永い午睡のダイアログ

七枚目 傍白

 いらっしゃいませえ、と間延びした声の店員に案内され、奥の座敷席へと足を運ぶ。馴染みの蕎麦屋には既に待ち人が――いや、刀が、こちらに背を向けて座っていた。「一文字則宗」 声を掛けても返事はない。 奴は、最後までこちらを振り返らなかった。 何…

六枚目 滂沱

「いらっしゃい。今日は時間ぴったりなのね」「ああ」 いつものように。 のいる部屋に上がり。 いつものように。 言葉を交わし、酒を呑む。 居心地の良いはずだったこの空間は、今の俺にとっては堪らなく苦しいものになっていた。 だがそれも、もう終わ…

五枚目 情動

「……指名中?」 いつもよりは、やや早い時間。陽が沈み切る前に遊郭を訪れの名を告げると、受付の下男はそう答えた。「へえ。延長がなけりゃ、あと三十分てとこですが。いかがします」「……そうだな。近くの店で時間潰してまた来る」「承知しやした」 に…

四枚目 過夢

 あれは、よく晴れた冬の日だった。俺は一人分の膳を運びながら、午後に残ってしまった雪かきのことを考えていた。御手杵や蜻蛉切は遠征に出てしまっており、薙刀連中は屋根の雪下ろし、残った太刀や打刀もそれぞれの持ち場を右往左往していた。これでも所帯…

三枚目 篝火

 何度目かの夜だった。 その日郭を訪れると、店が何やら騒がしい様子を見せていた。なにか問題でも起きたのかと思ったが、平素より豪奢な郭がより一層煌びやかに彩られているのに気づいた。何某かの祝い事だろうと思いながら受付を済ませると、いつものよう…

二枚目 昏迷

 それっきり、本当に利用する気はなかった。個体差なのか『日本号』の気質かどうかは分からないが俺は元々そういった方面の欲が薄く、花街自体も顕現したばかりの頃に何度か行ったきりで随分と無沙汰だった。だというのに、何故あの時は訪れたのかというと……

一枚目 忘失

 初めは単なる好奇心だった、と言ったら、あんたは怒るかな。それとも笑うか。今となっちゃ、確かめる意味はないんだが。それでも俺はあんたの横顔を見た時からずっと気になっていたんだよ。張見世の格子窓、そこから悩ましげな視線を送る女たちの中にあんた…