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	<title>永い午睡のダイアログ &#8211; 揺れる</title>
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	<title>永い午睡のダイアログ &#8211; 揺れる</title>
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		<title>あとがき</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%8c%e3%81%8d/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:52:17 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[#content {
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}

#inner-content {
   padding:18px;
   background-color:#fff;
}]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　ここまでお読みくださって、まことにありがとうございます。<br />
　もしかしたら、読者様のなかには、すでに『違和感』にお気づきの方もいらっしゃるかもしれません。<br />
　最終話の最後の行をよくご覧ください。<br />
　そして、もう一度この長編のタイトルを思い出してください。<br />
　そうです。この物語には、まだ先があるのです。<br />
　ここで終われば、あるいは悲しくも美しい物語として終わることも出来ます。しかし、貴方様がこの先を観測したいとおっしゃるなら、もう少しだけお待ち下さい。</p>
<p>　この物語は、『本』という形になって、初めて『対話』することができます。</p>
<p>　作者にとって、ウェブ上での物語の公開は、作者のひとり語りのような気がしています。しかし、本という形にして、それを受け取る人がいて、そこで初めて交流・対話という形が生まれると思っています。<br />
　この物語を『モノローグ』で終わらせたくないと思ってくださるなら、ぜひとも『ダイアログ』にしていただけたら、と思います。</p>
<p>　本の刊行はまだ未定ですが、筋書きはすでに私の中にあります。<br />
　『ダイアログ』になるまではしばらくかかりますが、それまでお待ちいただけると幸いです。</p>
<p>　それではひとまず、一旦の終わりとさせていただきます。<br />
　ありがとうございました。<br />
　</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>七枚目　傍白</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e4%b8%83%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e5%82%8d%e7%99%bd/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:51:47 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　いらっしゃいませえ、と間延びした声の店員に案内され、奥の座敷席へと足を運ぶ。馴染みの蕎麦屋には既に待ち人が――いや、刀が、こちらに背を向けて座っていた。 「一文字則宗」 　声を掛けても返事はない。 　奴は、最後までこち...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e4%b8%83%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e5%82%8d%e7%99%bd/" title="続きを読む七枚目　傍白">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　いらっしゃいませえ、と間延びした声の店員に案内され、奥の座敷席へと足を運ぶ。馴染みの蕎麦屋には既に待ち人が――いや、刀が、こちらに背を向けて座っていた。</p>
<p>「一文字則宗」</p>
<p>　声を掛けても返事はない。</p>
<p>　奴は、最後までこちらを振り返らなかった。</p>
<div style="height:200px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　何度目になるだろう。このいやに急な階段を踏み、目を灼くような天蓋の下を歩く。回廊を辿り、中ほどまで進むとその部屋はある。掛け札に書かれた名前を見て、俺は一つ息をついて障子戸を開けた。<br />
　未登録名前は、相変わらず気だるげな表情で階下を眺めている。</p>
<p>「よう」</p>
<p>　勤めて、明るく。俺は未登録名前のそばに寄る。</p>
<p>「……また、来たの」</p>
<p>　その言い草はまるで通い始めの頃のようだと思い、俺は小さく吹き出した。</p>
<p>「なにを笑っているのよ」</p>
<p>　当然面白くないだろう未登録名前は、ようやく俺に視線を向ける。本当に、会ったばかりの頃のような態度だ。……それが、彼女なりの『線引き』であるのは承知の上だった。</p>
<p>「いや、なに。あんたの横は居心地がいいなと思ってな」</p>
<p>　逸らさず、逃さず。俺は真っ直ぐ未登録名前向かってそう言った。</p>
<p>「……馬鹿じゃないの」</p>
<p>　言葉こそ、あの時のように素っ気ない。だが頬には薄っすらと紅が差している。俺はまた一つ笑って、未登録名前との距離を更に埋めてその頬を指の背で撫でた。</p>
<p>「な、」</p>
<p>　面白いくらいに赤くなっている。まるで年若い少女のような反応だ。だが逃げる素振りは見せず、ただ驚いたまま硬直しているのを見つめていた。<br />
　きっと、俺は、あの時の審神者のような顔をしていることだろう。散々泣き腫らした後、ようやく上げた顔に浮かべた微笑みを。</p>
