日月さんは、すっかりいつもの調子で笑った。</p>
<p>「ああ、そのとおりだ。とうに読まれてしまっていたわけだな」</p>
<p>「読み合い、なのかなこれは……ただのカンだよ」</p>
<p>「いいや、立派な読み合いだ。相手の表情や仕草から情報を得て読み解く……やぁ、お主がこの本丸の主たる所以だな」</p>
<p>「んな大袈裟な」</p>
<p>　少し照れくさくなって後ろ頭をかいていると、三日月さんが少しだけ目を細めた。</p>
<p>「俺は至って真面目だぞ。負け越した後というのは焦りが出やすい。そして焦りは隙を生む。そうやって負けた将はいくらでもいるが、お主はそれでも冷静に判断した――しかも、だ」</p>
<p>　す、と三日月さんの手が伸びて、床に置いたままだったスペードのエースを拾い上げた。</p>
<p>「最後に手札となったこの一枚。これを見て、俺は思った。この先どれだけ困難な道を歩もうと、お主が最後に選び取るのは『最良』であるとな」</p>
<p>　三日月さんは、言っている。<br />
　私がこの本丸の主として、みんなを導いていけるのだと。<br />
　そしてその先の未来を、より良いものにできるだろうと。</p>
<p>「……うん。私も、みんなを信じてるよ」</p>
<p>　自信は、まだないけど。それでも三日月さんの言葉には力を感じて、いつもは素直に出てこない肯定が、すっと喉から溢れ出たのだった。</p>
<p>「しかし、この遊戯は奥深くて面白い。今度は他のものとも戦ってみたいな」</p>
<p>「複数人でやるともっと面白いよ。誰々は嘘をついてるーついてないーで議論も盛り上がるし」</p>
<p>「それは面白そうだ。では手始めに三条や鶴丸に教えてみるかな。鶴丸はさぞ喜ぶだろう」</p>
<p>「あー好きそうだよね」</p>
<p>　そして石切丸さんがカモられそう……なんて思ったけど黙っておこう。<br />
　あ、そうだ。</p>
<p>「ねえ、三日月さん」</p>
<p>「なんだ？」</p>
<p>「私、今度は囲碁やってみたい」</p>
<p>　三日月さんは、ふわりと微笑んだ。</p>
<p>「――ああ。その時は喜んで教えよう」</p>
<p>　やや傾いた午後の日差しを受ける縁側。新緑は光を透かしながら煌めき、遠くでは帰路に着くであろう鳥の鳴き声がする。そんな穏やかな空気の中を、私たちふたりは肩の力を抜いて笑っていた。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>引き継ぎ本丸のへし切長谷部</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e5%bc%95%e3%81%8d%e7%b6%99%e3%81%8e%e6%9c%ac%e4%b8%b8%e3%81%ae%e3%81%b8%e3%81%97%e5%88%87%e9%95%b7%e8%b0%b7%e9%83%a8/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2023 08:11:30 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[引き継ぎ本丸のへし切長谷部 　俺は皆のように『先代』『当代』とは呼べなかった。 　俺にとっての主は顕現してくれたあの方で、今の彼女のことを主とは、言えない。無論、頭では分かっている。審神者を辞めなければ主は死んでしまう。...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e5%bc%95%e3%81%8d%e7%b6%99%e3%81%8e%e6%9c%ac%e4%b8%b8%e3%81%ae%e3%81%b8%e3%81%97%e5%88%87%e9%95%b7%e8%b0%b7%e9%83%a8/" title="続きを読む引き継ぎ本丸のへし切長谷部">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="tororo-title">引き継ぎ本丸のへし切長谷部</div>
<div class="kugiri"></div>
<p>　俺は皆のように『先代』『当代』とは呼べなかった。<br />
　俺にとっての主は顕現してくれたあの方で、今の彼女のことを主とは、言えない。無論、頭では分かっている。審神者を辞めなければ主は死んでしまう。その主が守った本丸を支えるためには、あの彼女を手助けする必要があると。<br />
　だが、だが。<br />
　本丸の下足置きから主の靴が消え、代わりに彼女のものが入るようになった。皆の口から主の話が減っていった。主の間に明かりが灯ることがなくなった。声が、足音が、気配が。この本丸から徐々に失われていくのが堪らなく恐ろしかった。</p>
<p>「長谷部、本丸をお願いします」</p>
<p>　最後に主が言っていた。この耳はまだそれを覚えている。その時どんな顔をしていたのかも、ありありと思い出せる。いや、思い出にはできない。したくない。俺にとっての主は、あの人だ。花が綻ぶように笑い、凛とした声で皆の先導に立ってくれた、あの人だけだ。</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「長谷部さん」</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　深夜も一時を過ぎた頃。寝苦しさを覚えた俺は水でも飲もうと厨を訪れたのだが。</p>
<p>「……何を、していらっしゃるので？」</p>
<p>　彼女は顔を引き攣らせ、持っていた袋麺を隠すように両手で包む。</p>
<p>「あー……ほんとごめん、燭台切さんには黙っててくれる？」</p>
<p>「いえ……」</p>
<p>　俺は厨番ではないし近侍でもない。そも、主だと呼んだことはない。だから彼女が今しようとしていることに対して咎める立場にない。<br />
　端的に言うと、どうしたらいいのか分からないのだ。<br />
　今まで意識的に避けていた。彼女もそれを察していて、必要以上に会話しないようにしていた。だからこそ、こうしてバッタリ出会ってしまい心底戸惑っている。<br />
　今なら見なかったふりをして踵を返すことも出来る。そう思い俺は一歩後ずさって、</p>
<p>「あっ長谷部さんにも分けてあげよう」</p>
<p>「は？」</p>
<p>「そしたら共犯だもんねえ」</p>
<p>　すると彼女は今までの表情から一変、急ににこやかに笑って袋麺を開けた。片手鍋を取り出して水を入れ、コンロに火を入れる。</p>
<p>「……あの、俺は」</p>
<p>「いらない？　それとも塩ラーメン嫌いかな。……ってこれ長曽祢さんの聞き方が移ってるなあ」<br />
　<br />
「……何故、ですか」</p>
<p>　片手鍋の水が、ふつふつと煮え始める。</p>
<p>「何故あなたを主と呼ばない俺にそうまでしてくれるのですか」</p>
<p>　沸騰した水に、彼女は静かに麺を入れた。</p>
<p>「聞けると思ったから」</p>
<p>「何を――」</p>
<p>「主のこと」</p>
<p>　彼女は菜箸で麺をほぐし始める。</p>
<p>「みんなは私に気を遣って、あんまり話さないようにしてくれてるんだよね。けど、私は知らなきゃいけないと思うから。この本丸と主が、どうやって、どんな道のりを歩いてきたかをさ。歴史を守るのに、身近な歴史も知らないでいるのはなんか、イヤじゃない」</p>
<p>　すっかりほぐれた麺を一煮立ちさせると、やがて彼女は火を止めた。</p>
<p>「それを聞けるのは、長谷部さんしかいないかなって」</p>
<p>　徐にザルを取り出すと、麺をそこに空けて流水に晒した。その間に器を二人分用意し、スープを開けて水で溶く。冷えた麺を器に入れ、調味料棚から胡麻を、冷蔵庫に備蓄している薬味から葱を添えると、彼女は俺に差し出した。</p>
<p>「これ、冷やして食べても美味しいんだよ」</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　主は。<br />
　こんな時間に夜食など食べなかった。和食が好きで、でも料理は不得手で厨に立つことはなかった。<br />
　主は。<br />
　彼女は、確かにここにいた。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「――先代は」</p>
<p>　俺は、冷えた器を受け取った。</p>