<p>「なあ、未登録名前」</p>
<p>　呼びかけに、未登録名前は大きく肩を震わせた。</p>
<p>「な、に」</p>
<p>　さあ。<br />
　決定的なひと言を告げるべき時だ。</p>
<p>「あんたを、身請けする」</p>
<p>　息を呑む音。</p>
<p>「だ、れが」</p>
<p>「俺が」</p>
<p>「誰、を」</p>
<p>「あんたを」</p>
<p>　唇を振るわせ、瞳には涙さえ滲んで。<br />
　未登録名前から、『正しい遊女の顔』が剥がれていく。</p>
<p>「な、んで……なんで！！　あなた、本丸所属でしょ！？　なのに身請けって、どうして……！！」</p>
<p>「主からの了承は得た。有難いことに、借金も少しばかりな」</p>
<p>「ちが、なんであなたがそこまでするの……？　だって、だってわたしを身請けしたって、あなたは」</p>
<p>「そこまで、なあ」</p>
<p>　自身の顎を摩り、これまでのことを思い返す。脳裏に浮かぶのは、いつだって未登録名前の、あどけなく笑った顔。<br />
　それが今後一生、一番近くで見られるというのなら、俺はそれでも構わない。</p>
<p>　そう思うまでに、俺は彼女を。</p>
<p>「俺では不服かい？」</p>
<p>　我ながら意地の悪い聞き方をしている。だが、未登録名前に受け入れてもらえるならこの際なんだって良かった。矜持も全てなにもかも、未登録名前の前ではどうでもよかった。</p>
<p>「そんなこと……」</p>
<p>　ついに、未登録名前の瞳から涙がこぼれ落ちる。俺は彼女を抱きすくめ、親指でそっと拭ってやった。化粧が剥がれ、露出する地肌がなんとも愛おしかった。</p>
<p>「一つ、俺の我儘に付き合ってくれないか」</p>
<p>「…………なに」</p>
<p>　なおも涙を溢れさせる未登録名前と、額同士をこつりと合わせた。</p>
<p>「最後にあんたを、抱きたい」</p>
<p>「……さい、ご？」</p>
<p>「ああ。これで最後だからな」</p>
<p>　未登録名前の両目が見開かれる。</p>
<p>「あなた、まさか、」</p>
<p>「ああ、知ってるのか。流石は元審神者か」</p>
<p>「審神者にはなってない！　……けど、じゃあ、あなた」</p>
<p>「日付を跨いだら槍に戻る。誰のものでもない、ただの槍にな」</p>
<p>　これは政府が定めた規約でもあり、主が提案したことでもある。<br />
　他の男士の手前、本丸で女と一緒に住まうことを許すことはできない。かと言って、主の霊力をもってして顕現しているこの身を宿したまま女の元にいることもできない。そうなると、残された手段はただ一つ。<br />
　顕現を解き、本丸からの登録を抹消し、誰のものでもない日本号になること。それが、彼女のそばにいるための手段だった。</p>
<p>「馬鹿じゃない……」</p>
<p>「何度聞いたかな、それも」</p>
<p>「何度だって言うよ……こんな、こんなこと」</p>
<p>「おいおい、俺の決断を『こんなこと』で済ますなよ」</p>
<p>「だって！　顕現を解いて、誰のものでもなくなって……それじゃ、わたしじゃあなたを顕現できない！　わたしのとこにいても話せないんだよ！　こんなふうに抱きしめたり、もう出来ないんだよ！？」</p>
<p>「だからこそ、だろ」</p>
<p>　わざとらしく、首筋を撫ぜた。未登録名前はびくりと身を震わせ、二の句を失う。</p>
<p>「もう二度とこんなふうに抱き合えない。だから、最後に」</p>
<p>　あんたの肌を感じさせてくれないか。</p>
<p>　返事は待たなかった。いや、待つ必要はもうないと感じていた。引き合うように唇が触れ合い、そのまま未登録名前の背中を布団に押し付けた。<br />
　唇を離すと、うるんだ瞳が俺を見上げる。今にも泣きじゃくりそうなその顔が、愛おしくもあり寂しくもあった。かき消すようにもう一度口づけて、未登録名前の遊女たらしめる部分を一つ一つ引き剥がしていく。やけに重たい帯が憎たらしく思え、わざと遠くへ押しやった。</p>
<p>　今この部屋にいるのはただの男と女だった。遊女も、刀剣男士も、なにものも俺たちを縛ることはできない。ただこの瞬間だけは、心は、どこまでも自由だった。<br />
　涙は、いくつか流していたかもしれない。だが後悔だけはしていない。たった一つの、心を揺らす存在に巡り会えたことこそが、この『日本号』の本懐とさえ感じていた。<br />
　全て覚えている。肌をなぞる感触も。髪が布団に散る音も。火傷しそうなこの熱も、色濃く交わる視線も、なにもかも。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　カラン</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　時計の針が十二を過ぎたその時。<br />
　部屋に残されたのは一本の槍と、それを抱きしめて泣く女だけだった。</p>
<div style="height:300px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「……行ってきます」</p>
<p>　扉を開けながら肩越しに振り返り、そう告げると足早に部屋を出ていく。俺は声にならないながらも、胸中では気をつけてな、と返した。<br />
　未登録名前は郭を出て、現世に戻ることを決めた。すると俺は槍の姿のままではいられないため、政府が用意している刀剣男士の変装具に形を変えた。変装具とは、武器を所持できない時代への遠征をする際、男士を帯刀できるよう用意したものだ。形は様々で、耳飾りや首飾り、根付などもあったが、未登録名前が選んだのは『簪』だった。意図するところはもはや聞くに聞けないが、あの日々のことをまだ覚えていてくれるというなら、俺にとってこれ以上の幸いはない。<br />
　本丸の数だけ、物語がある。そんな話をどこかで聞いた。昔の俺なら聞き流していただろうが、今ならその意味を噛みしめることができる。どれだけの本丸があるのかは分からないが、中にはこんな『日本号』がいたっていいだろう。<br />
　物言わぬ身となっても、どれだけ永い午睡になったとしても、心から愛するひとの側に居続けることを選ぶ『日本号』が。</p>
<p>　――もし、もう一度会話をすることができたら。午睡のまどろみを受けながら、ぼんやりと考えた。<br />