<p>「真っ直ぐで、ひたむきで、――心優しい方、でした」</p>
<p>　彼女は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに頬を緩ませた。</p>
<p>「そっか」</p>
<p>「ええ」</p>
<p>　おそらくこの本丸を引き継いでもらって初めて、心から笑むことが出来た気がした。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>引き継ぎ本丸の浦島虎徹</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e5%bc%95%e3%81%8d%e7%b6%99%e3%81%8e%e6%9c%ac%e4%b8%b8%e3%81%ae%e6%b5%a6%e5%b3%b6%e8%99%8e%e5%be%b9/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2023 08:10:44 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[引き継ぎ本丸の浦島虎徹 　主さんが変わる。 　そう聞いたとき、俺は泣かなかった。そりゃ、すっごく悲しくて辛くて、出来ることならもっと一緒にいたかったけど、それ以上に、大好きな主さんが苦しい思いをしなくてすむ、命が助かるっ...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e5%bc%95%e3%81%8d%e7%b6%99%e3%81%8e%e6%9c%ac%e4%b8%b8%e3%81%ae%e6%b5%a6%e5%b3%b6%e8%99%8e%e5%be%b9/" title="続きを読む引き継ぎ本丸の浦島虎徹">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="tororo-title">引き継ぎ本丸の浦島虎徹</div>
<div class="kugiri"></div>
<p>　主さんが変わる。<br />
　そう聞いたとき、俺は泣かなかった。そりゃ、すっごく悲しくて辛くて、出来ることならもっと一緒にいたかったけど、それ以上に、大好きな主さんが苦しい思いをしなくてすむ、命が助かるっていう安心のほうが勝ってた。あんなに優しくて凛々しい主さんが、血を吐くみたいに泣く姿を見るのは、もう、いやだったから。<br />
　だから、みんなにも言ったんだ。「俺たちのことを大事にしてくれた主さんのためにも、主さんが残してくれた本丸をみんなで守ろう。そのために、引き継いでくれる人をあったかく迎えよう」って。<br />
　「そのとおりだ」って、最初に言ったのは蜂須賀兄ちゃんだった。その次に、長曽祢兄ちゃん。そうしたら新選組のみんなが同意してくれて、そこから、水面に波紋が広がるみたいにみんなが意見を揃えてくれた。<br />
　嬉しかった。反対されるかもって気持ちもなかったわけじゃないからさ。でもみんながそうやって前向きになってくれたこと、主さんの思いを新しい形で継ぐことを受け入れてくれたのが、俺は本当に嬉しかったんだ。<br />
　そうしたら、俺の中に「早く新しい主さんに会いたい」って気持ちが生まれた。さっきまでは悲しい、辛いって気持ちのほうが強かったのに。感情って、不思議だ。俺は人の体を持ってからそう経っているわけじゃないけど、多分、心っていうのは海に似てる気がする。凪いでいたり荒波だったり、潜ったらすごくすごく深くて、あったかかったり冷たかったりする。<br />
　新しい主さんは、どんな海を持ってるのかな。そう考えたらどんどん気持ちが膨らんで、引き継ぎの日が待ち遠しいなと思った。</p>
<p>　大広間で初めて見た新しい主さん……ううん、主さんは、見ていて可哀想なくらい緊張してた。声は震えてるし体はがちがちだし、ちょっとだけ大丈夫かなって思ったりもした。でも、側に控えていた長曽祢兄ちゃんの顔を見たら「あ、この人なら大丈夫なんだ」って思った。主さんを見ている長曽祢兄ちゃんは、今まで見たことないくらい柔らかい表情をしてたから。</p>
<p>「いいなぁ。楽しそう」<br />
　偶然、本当に偶然だった。転がっていった鞠を追いかけてたら、主さんがそんなふうに言った。優しくて、あったかい横顔。まるで春の海みたい。だから、誘いの言葉が出たのも俺にとっては自然なことだった。<br />
　で、思ったとおり、主さんは優しかった。先代さんも優しかったけど、うーん、種類が違うっていうのかな。俺は難しい言葉はわからないから上手く言えないけど、とにかく、俺はこの主さんについていくぞっていう気持ちになったのは確か。<br />
　それだけ分かれば、十分だよね！</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「主さーん、亀吉知らな……あ、やっぱここにいた」</p>
<p>　主さんが執務室代わりにしている客間を覗くと、主さんの横で丸まっている亀吉を発見。最近の亀吉は、俺から離れることがあると大抵ここにいる。</p>
<p>「浦島くん。亀吉くんなら気持ち良さそうに寝てるよ」</p>
<p>　亀吉を起こさないようにしてか、ちょっとだけ声を控えめに言う主さん。寝入った亀吉はちょっとやそっとじゃ起きないけど、そんな心遣いが嬉しいから俺も主さんのそばに寄った。</p>
<p>「亀吉は主さんのところが居心地いいんだね」</p>
<p>「……そうなのかなあ」</p>
<p>　なんて言いながら、主さんはちょっとだけ困ったように笑っていた。<br />
　主さんは、あんまり自分に自信がない人みたいだった。最初のうちは引き継ぎ先の俺たちに遠慮してくれてるのかなーって思ってたけど、会話してくうちにそれは主さんの元からの性格だってことが分かってきた。そういう控えめな性格だから、政府は引き継ぎ本丸っていう難しい場所に主さんを送ったのかもしれない。<br />
　でも。俺は主さんにもっと自信を持ってほしい。だってこんなに素敵な人なんだから、胸を張っていたらもっと素敵になると思うんだ。</p>
<p>「俺も主さんのところはすっごく落ち着くよ」</p>
<p>「そう……？」</p>
<p>「うん！　だからさ、これからはちょくちょく来てもいい？　仕事の邪魔はしないから！」</p>
<p>　主さんはうーんと唸っている。<br />
　俺には分かる。それは否定の意味じゃなくて、自分が本当に落ち着くのか考えてるってこと。<br />
　そして。</p>
<p>「……休憩時間ならいいよ」</p>
<p>「やったー！　ありがとう主さん！」</p>
<p>　思わず両手を上げて喜ぶと、やっぱり主さんは困った顔をしていた。でも口元はほころんでいて、それがすっごく可愛かったから、俺はもっと主さんに笑って欲しいなって強く思った。</p>
<p>「主。そろそろ休憩に――浦島もいたのか」</p>
<p>「あっ長曽祢兄ちゃん！」</p>
<p>　近侍をしている長曽祢兄ちゃんがお盆を持って入ってきた。きっと燭台切さんの八つ時のお菓子だろうと思い、跳ねるようにして長曽祢兄ちゃんのそばに寄る。</p>
<p>「おおーっ、くず餅！」</p>
<p>「こら危ないだろう。お前の分は厨にある」</p>
<p>「まぁまぁ。わざわざありがとう、長曽祢さん」</p>
<p>「構わん。それに、放っておくとあんたは仕事に没頭するからなあ」</p>
<p>「いやーははは……」</p>
<p>「笑いごとじゃないぞ、全く……」</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　あ、と思った。<br />
　長曽祢兄ちゃんが、すっごく優しい顔してる。あの大広間で主さんを見てたときと、おんなじ顔。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「ねえっ、俺もここで一緒に食べていい？」</p>
<p>　ふたりはきょとんとした顔をしていたけど、すぐに主さんがにこやかに「いいよ」と言った。</p>
<p>「やった！　俺、すぐ取ってくるから待ってて！」</p>
<p>　後ろで長曽祢兄ちゃんが「廊下を走るな」なんて言ってるのが聞こえたけど、こんな嬉しい気持ちでいるのにじっとなんかしてられないよ！</p>
<p>　ねえ、先代さん。先代さんは、今どうしてるかな。まだ辛くて悲しい気持ちでいるのかな。優しいあなたのことだから、きっとそうかもしれないね。でも、今度会うとき俺が元気付けてあげられるように、俺はここで笑ってるね。<br />
　あなたが残したこの本丸を、大事に受け取ってくれたひとと一緒に。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　次の日から、主さんの休憩時間に長曽祢兄ちゃんが持ってくるお菓子が三つになったんだ。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>桔梗の二十二日</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/635-2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2023 08:10:04 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[桔梗の二十二日 　私が教えたドッジボールは短刀と新選組仲間を中心として瞬く間に広まり、時に混ざったり、男士同士の試合を観戦したりして、この本丸における日常の一部になるのにそう時間はかからなかった。聞くところによると前任の...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/635-2/" title="続きを読む桔梗の二十二日">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="tororo-title">桔梗の二十二日</div>
<div class="kugiri"></div>
<p>　私が教えたドッジボールは短刀と新選組仲間を中心として瞬く間に広まり、時に混ざったり、男士同士の試合を観戦したりして、この本丸における日常の一部になるのにそう時間はかからなかった。聞くところによると前任の審神者は体が弱く病気がちで、一緒に遊ぶといえば室内遊びだったのだという。なるほど、だから浦島くんは体が丈夫かどうかを尋ねたのかと合点がいった。<br />
　そんな日常を過ごすうち、みんなとも徐々に打ち解けていった。食卓を囲めば必ず誰かが話しかけてくれるし、執務室には間を置かずして来訪がある。お菓子の差し入れだったり、遊びの誘いだったり。休憩と称してサボりにくるものもいて、それを咎めに来た兄弟刀が探しに来たりと、騒がしくも楽しい日々を過ごしていた。<br />
　そうしているうちに『主』というものが自然に呼び分けられるようになった。混同を避けるためだ。刀だった頃の持ち主が前の主、前任者のことは先代、そして私のことが主または当代だ。「先代当代って、なんかやくざみたいだね」と厨の手伝いをしていたとき燭台切さんに言ってみたら、「それなら君のことはお嬢って呼ばなきゃかな」なんて冗談が返ってきたので、つまりみんなとはそういう間柄になれた、ということである。<br />
　審神者の仕事にも慣れて、事務的な仕事や日課、遠征や出陣なども滞りなく終えられるようになった。相変わらず資材の消費ペースを指摘されはするが、それはそっちが寄越す予算が少ないからだろうと意見できるくらいには心の余裕も出てきた。それを聞いていた長曽祢さんは苦笑いしていたが気にしない。</p>
<p>　やがて、季節は私が就任した春から初夏へと移り変わっていた。</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「……蒸し暑い」</p>
<p>　ついに根負けし、机に倒れかかった。しかしそこにあるのは排熱を続ける通信端末であり、冷たい天板ではない。じわりとした熱気が頬を伝うので結局また顔をあげる羽目になる。<br />
　涼しい風を呼び込むため開け放った障子戸の向こうは、昨日から続く雨ですっかり濡れて、風は梅雨独特の湿気を運んでくるばかりだった。</p>
<p>「暑いならば、先代の部屋に移動すればいいだろうに。あちらは客間と違い空調機がある」</p>
<p>　そう告げたのは相変わらず近侍を勤めてくれている長曽祢さん。彼も少し暑そうで、額にうっすらと汗が滲んでいるのが見て取れる。それでも私が言い出すまでそばにいてくれるのだから、優しいというか真面目というか。</p>
<p>「それはそうなんだけどさー……」</p>
<p>　確かに彼の言うことは尤もで、執務室を客間じゃなく先代の部屋に移したほうが話は早い。今ならみんなも気兼ねなく使っていいよと言ってくれるだろうとは、思う。<br />
　思うけど、私の方がダメなのだ。この本丸の主になると心を決めてはいるものの、結局のところ私はただの引き継ぎだ。そこの線引きはきちんと定めておかなければいけない。それが私にできる、この本丸を設立した先代への敬意なのだから。</p>
<p>「主」</p>
<p>「なにー」</p>
<p>「散歩に行かないか」</p>
<p>　突然の提案に、私は体を起こした。</p>
<p>「えっ、雨だよ？」</p>
<p>「しかし部屋に篭りきりでは気も滅入るだろう」</p>
<p>「まぁ確かに」</p>
<p>「それに……」</p>
<p>　見せたい場所があるんだ、と、長曽祢さんはどこか懐かしそうに言った。</p>
<div style="height:80px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　しとしと、雨が降っている。<br />
　私たちは本丸から少し離れた、物見櫓まで歩くことになった。天守のない本丸であるため有事の際はそこへ集まることになっているのもあり、ちょっとした運動場くらいの広さがある区画だ。しかし平時は水堀や溜池が一望でき、それらを囲む木々や草花が季節とともに色を変える様子がうかがえる。この本丸随一の名所だ、と言っていたのは風雅を愛する歌仙兼定さんだったか。<br />
　本丸の縄張を囲う水堀に沿って、並木道を歩く。水辺だからか吹く風が涼しくて、これは部屋にいるよりずっと心地いい。ぱたぱたと雨粒が葉っぱを打つ音や、遠くで雨蛙が鳴く声を聞いていると胸がすくような気持ちになった。<br />
　そんなふうに景色や空気を感じながら長曽祢さんの背中を追っていると、不意に彼が足を止めた。</p>
<p>「ここだ」</p>
<p>　傘を少し傾げると、そこにあったのは一本の枯れ木だった。しかし、かなり大きい。幹は短刀が数人隠れられるほど太く、枝はいくつも分かれてしな垂れるほどある。ひと目見て、なんて立派な木なのだろうと感嘆した。</p>
<p>「これは……桜？」</p>
<p>「ああ。皆は千年桜と呼んでいる」</p>
<p>　本当に千年の樹齢があるかは調べていないがなと長曽祢さんは冗談めかしていたが、そう言われても納得するほど立派な枝ぶりだ。本来なら青々とした葉を広げる季節だろうに、枯れているのが勿体ないとさえ思う。</p>
<p>「本丸を設立する際、この桜を起点としたらしい。おれはそのときまだ顕現していなかったが、樹齢からして相当な霊力を宿していたようだからな。本丸の守りとしたのだろう」</p>
<p>「でも、枯れちゃったの？」</p>
<p>「……先代が、この本丸を維持できなくなったからだ」</p>
<p>　それは。<br />
　私が今まで聞きたくても聞けなかった話。</p>
<p>「元々体が弱かったためだろう。ある時期から先代の霊力が低下し、それに伴い千年桜も少しずつ弱っていってな。こんのすけ曰く、『本丸と審神者の結びつきが弱まったからだ』と。やがて先代の霊力は本丸を維持するどころか、命さえ危ぶまれるほどになった。このままでは確実に死に至る――おれたちが執れる選択肢は、一つきりだった」</p>
<p>　ずっと、不思議だった。<br />
　あんなに責任感の強い先代が、どうして本丸を去ってしまったのか。こんなに先代を慕っているみんなが、どうして私を受け入れてくれたのか。<br />
　この本丸は、私が想像していたよりも、ずっとずっと強い思いで結ばれている。</p>
<p>「だが」</p>
<p>　凛とした声。自然に下がっていた傘を持ち上げると、長曽祢さんはあの柔らかい微笑みを携えて私を見ている。</p>
<p>「おれは、この桜が再び咲く日は近いと思っている」</p>
<p>　それは、つまり。<br />
　私がこの本丸の『主』になれると。<br />
　彼は疑う余地もなくそう言っている。</p>
<p>「……咲く、かなぁ」</p>
<p>　私にはまだ、自信がない。先代と彼らの強い思いを引き継ぐだけの器が、自分にあるのかどうかが。<br />