　そうだな、なんて切り出すか。例えば、そう。<br />
　初めは単なる好奇心だった、と言ったら、あんたは怒るかな――</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>長い午睡のモノローグ　了</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>六枚目　滂沱</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e5%85%ad%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e6%bb%82%e6%b2%b1/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:48:24 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[「いらっしゃい。今日は時間ぴったりなのね」 「ああ」 　いつものように。 　のいる部屋に上がり。 　いつものように。 　言葉を交わし、酒を呑む。 　居心地の良いはずだったこの空間は、今の俺にとっては堪らなく苦しいものにな...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e5%85%ad%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e6%bb%82%e6%b2%b1/" title="続きを読む六枚目　滂沱">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「いらっしゃい。今日は時間ぴったりなのね」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>　いつものように。<br />
　未登録名前のいる部屋に上がり。<br />
　いつものように。<br />
　言葉を交わし、酒を呑む。<br />
　居心地の良いはずだったこの空間は、今の俺にとっては堪らなく苦しいものになっていた。<br />
　だがそれも、もう終わりにしなければいけない。<br />
　俺が決定的なひと言を告げるべき時だ。</p>
<p>「なぁ」</p>
<p>　酌をしていた未登録名前に声をかけると、少しだけ肩を跳ねさせた。</p>
<p>「則宗の話。あんたはどうする気だ？」</p>
<p>　視線は重ならない。銚子を握りしめたまま、未登録名前は唇を引き結んだ。</p>
<p>「良い話、じゃないのか」</p>
<p>　勝手に。</p>
<p>「願ってもない話だろう。借金も年季も関係なくここを出られる」</p>
<p>　言の葉が滑り出す。</p>
<p>「政府所属の一文字則宗なら、刀剣男士と関わる仕事をしているんだ。あんたも関われるかもしれないぜ」</p>
<p>　己が身を傷つけるだけの言の葉が。</p>
<p>「ここに留まる理由は、ないはずだ」</p>
<p>「ばか！！」</p>
<p>　押し黙っていた未登録名前が。吠えるように口火を切る。</p>
<p>「そんなのわかってる、わかってるよ……でも！　日本号の口から、そんなこと聞きたくないよ！！」</p>
<p>　まるで。<br />
　まるで、少女のようだった。<br />
　大人の色香を纏った『正しい遊女』はどこにもいない。</p>
<p>　そこにいたのは、たったひとりの『未登録名前』だった。</p>
<p>「……悪かった」</p>
<p>「……思ってもないくせに」</p>
<p>「思ってる。俺もヤケになっちまった」</p>
<p>「うそだ……」</p>
<p>「確かめるか」</p>
<p>「どうやって」</p>
<p>「……こうするんだよ」</p>
<p>　そう言って俺は盃を置いて、決してこちらを見ようとしない未登録名前の腕を引いて自身の懐に引き寄せた。</p>
<p>「分かるか」</p>
<p>　どくり、どくりと。<br />
　神でありながら人の身を得たその時から、変わらない拍子を刻んでいたあの鼓動が、今、かつて無いほど高鳴っている。<br />
　心の臓が。痛いほどに鳴っている。</p>
<p>「……日本号」</p>
<p>　狼狽える声に、俺は乾いた笑いをひとつ漏らした。</p>
<p>「馬鹿、みてぇだろ」</p>
<p>「そんなこと、」</p>
<p>「あんたが言ったんだろ」</p>
<p>「そうじゃなくって！　だって、日本号は、<ruby><rb>わたし</rb><rp>（</rp><rt>・・・</rt><rp>）</rp></ruby>――」</p>
<p>「未登録名前」</p>
<p>　それ以上はもういいと、優しく制するように名を呼んだ。未登録名前は言葉を詰まらせて、それから俺の着物に縋り付く。</p>
<p>「……どうしてかな」</p>
<p>　表情は見えない。しかし震える声が、また一つ俺の心臓を跳ね上げる。</p>
<p>「どうしてこんなふうにしか、なれなかったのかなぁ……」</p>
<p>　熱にうかされたうわ言のように吐き出して、それきり未登録名前は押し黙った。その日は最後まで視線が重なることはなく、しかし体を離すことはせず、俺たちは時間いっぱいそうしていた。<br />
　結局この日、俺はなにも言えなかった。<br />
　いや、言わなかったんだ。<br />
　<br />
　俺の心はこの時に決まったのだから。</p>
<div style="height:200px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「どうしたんだい？　お前のほうから話があるだなんて、珍しいこともあるもんだ」</p>
<p>　執務室を訪ねると、主はいつものように人好きのする笑顔を浮かべていた。<br />
　向かい合わせの位置に座布団を寄越すが、俺はそこに座らずに跪座の姿勢を取る。<br />
　それを見た主は、ぴくりと眉を跳ねさせた。</p>
<p>「……どういうつもりだい？」</p>
<p>　声音こそ、いつもの通り柔らかなものだ。しかし向ける視線は突き刺すような鋭さを持っている。<br />
　主には、俺が今から何を言おうとしているのかが分かっているのだ。</p>
<p>「頼みがある」</p>
<p>　背筋を伸ばし、臆することなく言葉を発する。</p>
<p>「遊女を一人。身請けする」</p>
<p>「……する、か。希望ではなく、確定事項かい」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>「それがどういう意味を持っているのか、お前は分かっているのか」</p>
<p>「分かってる。遊女を身請けした男士が、女ごと本丸に住み続けるなんてことは許されないだろ」</p>
<p>「……僕は、大事な槍をひとつ失うことになるんだ。それを主である僕が納得するとでも？」</p>
<p>「簡単に許可されるとは思ってない。だが、俺も譲る気はない。なにがあっても、どんな手を使っても」</p>
<p>「僕を説き伏せる、と？」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>　長い、長い沈黙が訪れる。<br />
　主は目を伏せ、眉間にしわを寄せていた。昔からの癖だった。どうにもならないことや、迷った時に出る癖だ。それを妻がからかう姿も何度も見ていた。「しわがあると、怖い顔になってしまうわ」そんなふうに言って夫の額を撫でていたのだ。<br />
　思い返せば、そんな何気ない日常も、この本丸には愛で溢れていた。</p>
<p>「あんたの妻が」</p>
<p>　そう思うと、続く言葉はすらすらと溢れ出した。</p>
<p>「最期までこの本丸に居た理由が、今なら分かるんだ」</p>
<p>　あの光景を思い出す。<br />
　妻の布団にしがみついて泣き腫らす夫の背中を、ゆったりと撫でる妻。口許には笑みさえ浮かべて、ただただ夫の嗚咽を聞いている。<br />
　あの時は、どうして何も言ってやらないのかと思っていた。彼女なら、長年連れ添った夫を宥めすかす言葉などいくらでも持っているだろうにと。<br />
　今なら分かる。<br />
　言葉を酌み交わすだけが愛情ではないのだ、と。</p>
<p>「……お前は」</p>
<p>　長い沈黙の末、主はため息とともに吐き出した。</p>
<p>「手の掛からない槍だと、思っていたんだけどねえ」</p>
<p>　主は、笑っていた。<br />
　その笑顔を見たとき、俺はふと、この人に子どもが居ればこんな顔を向けるのだろうなと、そんな光景が浮かんで消えた。</p>
<p>「その子の年季はあとどのくらいなんだい」</p>
<p>「確か……いや、あんたがそれを聞いてどうする。……まさか、」</p>
<p>「お前の給金だけじゃあ賄えんだろう」</p>
<p>「これは俺の問題だ！　そこまで手を借りるわけには――！」</p>
<p>「妻がね、言っていたんだよ」</p>
<p>「……何を」</p>
<p>『もしこの先、日本号が我が儘を言う日が来たら、絶対に叶えてあげて』</p>
<p>　彼女には。<br />
　もしかしたら、分かっていたのかもしれない。<br />
　俺が何にも執着せず、己を入れず、……審神者から与えられたはずの『心』を、動かすことが無いままこの本丸に在ったことを。</p>
<p>「……感謝する」</p>
<p>「僕ではないよ」</p>
<p>　主の声は、どこか楽しげにも聞こえた。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>五枚目　情動</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e4%ba%94%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e6%83%85%e5%8b%95/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:47:09 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[「……指名中？」 　いつもよりは、やや早い時間。陽が沈み切る前に遊郭を訪れの名を告げると、受付の下男はそう答えた。 「へえ。延長がなけりゃ、あと三十分てとこですが。いかがします」 「……そうだな。近くの店で時間潰してまた...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e4%ba%94%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e6%83%85%e5%8b%95/" title="続きを読む五枚目　情動">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「……指名中？」</p>
<p>　いつもよりは、やや早い時間。陽が沈み切る前に遊郭を訪れ未登録名前の名を告げると、受付の下男はそう答えた。</p>
<p>「へえ。延長がなけりゃ、あと三十分てとこですが。いかがします」</p>
<p>「……そうだな。近くの店で時間潰してまた来る」</p>
<p>「承知しやした」</p>
<p>　未登録名前にはひと言伝えときやす、と男が頭を下げるのを見て、俺はくるりと踵を返した。</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　馴染みの蕎麦屋に顔を出し、まばらな客の合間を縫って奥の座敷へと上がった。蕎麦屋ではあるが酒も多く取り揃え、かつ一品料理の出来も良い。ひとまず冷酒と漬物、それから野菜天などを追加すると、運ばれてきた酒を呑んでひと息ついた。<br />
　主と交わした約束は、実に簡素なものだった。『これからは門限をきちんと守ること』。ただ、それだけ。しかし言外には「遊郭の女にこれ以上入れ込むな」という意思表示が認められた。<br />
　分かっている。あの長義のように政府所属であるならいざ知らず、本丸所属の男士が遊郭の女と連れ添うなどとは不可能であると。<br />
　頭では、分かっている。<br />
　だのに『心』というものが、それらを強く否定するのだ。<br />
　冷酒を煽り、嚥下する。なぜ俺がこれほどまでに――そんなこと、最早考えるのも意味がない。この胸のうちを巣食う想いをどうするのか、俺に残された選択肢はそれだけだ。</p>
<p>「相席、いいかね？」</p>
<p>　不意に声をかけられ、顔を上げる。そこにいたのは金髪、の――</p>
<p>「……一文字、則宗？」</p>
<p>　そうだ。俺が二度目に未登録名前に会ったあの日。未登録名前が相手をしていたのは一文字則宗だった。しかも今と同じく、軽装姿、の。<br />