　もちろん引き継ぎたいという思いはある。けれど、思いだけではどうにもならない。なぜならここは戦場で、私は彼らの魂を預かる立場にあるからだ。先代はそれこそ命をかけて彼らを守った。私に、それができるのだろうか。<br />
　だけど。</p>
<p>「主なら大丈夫だ」</p>
<p>　長曽祢さんの言葉を聞いていると、そんな私でも『できる』気がした。</p>
<p>「おれは初めて会った時からそう思っていたぞ」</p>
<p>　は、と目を見張った。</p>
<p>「初めて、って……あの蕎麦屋の！？」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>「いやどのタイミング！？　あの時の私、恥ずかしいことしかしてなくない！？」</p>
<p>「あんたがとろろ蕎麦を頼んだあたりだな」</p>
<p>「いやいやいや、よりによってそこ！？　なんで！？」</p>
<p>　慌てふためく私をよそに、長曽祢さんはさらりとこう言った。</p>
<p>「あの時、主は『先のことを考えて』安いものを注文しただろう？」</p>
<p>　すとん、と。<br />
　その言葉は私の中に入り込んだ。</p>
<p>　そうか。そうだった。私はあの時、逃げ出すことなんか全く考えていなかった。直前までは頭によぎったこともあったが、職員が出て行ったあとは『これから先』をどうするか、そればかり考えていた。<br />
　引き継ぎだとは言っても、実のところ強制ではない。審神者が合わないと感じたのなら申請すればその意思は尊重される。流石に直ぐとはいかないが、辞めるという選択肢がないわけではなかったのだ。<br />
　ああ、そういうことか。<br />
　私はもうあのときから、本丸の一部になることを望んでいたのだ。</p>
<p>「……ありがとう、長曽祢さん」</p>
<p>「礼を言われるようなことはしていないさ」</p>
<p>「でも、長曽祢さんのお陰で気づけたんだよ。きっかけを教えてくれて、ありがとう」</p>
<p>「それは何より、だ」</p>
<p>　雨はまだ止みそうにない。桜だって、枯れたまま。けれど、今の私には、いずれも寂しい風景には見えることはなかった。</p>
<p>「そろそろ体も冷えてくるだろう。本丸に戻るか」</p>
<p>「うん」</p>
<p>　帰り道、行きとは違って私は長曽祢さんの隣に並んでゆっくりと歩いていった。</p>
<div class="kugiri"></div>
<p>　<br />
　ずっと、伝えたかった。<br />
　言葉より行動というのはおれの信条であるが、時として言葉を優先しなければならない場合は確かにある。それは先代が、おれに身をもって教えてくれたことでもあった。<br />
　伝えたいことが伝わる。そしてそれが返ってくる。身体を得て、感情というものを得て、それらの心地よさには幾度となく救われた。<br />
　当代の主にも、そうあってほしい。<br />
　彼女がまだ先代のことを気にかけてくれているのは理解している。主の間を使わないのが何よりの証だ。だからこそ、少しずつでもいい、行動と言葉を以て『彼女にとっての居場所』を作り上げていけたらいいと、そう考えた。</p>
<p>　本丸に戻ると、主には先に戻るよう伝え、おれは玄関口で二人分の傘から雫を落とす。すると、離れていく主と行き違いに別の足音が近づいてくるのに気がついた。聞き馴染みのある音だと思いながら、雫を落とした傘を傘立てに仕舞う頃、やってきたのは思った通り蜂須賀虎徹であった。</p>
<p>「……散歩か？　この雨に」</p>
<p>　その表情は固く、視線は鋭い。おそらく主とすれ違ったのだろう。</p>
<p>「気晴らしだ。長居はしていない」</p>
<p>「あそこへ連れて行ったのか」</p>
<p>　蜂須賀の表情が一層険しくなる。その口調は咎めるようでもあった。<br />
　あそこへ主を連れて行くことの意味。それはこの本丸の誰よりも、蜂須賀虎徹が一番理解している。</p>
<p>「全て話したのか？」</p>
<p>「いや。先代の霊力が下がったが故に、というところからだ。それ以上のことは、おれの一存ではまだ話せない」</p>
<p>「そう、か……なあ。やはり俺が話すべきじゃないのか？　俺には初期刀としての責任もある。大体、そもそもの発端は――！」</p>
<p>「蜂須賀」</p>
<p>　びくり、と蜂須賀の肩が跳ねる。</p>
<p>「蜂須賀には十分背負ってもらった。だから、ここから先はおれに任せてくれないか」</p>
<p>　蜂須賀は何か言いたげに視線を彷徨わせたが、やがて下唇を噛むように俯いた。</p>
<p>「……俺は」</p>
<p>「うん」</p>
<p>「お前、に……損を、押し付けているな」</p>
<p>　その言葉を、どれほどの思いで紡いだのか。<br />
　虎徹の真作という高い矜持を持ち、贋作を忌み嫌う蜂須賀虎徹という刀。その刀が、おれにこう言っているのだ。<br />
　『すまない』と。</p>
<p>「おれは一度も損だと思ったことはない」</p>
<p>　できる限りの優しい声でそう告げると、玄関を上がって蜂須賀に背を向けて歩き出す。これ以上、蜂須賀虎徹が長曽祢虎徹に心を砕いてもらうわけにはいかなかった。<br />
　それに、と思う。<br />
　脳裏にあの彼女の姿を思い描いた。別れ際に見せた「ありがとう」の笑顔。その笑顔を守れるならば、これが仮に損だとしても安すぎる。</p>
<p>「おれのなかで、あんたは息づいてるんだよ」</p>
<p>　独り言は、強まる雨音に掻き消えて溶け出していった。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>小手毬の十八日</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e5%b0%8f%e6%89%8b%e6%af%ac%e3%81%ae%e5%8d%81%e5%85%ab%e6%97%a5/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2023 08:09:18 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[小手毬の十八日 　前職は、大きくも小さくもない企業の事務員だった。慢性的に人手不足な職場だったため、「これ事務がやることか？」みたいな仕事も振られることが多々あり、おかげで大抵のことは一人で出来るようになってしまった。そ...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e5%b0%8f%e6%89%8b%e6%af%ac%e3%81%ae%e5%8d%81%e5%85%ab%e6%97%a5/" title="続きを読む小手毬の十八日">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="tororo-title">小手毬の十八日</div>
<div class="kugiri"></div>
<p>　前職は、大きくも小さくもない企業の事務員だった。慢性的に人手不足な職場だったため、「これ事務がやることか？」みたいな仕事も振られることが多々あり、おかげで大抵のことは一人で出来るようになってしまった。そのためか、この本丸を引き継いでからおよそ二週間、審神者の仕事自体は難なくこなせている。</p>
<p>「スタートダッシュとしては悪くないと思います」</p>
<p>　政府派遣の管狐、こんのすけは私がまとめた資料から顔を上げて淡々と告げる。</p>
<p>「資材の消費ペースがやや気になりますね。もう少し余裕が持てるようにしましょう。ほかは申し分ありませんので」</p>
<p>「はーい、分かりました」</p>
<p>「では」</p>
<p>　資料を咥えたこんのすけが空中で一回転すると、煙のように消えた。管狐というのは便利なものだ。その分事務的でとっつきにくいけれど。<br />
　一連の報告を終えて、私はぱたりと畳に体を横たえた。審神者の仕事は難なくこなせている。そう、仕事自体は。<br />
　心はそうもいかない。いや別に、以前の政府職員とのいざこざを引きずっているわけではない。むしろあの職員は翌日朝イチで丁寧な謝罪のメールと、更に電話まで寄越してくれた。私のほうも本丸やみんなの様子を見てどれだけこの職員が心を砕いていたかを知ったところだったので、やる気なさそうな態度を取ってしまったことをお詫びした。よってこの件は落ち着いている。<br />
　では何が、というと、本丸のみんなとの距離である。初日の夜に長曽祢さんが言っていたとおりみんなは表向き快く迎え入れてくれたが、まだぎこちなさというか、緊張感のようなものを感じる。それが新しい主に対する警戒心なのか、歩み寄るための二の足を踏んでいるのかは分からない。私自身もみんなに対して遠慮している自覚があるので、どうすればみんなともっと近づけるのか考えあぐねていた。<br />
　仕事に支障があるでもないから、と囁く自分もいる。けれど、これからも一緒に暮らすのに居心地が悪いままでは彼らもしんどいだろうと叫ぶ自分もいて。まとまらない考えはぐるぐる渦を巻いて、自分のなかに留まるばかりだった。</p>
<p>　と、そのとき。庭から物音がした。</p>
<p>　てん、てん、と何かが跳ねるような音。不思議に思い庭に続く障子戸を開くと、一つのボール……ではなく、鞠が転がっていた。一体どこから？　と庭に降りて鞠を拾うと誰かの足音が近づいてきた。</p>
<p>「あっれー……確かこの辺に……あれ？　新しい主さん？」</p>
<p>　やってきたのは、オレンジ色の髪に若草のような瞳を持った男の子。</p>
<p>「君は……浦島虎徹くん？」</p>
<p>「そーそー！　長曽祢兄ちゃんがお世話になってまーす！」</p>
<p>　びしっと手を上げて元気に挨拶するものなので、つられて私も笑顔になった。<br />
　浦島くんと話をするのは初めてだったが、長曽祢さんから少しだけ聞いている。いつも元気いっぱいで、誰とでも仲良くなれる人懐っこい子だと。「贋作が真作の兄という立場で、難儀している」そう言った長曽祢さんの表情から、彼がどれだけ弟たちを思っているかがうかがえた。</p>
<p>「探してたのはこれ？」</p>
<p>　そんな言葉を思い出しながら鞠を渡すと、浦島くんはあっと声をあげた。</p>
<p>「それそれ！　ありがとう！　そっか、ここ新しい主さんの部屋になったんだっけ。ごめん、向こうの庭でみんなと遊んでたんだ。うるさくなかった？」</p>
<p>「ううん。戸を閉めてたから気にならなかったよ。……みんなって？」</p>
<p>「粟田口の短刀の子たち！　あと今剣も。みんなで蹴鞠してたんだー」</p>
<p>　なるほど、それで鞠が飛んできたというわけか。</p>
<p>「いいなあ。楽しそう」</p>
<p>　みんながいるであろう庭のほうを見てぽろりと零すと、</p>
<p>「主さんもやる？」</p>
<p>「えっ」</p>
<p>　予想外、だった。遊びに誘われるなんて。<br />
　私はまだみんなと打ち解けていないのに。</p>
<p>「あ、運動するの苦手？　体が丈夫じゃないとか」</p>
<p>「そんなことはない、けど」</p>
<p>　あれ、なんか既視感があるぞこのやり取り。</p>
<p>「じゃあやろうよ！　こっちこっち！」</p>
<p>「わ、！」</p>
<p>　浦島くんに手を引かれ、少し離れたところにある広めの庭へ。そこにいたのは四振りの短刀の子たち。ええっと、今剣くん、秋田くん、五虎退くん、厚くん、だ。<br />
　何やら話し込んでいたみんなだったが、浦島くんがおーいと声をかけると一斉にこちらを向く。</p>
<p>「おー遅かったな……って、」</p>
<p>　私の姿を見た厚くんがぎょっとしている。そりゃ、そうだ。今まで挨拶くらいしかしていなくて、まともに会話したことなんてないんだから。他の子たちも怪訝そうな顔をしていて、五虎退くんなんかはなぜか泣きそうになっている。<br />
　やっぱ私がいてもお邪魔なのでは……と思いかけたが、すぐに打ち消した。せっかく浦島くんが作ってくれた機会なのに、無駄になんかできない。</p>
<p>「私、蹴鞠ってやったことなくてさ。良かったら教えてくれる？」</p>
<p>　短刀の子たちはそれぞれ顔を見合わせた。<br />
　そして、</p>
<p>「いいですよ！」</p>
<p>　そう口火を切ったのは、今剣くんだった。</p>
<p>「でも、あるじさまとはいえ、てかげんはしませんからね！」</p>
<p>「えっ勝敗あるのこれ」</p>
<p>「一応、あります……すみません」</p>
<p>「あるんだ……」</p>
<p>「んな難しいことじゃねーって！　鞠を蹴って、落とさないように次の奴に回せばいいんだよ」</p>
<p>「じゃあ、落とした人が負けってこと？」</p>
<p>「そういうことになりますね。主君、がんばりましょう！」</p>
<p>「よーっし！　じゃあ始めるぞ！」</p>
<p>　浦島くんの掛け声とともに、みんなが円形に散らばった。慌てて私も円に入り浦島くんと五虎退くんの間におさまる。<br />
　浦島くんが鞠を足の甲に乗せると、そのままぽん、ぽん、と蹴り上げた。そうやって蹴るのか、と様子を見ていると、浦島くんがニッと笑いかけた。</p>
<p>「次、主さん！」</p>
<p>「う、お、わ！」</p>
<p>　一層高く跳ね上がった鞠。落とさないように足を踏み出すとなんとか蹴り上がった。</p>
<p>「大将、やるじゃねーか！」</p>
<p>　受け取った厚くんが豪快に笑い、余裕そうに鞠を蹴る。</p>
<p>「よっ、と！　主君、もう一度ですよ！」</p>
<p>　秋田くんが一層高く蹴り上げた。これは着地点が難しいな！？</p>
<p>「わーっ高い！　……っとお！」</p>
<p>「なかなかやりますね！　とうっ！」</p>
<p>　今剣くん、一本下駄でどうやってあんなにきれいに蹴れるんだ……？</p>
<p>「わわっ、……はいっ！！」</p>
<p>　五虎退くんも、おどおどはしているけどしっかり狙いを付けられている。<br />
　みんなを見ていたら、私も負けないぞという気持ちが湧いてきた。</p>
<p>「よし！　次、浦島くん！」</p>
<p>「とりゃー！」</p>
<p>　元気な掛け声と一緒に鞠が跳ねる。それをまた次の子が、また次の子が……と、蹴鞠はどんどん続いていく。それを見ていたら、私が最初に抱いていたモヤモヤなんかどこかへ吹き飛んでしまっていた。<br />
　楽しい。<br />
　この本丸に来て初めて思った。<br />
　難しく、考えすぎていたんだろうな。きっと最初の一歩はなんでもよくて、不恰好でもみっともなくても、足を踏み出しさえすればそれでよかったんだ。そうすれば、見えない壁なんか最初からなかったことにもっと早く気づくことができた。<br />
　そして、それはみんな同じだったってことにも。</p>
<p>「――あ！！」</p>
<p>　五虎退くんが取りこぼした鞠が地面に転がった。</p>
<p>「す、すみません……！！」</p>
<p>　私はそれを捕まえると、五虎退くんに目線を合わせるためにしゃがみこんだ。</p>
<p>「私が変なふうに蹴っちゃったよ。ごめんね」</p>
<p>「いっいえ……僕が……」</p>
<p>「気にすんなって！　落っことした数で言やぁ大将が一番多いんだからさ！」</p>
<p>「厚くん！　いやそのとおりではあるけども！」</p>
<p>「うう、すみません……でも、次はがんばり、ます！」</p>
<p>「その意気、その意気」</p>
<p>「――みんな！」</p>
<p>　そのとき、屋敷側の廊下から掛かった声にみんなが振り向いた。</p>
<p>「もうすぐ夕食の――……あなたは」</p>
<p>　そこにいたのは、粟田口の長兄である一期一振さんと浦島くんの兄、蜂須賀虎徹さんだった。二振りとも、少し迷ったような表情をしている。<br />
　みんなが元気よく返事をして次々座敷に上がっていくのを見届けて、私は二振りに笑いかけた。</p>
<p>「みんなに遊んでもらっていたんだ。すごく楽しかった」</p>
<p>　そう言うと、二振りともびっくりしていたけれど、すぐに微笑んでくれた。</p>
<p>「それは何よりです。弟たちと遊んでくださり、ありがとうございました」</p>
<p>「俺からも礼を言うよ。あんなに楽しそうな浦島は久しぶりに見たから」</p>
<p>「いやそんな、お礼なんて」</p>
<p>　むしろきっかけをくれたのは、浦島くん始めみんなのほうだ。それがなかったら、こうして踏み出す勇気はまだ持てていなかっただろう。<br />
　奥からみんながせがむ声に返事をしながら、さて私も夕食にと縁側へ上がると、蜂須賀さんが一期さんを先へやってから私に向き直り、「少しいいかな」と切り出した。</p>
<p>「顔に泥がはねているよ」</p>
<p>「えっウソ。どこ？」</p>
<p>「拭いてあげよう。じっとして」</p>
<p>「いや、自分で……」</p>
<p>「鏡も持っていないだろう？　すぐに済むよ」</p>