　則宗は俺の返事を待たずして、空いていた目の前の席に腰を落ち着ける。帽子と肩掛けを外して置くと、片肘付いて俺を見据えた。</p>
<p>「お前さんかい？　『物好きの日本号』というのは」</p>
<p>　――その言葉に、どうして平静でいられようか。</p>
<p>「……だったら、なんだって言うんだ」</p>
<p>「まあそう睨むな。そうさな、単なるじじいの好奇心だ。うっはっは」</p>
<p>「……どうやって、ここにいる日本号がその『物好き』だと探り当てた？」</p>
<p>「簡単なことさ。お前さんのことは前から未登録名前に聞いていてなぁ、さっき指名が被ったとのことだから、行きそうな店を聞いたまで」</p>
<p>「そうまでして俺にちょっかいかける意味が分からねえな。まさか、未登録名前を独り占めしたいからもう来るなとでも言うつもりか？」</p>
<p>　軽口の応酬に、緩く苛立ちを覚えた。平素の俺ならどうということはないやり取りだが、未登録名前が絡むとこうも取り乱す。そんな自身にも嫌気が差し、つい語気も強くなった。<br />
　則宗はそんな俺の様子を見て、すうと目を細める。</p>
<p>「そうだ、と言ったら？」</p>
<p>「……っ！！」</p>
<p>「お待たせしましたぁ。野菜天の盛り合わせですぅ」</p>
<p>　思わず、掴みかかりそうになる姿勢が、店員の割り込みでなんとか引っ込んだ。</p>
<p>「おお！　ここの揚げ物は絶品だよなぁ！　お前さん分かってるじゃないか。……ああ、そこの。僕にもこれの……そうだな、冷やでくれ」</p>
<p>「かしこまりましたぁ」</p>
<p>「てめ、なに勝手に……！」</p>
<p>「まぁまぁ良いじゃないか。もちろん勘定は払うぞ？　割り勘で」</p>
<p>「割り……そういう問題じゃねえ！」</p>
<p>「お待たせしましたぁ、冷やですぅ」</p>
<p>「うむ、ありがとう」</p>
<p>「……ちっ」</p>
<p>　すっかり調子を狂わされ、文句を言う気も失せた。空白を埋めるように野菜天に箸をつけると、じゅわりと舌に馴染んだ味が染み渡り、少し頭が落ち着いてくる。</p>
<p>「……で？　なんでいきなりあんなこと言い出した。ただの冗談じゃないだろう」</p>
<p>　今一度、一文字則宗を見据えて話を切り出した。ちゃっかり野菜天を口に運んでいた則宗も一度箸を置き、またにやりと笑ってみせる。</p>
<p>「ああ。僕は未登録名前を身請けしようと考えているんだ」</p>
<p>　時が。<br />
　止まったような気がした。</p>
<p>「僕はな。本丸に所属していたこともあったが、なんやかんやで政府に出戻ってね。それで永年政府所属が決まったわけだが……正直、堪えたさ。この本丸ではどんな物語が見られるのだろうと、そんなふうに夢見ていたものだからなあ……」</p>
<p>　一瞬、則宗の瞳が曇るのを見逃さなかった。見逃せなかった。こいつにはこいつの事情があり、それが深いものであることを悟ってしまった。</p>
<p>「ま、要するにヤケってとこだな。遊びのつもりで、しかし同情よりもただただ聞いていて欲しかった。そんなときに出会ったのが彼女だ」</p>
<p>「……じゃあ、あんたは」</p>
<p>「おっと」</p>
<p>　則宗は、いつの間にやら手にしていた扇子で口元を隠した。</p>
<p>「そいつは違う。彼女は確かに僕を救ってくれた。だが、僕は彼女のことを『そういう意味で』好いている訳じゃない。……お前さんと違ってな」</p>
<p>　血が、まるで煮えるような感覚がする。</p>
<p>「……好きでもない女を娶ろう、っていうのか。あんたは」</p>
<p>「好きは好きだろう。多少形は違えど、愛があるのに変わりはない」</p>
<p>「あいつには言ったのか」</p>
<p>「ああ勿論。僕にそういった感情がないのも含めて、全て話した」</p>
<p>「……返事は」</p>
<p>「少し待ってくれ、だそうだ。ま、それもそうだ。さっき話したばかりだからな。うはは」</p>
<p>「……想い人でもいるんじゃないのか」</p>
<p>「そうかもなぁ」</p>
<p>　俺は、ついに言葉を失った。<br />
　則宗は扇子をくるくると弄び、</p>
<p>「だとして、他にどうしてやれる。まさか、身請けした彼女をその想い人とやらにあてがってやればいいとでも？　どこの本丸の馬の骨ともしれぬ男士に？」</p>
<p>　扇子が空を切り、真一文字を描くようにして鼻先に突きつけられた。</p>
<p>「いいか。僕は僕なりに彼女を愛している。だからこそあの場から連れ出してやりたいとも。……その彼女を、中途半端な想いで付き合ってるお前さんに渡してやる道理はない」</p>
<p>　その言葉に返せるものを、俺は、なにも、持っていなかった。<br />
　政府に所属している『一文字則宗』。であれば、相応の地位を持ち、相応の財産もあるだろう。本丸所属のいち刀剣男士とは、比ぶべくもない程のものを。</p>
<p>「……さて、じじいの注意はこれでお仕舞いだ。僕はお暇するとしよう」</p>
<p>　則宗は先程までの剣呑な雰囲気をすっかり消し、よっこらせと大仰に立ち上がって座敷を下りた。</p>
<p>「ではな。彼女の心づもりが決まるまでの間は、僕はこれ以上なにもしない」</p>
<p>　それはつまり、残された時間を悔いのないように、ということだろう。<br />
　俺は則宗を見送らず、盃に残っていた酒を一気に煽り、そしてようやく、則宗が店の代金をすっかり払っていったことを知ったのだ。</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「……日本号？」</p>
<p>「……よう」</p>
<p>　下男に告げていた時間より少し遅れて部屋へ行くと、未登録名前は慌てて座布団やら猪口やらを用意した。</p>
<p>「いつも時間通りに来るから、びっくりしたわ」</p>
<p>「ああ、悪いな……」</p>
<p>「ううん。嬉しかった」</p>
<p>　そう言って笑う未登録名前を見て、胸の奥がきつく締め付けられる。</p>
<p>「あら、どうしたの？　これ」</p>
<p>「あ？」</p>
<p>　隣り合って座ると、未登録名前の指がそっと俺の左頬に触れた。</p>
<p>「切り傷だわ。戦場のもの？」</p>
<p>「いや、今日は遠征だけで――」</p>