<p>　そう言って蜂須賀さんは、懐から手拭いを取り出して私の顔に向けた。反射的に目を瞑ると、柔らかい手拭いが両頬を撫でる。そんなにはねてたのか……と恥ずかしさを覚えていると、蜂須賀さんがふっと息をついたのが分かった。</p>
<p>「主」</p>
<p>　目を開ける。<br />
　蜂須賀さんは、翡翠色の瞳をゆるく細めて穏やかに笑っていた。あれ、この笑い方は。</p>
<p>「本当にありがとう。良ければ、また弟と遊んでやってほしい」</p>
<p>　実は、ちょっとだけ、蜂須賀さんには身構えていた。<br />
　なぜかと言うと彼は前任者の初期刀だからである。前任の審神者とこの本丸に対する思いは、他の誰より強いだろうと思っていた。更に近侍はあの長曽祢さんで、しかも恋仲。その胸中たるや、である。<br />
　その彼が、こんなふうに笑いかけてくれたのだ。</p>
<p>「もちろん。浦島くんとも、みんなとももっと話せるようになりたいから」</p>
<p>「……そうだね」</p>
<p>　贋作と真作でも案外似ているところがあるんだな、という小さな感想は胸の中にしまっておくことにした。</p>
<div class="kugiri"></div>
<p>　夕餉時、主の席の様子を見て驚いた。粟田口の短刀を中心に、主の周りに集まっているのである。その中には浦島の姿もあった。つい先日までのよそよそしい雰囲気など少しもなく、皆楽しげに会話している。聞けば昼時、今剣たちと蹴鞠をしたのがきっかけだという。<br />
　――良かった。<br />
　胸中で安堵の息をついた。主が皆との距離を縮めたいと考えているのは知っていた。しかし、口下手なおれでは取り持つことができずにいた。<br />
　最初にきっかけを作ったという浦島には感謝しなくては、と思いながらその光景を眺めていた。</p>
<p>「娘の成長を見守る父親みたいですね」</p>
<p>　ぎくり、とした。</p>
<p>「国広……からかうのはよせ」</p>
<p>　堀川国広を始め和泉守や清光、安定といった新選組馴染みの面々が、にやにやとおれを見ている。</p>
<p>「でも嬉しいでしょう？」</p>
<p>「それはそうだが……」</p>
<p>　言い淀むと、和泉守がおれの肩に伸し掛かった。</p>
<p>「経緯が経緯だからなぁ。オレたちも後任とどう付き合うか考えすぎてたんだよな」</p>
<p>「兼さんってば珍しく悩んでたもんね」</p>
<p>「珍しくってなんだよ！」</p>
<p>「……ホント言うとさ、」</p>
<p>　そう切り出したのは安定だった。</p>
<p>「僕は新しい主のこと、受け入れられないだろうなって思ってた。みんなで決めたことって頭では分かってたけど、前の主も……沖田君のこともまだ好きだから。だけど……」</p>
<p>　安定は視線を真っ直ぐ主に向け、「あの人はあんな風に笑うんだね」と呟いた。その声音は穏やかで、口元は微かに笑っている。</p>
<p>「全く、安定は女々し過ぎー……って言いたいとこだけど、実は俺も似たようなもん」</p>
<p>　ため息混じりにそう言ったのは清光だった。</p>
<p>「前の主は俺のこと……俺たちのことをすごく愛してくれてた。だから新しい主にも同じように愛して欲しいーって思ってたんだけど」</p>
<p>　わっと笑い声が大きくなる。主が提案した新しい球遊びの説明が、短刀たちに喜ばれたらしい。</p>
<p>「前の主はあんな風に遊んでくれる人じゃなかったもんね。体も弱かったし……『同じように』っていうのは、違うのかもって思った」</p>
<p>「……そうだな」</p>
<p>　あの日。<br />
　前の主が審神者を辞すると皆に告げた日。あの日から、おれたちの時間は止まっていた。本丸を解体措置ではなく引き継がれることが決まっても、喜びより使命感の方が勝っていた。主が守ったこの本丸、おれたちも同じように守り続けなければ、と。<br />
　しかし、それは違った。<br />
　どんなに請うても前の主はもういない。いない者の姿を追い続けるのは、歩み寄ってくれた今の主に申し訳が立たない。<br />
　変わらなければならない。<br />
　あの人が立て、この人が背負った本丸を、共に歩んでいくために。</p>
<p>「さーってと、それならいっちょ親睦会と行くか！　――おーい！　その球遊び、オレも混ぜなぁ！」</p>
<p>「あっ、待ってよ兼さん！」</p>
<p>「俺たちも混ざるかー」</p>
<p>「たまにはいいかもね。長曽祢さんも行く？」</p>
<p>「……ああ。もちろん」</p>
<p>　この時。<br />
　おれは過去のしがらみを捨て去り、主の隣に在ることを、硬く固く誓ったのだった。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>蓮華草の四日</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e8%93%ae%e8%8f%af%e8%8d%89%e3%81%ae%e5%9b%9b%e6%97%a5/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2023 08:08:33 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[蓮華草の四日 　引き継ぎ本丸、と聞いて、良い印象を持つ人はまだ少ないだろう。 　時の政府による審神者制度発足当時のことだ。圧倒的な数の遡行軍に対抗するためにとにかくこちらも数を増やす必要があった。つまりろくな審査もないま...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e8%93%ae%e8%8f%af%e8%8d%89%e3%81%ae%e5%9b%9b%e6%97%a5/" title="続きを読む蓮華草の四日">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="tororo-title">蓮華草の四日</div>
<div class="kugiri"></div>
<p>　引き継ぎ本丸、と聞いて、良い印象を持つ人はまだ少ないだろう。</p>
<p>　時の政府による審神者制度発足当時のことだ。圧倒的な数の遡行軍に対抗するためにとにかくこちらも数を増やす必要があった。つまりろくな審査もないまま審神者を増やすことになり、すると当然中には人間性のヤバイ奴もいるわけで、そんな奴が主で出来上がるのはブラック企業ならぬブラック本丸である。もちろん本丸の運営に支障をきたしまくったので、のちに時の政府は厳正な審査を重ねた審神者を本丸に引き継がせる制度を設立、また審神者の採用時にキチンとした試験や研修制度を整えた。おかげでそういったブラック本丸の話はとんと途絶え、現在、本丸の引き継ぎが行われるのは事情により已む無く審神者を辞する者が現れたときだけだ。<br />
　とはいえ。<br />
　一度広まった風評というものはなかなか払拭できるものではなく、自分のところが引き継ぎ本丸でーなんて話をしようものなら眉をひそめる人の方が多いのだ。かくいう私もそのうちの一人であった。</p>
<p>　自分が引き継ぎ本丸を任されることになるまでは。</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「――以上が、この本丸の概要になります」</p>
<p>「はぁ」</p>
<p>　私の気のない返事を聞いてか、政府の職員は眉間にシワを寄せた。せっかくメガネの似合う美人なのになぁなんてことをぼんやり考えた。<br />
　審神者御用達の万屋街、蕎麦屋にて。私は政府職員と向かい合って引き継ぎ本丸の打ち合わせをしていた。蕎麦屋はなかなか広く高級感のある居住まいで、テーブル席、カウンター席のほか奥に4人掛けの座敷席がある。私たちはその座敷席に座っていた。ゆったり座れてこれで掘り炬燵だったら最高だったが座布団なので絶賛足が痛い。<br />
　私のぼんやりした雰囲気に、政府職員はメガネのつるを持って不機嫌さを顕にし、ため息交じりに告げる。</p>
<p>「いいですか、引き継ぎ本丸は非常にデリケートです。今回あなたが担当していただくのはそういった……黒い噂が立ったような場所ではありませんが、主人を変えるということ自体が彼らにとっては大きな負担なのです。霊力、神気……それから心。あなたにはそんな彼らを支えるという大きな責任があります。ゆめゆめ忘れることなきよう」</p>
<p>　んなこた分かっている。分かっているから恐ろしいのだ。だって自分に置き換えるとしたら、今まで居心地の良い職場だったのに突然上の命令で上司が変わってしかもそれが合わないとなったら――考えただけで胃痛ものだ。数年でも社会人やアルバイトの経験があれば容易に想像できる。<br />
　夕べ不安だからって審神者用の匿名掲示板（俗称：さにちゃん）で引き継ぎ本丸の話なんて検索するんじゃなかった。愚痴が書き込まれやすい場所とはいえ、やれ引き継ぎ先の刀剣男士と折り合いが悪いだの、やれ引き継ぎ本丸は政府から冷遇されるだのといったシンドイ話が山ほどでてくるのだ。それらを考えたら、ちょっとくらいため息やら気のない返事やら出てくるのは勘弁してほしいところである。<br />
　不意に、女性職員が私の背後に視線を投げた。つられてそちらを見やると、入り口にひときわ大きな背丈の男がなにかを探すように視線を巡らせていた。肩口までの黒い髪に金色の襟足。白地に黒のだんだら模様の入った羽織。具足は付けていないようだが、あれは刀剣男士だ。確か研修で習った気がする。<br />
　男士は女性職員の姿を見とめると、案内しようとした店員さん（お椀の妖怪らしい）に会釈して断りこちらに近づいてきた。</p>
<p>「あんたが次の主か？」</p>
<p>「あ、はい。そうです」</p>
<p>　少しばかり粗野な物言いをする男士だと思ったが、声音は決して攻撃的ではない。金色をした瞳も柔らかく細められており、そこに『次の主』を値踏みするような態度は見られなかった。<br />
　ちょっと、安心した。もしこれで拒否するような素振りでも見せられようものなら、すんませんやっぱ無理ですと言い出すところだった。<br />
　ほっと胸を撫で下ろしていると、男士は職員の隣に――ではなく、私の左隣に座った。</p>
<p>「長曽祢虎徹という。贋作だがな。前任者の近侍を務めていたものだ。以後、よろしく頼む」</p>
<p>　すっと右手を差し出されるが、しばし逡巡。いやそこは普通職員の隣に座るものじゃないだろうか。気安いのはありがたいが、妙な腑に落ちなさがある。<br />
　しかし呆けている場合でもないのでそのことは一旦仕舞っておき、私も右手を差し出して握手をした。武骨で大きな手。まさしく武人の手である。手を離す頃には、長曽祢虎徹がどういった刀であったかを思い出していた。確か新選組局長、近藤勇の佩刀である。贋作だとは言うが、彼の口から発せられた『贋作』には憂うでも自虐するふうでもない、ただ事実を述べている以外の意図はないように感じた。</p>
<p>「この度あなた方の本丸を任されることになりました、未登録名前といいます。よろしくお願いします」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>　小さく頭を下げると、長曽祢さんは笑った。見た目の豪放さに違わぬ鷹揚ぶりで、私はすっかり安堵していた。近侍でこの雰囲気ならば、きっと引き継ぎ先でもそこまで肩肘張らずに就任することができるだろう。そんな想像をしていた。<br />
　だから気づくのが遅れた。<br />
　女性職員が、どんどん不機嫌になっていくのに。</p>
<p>「もっと他に言うことはないのですか、長曽祢虎徹」</p>
<p>　えっ、と声を出す暇もなかった。<br />
　職員はなおも続ける。</p>
<p>「粗雑で言葉が少ない。それでは相手を萎縮させると注意していたはずです」</p>
<p>「……善処はしている」</p>
<p>「あなたはいつもそれですね。初対面の相手には言葉を尽くさねばと言っているでしょう。人同士の関係は第一印象が大きく関わるのですよ」</p>
<p>「そういうあんたはどうなんだ？　客人の前で叱責するような態度こそ悪印象を与えかねん」</p>
<p>「な……！！」</p>
<p>　なんだ、これは。<br />
　どういう状況だ。<br />
　なんで二人がいきなり言い合いに、っていうか、話しぶりからしてすでに知り合いだったのか？どう聞いてもただの政府職員と引き継ぎ本丸の近侍の会話ではない。<br />
　まるで、そう、これは。</p>
<p>（そうか。前任の審神者というのはこの職員のことだったんだな）</p>
<p>　プライバシーがどうとかいう理由で、どうして本丸を引き継ぐことになったのか、前任がどういった人だったのかなどは聞いていない。しかし、そう考えると職員の私に対する態度が厳しいのも納得できた。<br />
　では、長曽祢さんへのこれは――</p>
<p>　ああ。<br />
　この二人は恋仲にあったのだ。<br />
　だから長曽祢さんは職員の隣ではなく私の隣へ座ったのか。</p>
<p>「――もう勝手にすれば！！」</p>
<p>　ダン、と職員がテーブルに手をついて立ち上がる。呆気に取られているうちに職員が出入り口のほうへ早足で向かって行った。<br />
　引き継ぎ本丸の資料を抱えたまま。</p>
<p>「ちょっ……せめて資料は置いていけーー！！」</p>
<p>　渾身の叫びが届いたのか、職員はピタリと足を止めた。そのまま返ってくるかと思いきや、資料を空いているテーブルに押し付けると店を出て行ってしまった。<br />
　一瞬途方に暮れるが、このままでは店に迷惑だと思い急いで資料を取りに行った。カウンター越しに店員さんにご迷惑をかけましたと頭を下げて、そそくさと席に戻る。道中、他のテーブルでは刀剣男士と審神者らしき女性が仲良さげに話しているのを見て、引っ込んでいたため息がまた漏れた。<br />
　女性職員がいたところに座るのは躊躇われたので、致し方なく長曽祢さんの隣に戻ったが、気まずい。ものすごく気まずい。気まずすぎて長曽祢さんの様子をうかがうことすらできない。しかしこうしていても埒があかない。何せ私は今日から彼のいる本丸に住むことになっているのだから。</p>
<p>「…………蕎麦、食べようか」</p>
<p>　出した結論は、とりあえず何か食べていれば喋らなくても間が持つだろうということだった。<br />
　隣を見ずに言ったので、長曽祢さんは驚いているかもしれない。何を呑気なことをと引いているかも。悪い想像をして冷や汗を流していると、長曽祢さんがふっと息をついたのが分かった。</p>
<p>「そうだな」</p>
<p>　声に、先程までの棘はない。おや？　と思っていると長曽祢さんはお品書きのメニュースタンドを取って私に見えるよう寄越してくれた。<br />
　よかった、とりあえずこの場はなんとかなりそうだ……と思ったのも束の間。ここは高級、とまでいかないが良いお値段の蕎麦屋さん。で、私の今の持ち合わせは少ない。さらに、引き継ぎ本丸は予算が低く設定されている。最後に、ここの支払いをしてくれるはずだった職員は怒って出て行ってしまっているときた。</p>
<p>「ほんっとごめんなんだけど、あんま高いのはナシでね。引き継ぎ本丸って予算少ないらしくって、んで今手持ちが……」</p>
<p>　言いながら、恥ずかしさのあまり視線が落ちる。これから彼の、彼らの主になる人間だというのにこんな情けないことを言っていては立つ瀬がない。<br />
　せっかく、引き継ぎ本丸の近侍という難しい立場であるにもかかわらず歩み寄ってくれたのに、これでは呆れられても文句は言えない。そんなことを考えながら、おそるおそる、長曽祢さんを見上げる。</p>
<p>　肩を震わせて笑っていた。</p>
<p>「ちょっと」</p>
<p>「いや、すまん、……ふ、くく」</p>
<p>　口元を手で覆っているが、隠しきれていない口角が持ち上がっているのが見えてしまう。邪険にされるよりよほどマシだが、出来事に脳が追いつかない。ひたすら頭にハテナマークを浮かべていると、呼吸を整えた長曽祢さんが言う。</p>
<p>「おれはもう決まった。あんたは？」</p>
<p>「え？　え、っと。……うん、決まった」</p>
<p>「じゃあ注文するか。――すみません」</p>
<p>　長曽祢さんが少しだけ声を張ると、お椀の妖怪が伝票を片手にやって来る。</p>
<p>「お決まりでしょうかぁ」</p>
<p>「おれは海老天蕎麦を。それと海老天追加で」</p>
<p>　何言ってんだこいつ。<br />
　話聞いてたのかこいつ。<br />
　どう見ても高いだろその組み合わせは。<br />
　言いかけたが、店員さんがそちら様はと促すので慌てて「とろろ蕎麦を」と告げる。店員さんは伝票に書き込むとさっさと奥に引っ込んでしまった。<br />
　取り残された私は思わず長曽祢さんを見上げた。文句のひとつでも言ってやろうと思ったのだ。<br />
　しかし。</p>
<p>「どうした？」</p>