<p>　はたと気づく。傷はおそらく則宗によるものだ。奴に敵意があったかどうかまでは分からないが、もののはずみといったところだろう。<br />
　それをどう誤魔化すかで悩んだ数秒が、未登録名前には伝わってしまったらしい。</p>
<p>「……ごめんね」</p>
<p>　未登録名前の細い指先が、俺の頬をゆったりと撫でる。そういえば、未登録名前が俺に触れるのはこれが初めてだと、思いつく頃には全身が熱を帯びていた。</p>
<p>　心とは。思いとは。こうもままならぬものなのか。<br />
　かつて見届けた審神者も、その妻も、こんな思いを抱えながらあの選択を遂げたというのか。それを俺は、なんと恐ろしい感情で眺めていたのだろう。<br />
　胸が、酷く痛む。<br />
　未登録名前の酌する酒はこんなに苦いものだっただろうか。声は、こんなに苦しいものだったろうか。</p>
<p>　俺は。<br />
　彼女に何をしてやれるというのだろうか。</p>
<div style="height:200px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「……おかえり、日本号」</p>
<p>　結局いつもと同じ時間。本丸の廊下を歩いていると、同じように湯浴みを済ませた主と行きあった。</p>
<p>「……心配しなくても、もうあんなヘマはしねぇよ」</p>
<p>「はは、まだ僕が気にしていると思っているのかい。安心してくれ、お前のことはちゃんと信用してるよ。……でなければ、妻のことを任せてない」</p>
<p>　妻の。<br />
　脳裏に過去の光景が蘇り、知らず奥歯を噛み締めた。</p>
<p>「ところで、それどうしたんだい？」</p>
<p>「ああ、これは――」</p>
<p>　傷のことだろうと思い、自身の頬に手をやり――言葉を失った。</p>
<p>「赤く線になってるが、どこかの審神者に直してもらったのかい？　だとしたら礼を言わないとなぁ」</p>
<p>　傷が、完全に塞がっていた。<br />
　刀剣男士の傷は手入れをしなければ人間の治癒力とそう変わらない。小さな傷とはいえ、審神者の手入れなしにたった数時間で完治するなどあり得ないはずだ。</p>
<p>「……日本号？」</p>
<p>　首を傾げる主の声にはっとする。俺は務めて平静装い、なんでもないと首を振った。</p>
<p>「礼は、俺からしておく。そうさせてくれ」</p>
<p>「……そうか。分かった」</p>
<p>　じゃあおやすみ、と主は自室へと去っていく。</p>
<p>　傷が塞がった理由。考えられるとしたら、ただ一つ。<br />
　「ごめんね」と、俺の頬を撫でた未登録名前の姿を思い出す。自らを『審神者崩れ』と自嘲しながら、男士と関わるこの場所が良いと言っていた彼女のことを。<br />
　あいつにはまだ審神者としての力が残っている。なのに、状況が、環境が、それを許してはくれない。それならば、いっそ。</p>
<p>（あいつの元にいたほうが、未登録名前は、苦しまずに済むのか）</p>
<p>　いよいよ決断をするべきだ。<br />
　俺が始めたこの物語を、どう終わらせるのか。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>四枚目　過夢</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:30:39 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　あれは、よく晴れた冬の日だった。俺は一人分の膳を運びながら、午後に残ってしまった雪かきのことを考えていた。御手杵や蜻蛉切は遠征に出てしまっており、薙刀連中は屋根の雪下ろし、残った太刀や打刀もそれぞれの持ち場を右往左往し...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e5%9b%9b%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e9%81%8e%e5%a4%a2/" title="続きを読む四枚目　過夢">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　あれは、よく晴れた冬の日だった。俺は一人分の膳を運びながら、午後に残ってしまった雪かきのことを考えていた。御手杵や蜻蛉切は遠征に出てしまっており、薙刀連中は屋根の雪下ろし、残った太刀や打刀もそれぞれの持ち場を右往左往していた。これでも所帯が増えたのは幸いなことで、この本丸の発足当初、それはそれは苦労したものだ。<br />
　よその本丸に比べ俺の顕現は早いほうだった。数少ない槍とあって出陣や遠征はもちろん、近侍を長く勤めたこともある。だからこそ、主はこの役目を俺に任せていたのだろうと思っていた。<br />
　一度膳を置いて襖を開けると、部屋の主は布団から上体を起こして外を眺めていた。</p>
<p>「なんだ、起きてたのか。黙って開けちまって悪かったな」</p>
<p>「いいのよ、気にしないで。ありがとうね」</p>
<p>「今日は調子がよさそうだな」</p>
<p>「ええ。さっき短刀の子たちが雪遊びしてる声も聞いたわ」</p>
<p>「……そりゃ叱る案件だな。あいつら今日は畑っつったのに」</p>
<p>「ふふ、こんなに雪が降るのなんて久しぶりだから、みんな嬉しいのよ」</p>
<p>　だからあんまり怒らないであげてねと、彼女はゆったりと口角を持ち上げる。年齢相応に刻まれた皺が、彼女の表情をより柔らかいものにしていた。<br />
　この本丸は夫婦で発足したものだった。と言っても審神者であるのは夫のほうで、妻は子どもがいないこともあって共に本丸で暮らすことを選んだ。政府も血縁者や扶養家族であれば住み込みを許可しており、そのようにして本丸に家族を招く審神者も少なくない。この本丸もそのうち一つだった。<br />
　順調な暮らしだった。夫の霊力は遅咲きではあったが確かな素質があり、就任以降目覚ましい活躍が続いていた。妻は多忙な夫に代わり本丸の内側を、男士たちの母のような立ち位置で取りまとめていた。そんな二人を男士たちも甚（いた）く尊敬しており、二人も男士たちに深い愛情を注いでくれていた。<br />
　一変したのは、妻が病に倒れてからだ。<br />
　暮らしに問題があったわけでも、本丸の霊力に耐えられなかったわけでもない。現世で生きている人間と、なにも変わらない確率で、たまたまその病にかかってしまった。<br />
　ただ、それだけだった。</p>
<p>「僕は、君に生きていて欲しい。少しでも長く」</p>
<p>　審神者は妻の、すっかり痩せ細った手を両手で握りながら、震える声で懇願した。</p>
<p>「いいえ、私はここに残るわ。最期はあなたたちに看取られたいから」</p>
<p>「病院にいればもっと良い治療法が見つかるかも知れないのに」</p>
<p>「でも私、ここから離れたらきっと心が耐えられないわ。だから、お願い。側にいさせて」</p>
<p>　ついに審神者は泣き出した。温厚で、滅多に感情を揺らがせない審神者があんなに涙を流したのは、これが最初で最後だった。</p>
<p>『これは午睡のようなものです。私はあなたより先に長い午睡につくけれど、どうか悲しまないでください。あなたはあなたの生を全うして、それから会いに来てくださいね。待っています。』</p>
<p>　式で読み上げられたその遺書に、男士たちはみな涙を流した。泣いていなかったのは審神者と……俺くらいなものだっただろう。<br />
　覚悟をしていたとか、諦めていたとか、そんな清らかな感情ではない。人ひとりが生きて、そして死んだ。俺にとってはそれ以上も以下もなく、ただ、心のどこかでぼんやりと靄がかかったような心地がしたことだけは覚えている。審神者の妻に関する記憶はそれだけで、それすらも年月を追うごとに思い出す時間が減っていった。</p>
<p>　未登録名前に、出会うまでは。</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「日本号」</p>
<p>　名を呼ばれ、主と、極めた初期刀を前に、俺は静かに頭を下げた。<br />
　昨夜の出来事は紛れもない失態だ。この本丸に設けられた最低の門限時刻を過ぎてもなお戻らず、しかもその理由が――主には御見通しだったからだ。</p>
<p>「僕は言ったね。深酒にならないように、と」</p>
<p>「……ああ」</p>
<p>「それでも尚、入れ込むものがあったのかい」</p>
<p>「……」</p>
<p>　咄嗟に、答えられなかった。沈黙は肯定と同義であると頭では分かっていたものの、言葉が、出てこなかったのだ。<br />
　しばしの沈黙ののちに、大きくため息を吐いたのは山姥切だった。</p>
<p>「あんたに限っては、そんな過ちを犯すようには思えなかったんだがな。ここにきて一体何があったんだ」</p>
<p>「……」</p>
<p>「どうしても答えられないか」</p>
<p>　山姥切の目つきが険しくなる。それを、主の手が柔らかく制した。</p>
<p>「まぁ、まだ一度目だ。そう目くじら立てるもんじゃない」</p>
<p>「されど一度目、だ。常日頃から酒に呑まれるなと言っておきながら、これは――」</p>
<p>「山姥切」</p>
<p>　ピシャリと、主の声が戦を指揮する時のような声音に変わった。さしもの山姥切もこれには瞠目し、背筋を正す。</p>
<p>「そろそろ遠征の部隊が帰ってくる頃合いだ。出迎えてやってくれないか」</p>
<p>　一転して、主はにこやかに笑いかけた。山姥切は何かを言おうと口を開き――ぐっと堪え、分かったと言って部屋を出て行った。しっかりと、俺のほうを睨め付けながら。</p>
<p>「……極めてから自信がついたのはいいものの、ちと自分にも他人にも厳しいな。遅れた分を取り戻そうと頑張ってるのは分かるけどね」</p>
<p>　遅れた分、とは、まだ初であった頃の話だろう。写しである自分の身を蔑み、初期刀でありながら主とその妻に迷惑をかけたと――山姥切は今でもその思いが消えないでいる。</p>
<p>「修行も、妻が逝ってしまった後だったからね。妻に返せなかった分を今返そうと躍起になってるフシがある。お前もその辺りを汲んでくれるね？」</p>
<p>「……ああ、勿論」</p>
<p>「なら良い。さ、少し姿勢を楽にしてくれ。そして聞かせてくれないか」</p>
<p>　お前が今何を考えているかを。<br />
　促され、俺は洗いざらい話した。何気なく足を運んだ遊郭で出会った、ある一人の女の話を――</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
		<post-id xmlns="com-wordpress:feed-additions:1">1638</post-id>	</item>
		<item>
		<title>三枚目　篝火</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:29:15 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　何度目かの夜だった。 　その日郭を訪れると、店が何やら騒がしい様子を見せていた。なにか問題でも起きたのかと思ったが、平素より豪奢な郭がより一層煌びやかに彩られているのに気づいた。何某かの祝い事だろうと思いながら受付を済...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e4%b8%89%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e7%af%9d%e7%81%ab/" title="続きを読む三枚目　篝火">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　何度目かの夜だった。<br />
　その日郭を訪れると、店が何やら騒がしい様子を見せていた。なにか問題でも起きたのかと思ったが、平素より豪奢な郭がより一層煌びやかに彩られているのに気づいた。何某かの祝い事だろうと思いながら受付を済ませると、いつものように未登録名前のいる部屋へと案内された。</p>
<p>「今日は随分と騒がしいようだが」</p>
<p>　酌をする未登録名前にそう尋ねると、すぐにええと返事が返って来た。</p>
<p>「今日はね、身請けされる子がいるから」</p>
<p>「へえ。どうりで飾りもんが豪華になってるわけだ」</p>
<p>「身請けは盛大にやればやるほど、その郭の箔がつくからね」</p>
<p>「なるほどな……」</p>
<p>「もうすぐ出てくるわ」</p>