<p>「…………なんでもない」</p>
<p>　言えなかった。目を合わせた長曽祢さんは、金色の瞳をゆるく細めて穏やかに笑っていたからだ。先ほどのピリピリとした空気はすっかり抜けて、優しい表情に戻っている。<br />
　何がどうしてこうなった。もう、色々ありすぎて頭がこんがらがっている。とりあえず海老天の文句はあとにして、ここはさっきの口論の件を聞かなければ。けれど、泣く泣く本丸を去った人のことを、しかも恋人同士であった人のことを聞くなんて野暮ってものではないか？ていうかものすごく聞きづらいぞそんなこと。とはいえ今はっきりさせておかなければどんどん聞く機会を失う。それによって今後の業務に差し支える可能性を考えたら、多少気まずくてもこの場で思い切って聞いたほうがいい。うん。よしそうしよう。</p>
<p>「あ」</p>
<p>「お待たせしましたぁ。海老天蕎麦と、とろろ蕎麦ですぅ」</p>
<p>　間延びした声とともに湯気立ち上る蕎麦が目の前に並べられていく。なんていうタイミングの悪さ。もはやお笑いの域である。<br />
　……なんか、もういいや。<br />
　今は何も考えず、蕎麦を食べることだけに集中しよう。諦めた私はいただきますと両手を合わせて、ぱちんと割り箸を割ると隣からも同様の音がした。その後、</p>
<p>「そら」</p>
<p>　私の器にこがね色の海老天が乗せられた。</p>
<p>「……え？」</p>
<p>「ん？　海老は嫌いだったか？」</p>
<p>「いや、好き、だけど」</p>
<p>「そうか」</p>
<p>「じゃなくて、これ」</p>
<p>「最初からおれが払うつもりだった。気にするな」</p>
<p>　そう言うと長曽祢さんは、自分の蕎麦を静かに啜り始めた。<br />
　肩の力が、一気に抜けた。<br />
　この短時間で色々ありすぎて、困惑して、……正直、この先うまくやっていけるのか不安になっていた。だけど、長曽祢さんの心遣いが柔らかく私の不安を包み込んでくれた、そんな気がした。<br />
　蕎麦を啜って、海老天を食べる。出汁は現代で言うところの関西風で、それをふわりと揚がった衣が吸ってとても優しい味がした。美味しい。また来よう。自然にそんな風に思った。</p>
<div class="kugiri"></div>
<p>　縁、とは、不思議なものだ。<br />
　それは古い馴染みたちとの再会であったり、または贋作でありながら真作の兄という立場を与えられたりするなど、人の身を得てからの日々はそんな『縁』を幾度となく考えさせられた。<br />
　しかし、縁とは望まぬものにも作用してしまうらしい。<br />
　主が政府職員となったことは知っていた。だが、今日この打ち合わせに同席しているとは知らなかった。蕎麦屋の入り口から主の姿を見たとき、なにかの間違いではないかと疑ったほどだった。たじろいでいると、主がおれを見つけた。その視線はいつもと変わらず凛としたものであった――しかし、奥に灯るほのかな薄暗さにも気がついた。気がついてしまった。主はいつも己の弱さを内に隠して、他人に気取られまいとする。気付くのは、いつも、おれだけだった。<br />
　心苦しさから主の隣に座ることは躊躇われた。それが引き金だったのだろう。それから主の目はどんどん鋭くなり、遂には言い合いに発展してしまった。元来、主は感情的になりやすい。それを諌めようとすればするほど、おれの下手な言葉では逆撫でするばかりであった。いつもの、本丸の光景だった。無いのは『明日』、困った顔でおれに謝罪する主の姿だけだった。</p>
<p>　――蕎麦、食べようか</p>
<p>　出ていった主の背中を見送って、さてなんと弁解しようか考えていたとき、新しい主はそう切り出した。そして続く二の句で思わず笑ってしまった。<br />
　新しい主は、こんな状況に立たされてなお、おれたちの主でいてくれようとしている。なんとありがたいことか。先ほどまでの溜飲は下がり切り、影も形もなくなった。<br />
　――この主ならば、大丈夫だ。<br />
　そう確信したおれはその場で小さな返礼をし、これからのことを考えながら蕎麦を食した。</p>
<p>　蕎麦屋を出て、新しい主を本丸へ案内する。まず大広間に皆を集めて顔見せをし、挨拶をしたのち施設の説明や荷運びなどを行った。新しい主の部屋はひとまず客間へ。それは彼女自身の意向で、曰く「まだみんなの心には前の主がいるだろうから、主の間を使うのは今はやめておきたい」ということだった。実際、男士の中にはまだ心の整理がついていないものもいる。その配慮に頭が下がると同時に、やはり彼女が新しい主で良かったと改めて思った。<br />
　夕食を済ませると、おれは新しい主のいる部屋へ足を運んだ。短刀たちが眠りにつこうという時間だったので、障子越しに声をかける。</p>
<p>「夜分すまない。長曽祢虎徹だ。少しいいか」</p>
<p>「……長曽祢さん？　どうかした？」</p>
<p>　ぱたぱたと足音がする。まさか障子を開けようというのだろうか。</p>
<p>「そのままでいい。……刀相手とはいえ、夜更けに異性を部屋に招き入れるものではないぞ」</p>
<p>「んー、そういうもの？　まぁいいか。それで、どうかした？」</p>
<p>　新しい主は、少しばかり大胆というか、頓着がない人物であるらしい。昼間の出来事を思い出して苦笑したのち、話を切り出した。</p>
<p>「明日からの流れを話せていなかったと思ってな。審神者の仕事内容は資料に載っていると思うが、この本丸の細かい規則や、どういう方法で運営していたかなどはまだ分からないだろう」</p>
<p>「確かに。まだみんなのこともよく知らないしなぁ」</p>
<p>「そこで、あんたがここに慣れるまでは引き続きおれが近侍を務めようと思うんだが、問題ないか？」</p>
<p>「…………あー、うん。そうだね。そのほうがむしろ助かるよ」</p>
<p>「――その間は、やはり昼間のことが気掛かりか？」</p>
<p>「そりゃ、まあ……」</p>
<p>「……おそらく気づいていると思うが、前任者は彼女だった」</p>
<p>　緊張が走った。のは、気の所為ではないだろう。<br />
　無言は肯定と捉え、おれは続けた。</p>
<p>「已む無い事情があった。今はそれしか言えん。だが、落ち着いた頃にいずれ話そう」</p>
<p>「無理に、話さなくてもいいよ。……みんな前の主をすごく慕っていたんでしょう？　きっと前の主もみんなのこと大事にしてたんだよね。ほんとに事情があって、仕方なくこうなったっていうの、本丸を見てたら分かる」</p>
<p>「……おれたちは、この本丸が誰かに引き継がれることになると決まったとき、皆で約束したことがあるんだ」</p>
<p>「約束？」</p>
<p>「ああ。主が身を切る思いで手放した本丸、誰に引き継がれることになったとしても必ずその者に尽力する、と」</p>
<p>　それは総意でもあった。おれたちが敬愛する主、その主が残してくれたものを守り抜くために、引き継いでくれる者を暖かく迎え入れようと。</p>
<p>「だから、おれたちは新しい主に従う。……あんたにしてみれば、前の主を引きずっているように思えるだろうが」</p>
<p>「んなことない！」</p>
<p>　ばっ、と障子が開いた。<br />
　呆気にとられていると、新しい主はぐっと詰め寄った。</p>
<p>「さっきも言ったけど、みんなを見てたら前の主がどんだけ思ってたか分かるんだよ。そこに無理やり取って代わろうなんて思わないし思えない。っていうか出来ない。だからみんなはそのままでいい。私は、ただ、引き継いだだけなんだから」</p>
<p>　ああ、そうか。<br />
　新しい主は、おれたちに線を引いてくれている。皆の心にある『主』に踏み込まないように。</p>
<p>「あんたは、優しいな」</p>
<p>　自然と手が伸びた。その手は彼女の小さな頭に乗せて、ゆるゆると撫でる。</p>
<p>「あんたが新しい主で良かった」</p>
<p>「え、あ、わ」</p>
<p>　先程までの威勢はどこへやら、新しい主は面白いくらいに顔を赤くし慌てている。こういったことには慣れていないのかもしれない。新たな気付きにまた笑みがこぼれた。</p>
<p>「さ、今日はもう休め。明日から忙しくなる」</p>
<p>「は、い……」</p>
<p>「おやすみ、主」</p>
<p>　そう言うと、主は一瞬瞠目していたが、すぐに口元を綻ばせて「おやすみ。長曽祢さん」と答えた。</p>
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