<p>　そう言うと未登録名前は、障子窓を上げて階下を眺めた。それに倣うと、玄関口の広間に人集りが出来ていた。輪の中心にいるのは、あの山姥切長義だった。</p>
<p>「……身請け人って、あいつか？」</p>
<p>　俄には信じがたい光景だった。俺の本丸にも同位体がいるが、政府所属の監査官とあってこういった場所を利用するような性格には到底思えなかったからだ。<br />
　驚き目を見張る俺を見て、未登録名前は薄く笑みを浮かべた。</p>
<p>「そうよ。あの長義、終身政府所属なのだけど、いつだかお偉いさんの護衛でやって来てね。その時指名された子とすっかり仲良くなっちゃって、それからずっと通い詰めていたのよ。健気よね」</p>
<p>「長義らしいと言えば、らしい話だな」</p>
<p>　もう一度、階下の山姥切長義を見る。店の主と何やら話し込んでいる様子で、真剣な――ともすれば、ある種の緊張感のようなものを湛えていた。<br />
　不意に、篠笛の音が鳴った。それはやがて他の楽器とともに風雅な曲となり、階下の人集りが壁沿いに並び始める。山姥切長義は居住まいを正し、大階段に体を向ける。<br />
　大階段から、一人の女がゆっくりと降りてきた。可愛らしいという形容詞が似合うような、まだ少女のようなあどけなさの残る女。明るい化粧を施したその表情は、『幸せ』に溢れていた。<br />
　階段を降り切ると、女は長義の前に立つ。ややあって、長義が女に手を差し出し女はその手をゆっくりと握った。互いに言葉はない。だがその視線は何よりも雄弁にふたりの感情を示していた。</p>
<p>「あの子ね」</p>
<p>　不意に、未登録名前が言う。</p>
<p>「あたしの、唯一と言っていい友達だったのよね」</p>
<p>「……そうなのか？」</p>
<p>「ええ。<ruby><rb>晴</rb><rp>（</rp><rt>はる</rt><rp>）</rp></ruby>と言ってね。あの子も色んな事情があってここに来たのだけど、毎日泣くもんだから身の回りの世話をずいぶんしたわ。それからだんだん仲良くなって……」</p>
<p>　階下に向く未登録名前の目が、すいと細められる。</p>
<p>「良かったなぁ」</p>
<p>　その横顔は、今までに見たどんな女よりも美しい顔をしていた。</p>
<p>「なあ」</p>
<p>　語気が強くなったのは、己の気の所為だっただろうか。</p>
<p>「今日は延長を頼めるか」</p>
<p>　未登録名前はゆっくりこちらを向く。その瞳は丸くなっており、何度も瞬きを繰り返した。</p>
<p>「なんで……？」</p>
<p>　やっとのことで出てきた言葉に、俺は思わず笑ってしまった。</p>
<p>「なんでも何も、ここはそういう場所じゃねえか」</p>
<p>「けど、今まで一度も」</p>
<p>「気まぐれだ。それとも不都合があるかい？」</p>
<p>「……いえ」</p>
<p>「なら決まりだな。追加の酒を頼もうかね」</p>
<p>　しばらく呆然としていた未登録名前だったが、はっとした顔になり慌てて品書きの表を見せて寄越した。俺はその中からなるべく高いものを選ぶと、盃に残っていた酒をぐいと煽った。<br />
　未登録名前は。<br />
　何一つ諦めてはいないと思っていた。煙草もやらず、酒もあまり呑まず、仕方がないと言いながらも時折覗かせるあの瞳の奥にはいつでも意思が宿っていた。<br />
　だが、あの一瞬。階下の後輩を眺める未登録名前の目に浮かんでいた感情を俺は悟ってしまった。</p>
<p>　諦念。</p>
<p>　脳裏に呼び起こされたのはかつての光景。一人の女と男が泣いている姿。それを後ろからただ眺めているだけの俺。<br />
　あの時は、男がなぜそれほどまでに泣くのか、女が涙を堪えて笑っているのか分からなかった。身も心も痩せ細ってなお、二人が最期まで共にあることを選んだ理由が分からなかった。<br />
　だが。今の俺にはよく理解できた。<br />
　言葉などでは言い尽くせない。身体を使っても尚表せるものではない。それは心の内側で最も深い場所にあり、それでいて最も単純なたった一つの思いだった。</p>
<p>　――チリン</p>
<p>　追加の酒もなくなろうという頃合、俺の腕に付けていた鈴が鳴った。<br />
　これは男士がひとりで外出する際には必ずつけろと主から言われている術具のようなもので、揺すっても鳴らないかわりに主からの緊急呼び出しがある時のみ音が鳴るようになっている。つまり、いつもならとっくに帰っているはずの時間になっても帰らないことから、主が俺を呼び出しているのだ。</p>
<p>「ねえ、それ」</p>
<p>　未登録名前が心配そうに俺の顔を覗き込む。緊張が顔に浮かんでしまっていたらしい。俺は努めて笑ってみせた。</p>
<p>「――早く帰れって急かされてるだけだ、心配すんな。悪いが今日はこれまで、だな」</p>
<p>「悪いも何も……」</p>
<p>「さて、帰るとするかね」</p>
<p>　ゆっくりと膝を立ち上げると、未登録名前も慌てたように後に続いた。</p>
<p>　時間が遅いため通用門が閉まっているとのことで、未登録名前は従業員が使う勝手口まで案内してくれた。しかしそこへ行くには一度地下を通る必要があるらしく、いやに遠回りをさせる造りになっている。</p>
<p>「簡単に足抜けできないようになってるのよ」</p>
<p>　地下の仄暗い廊下の中、ごめんなさいねと未登録名前は眉をひそめて俺を見上げた。<br />
　足抜けとは、簡単に言えば遊女の脱走である。遊女とは店に売られてきた女であるため、郭を出るには売られてきた金額分の年数を働き『年季明け』を迎えるか、別の人間に買われて『身請け』してもらうかしか方法がない。その年数や金額は各郭や遊女の地位によるものの、いずれにしろ気の遠くなるような時間が必要なのは確かである。過酷な日々を過ごしていれば、全てを投げ捨てて逃亡したくなる気持ちも理解できるというものだ。その逃亡が、たとえ――命を捨てた先にあったとしても。</p>
<p>「そろそろよ」</p>
<p>　未登録名前が手持ちの灯りを前方に向けると、急な作りの階段の上に一枚の引き戸が見えた。その階段の手前まで来ると、未登録名前はぴたりと足を止める。</p>
<p>「じゃあ、私はこれで。今日は延長してくれてありがとう」</p>
<p>　ちらと足元を見やる。遊女の靴は、ぽっくり下駄と呼ばれる歯のない下駄だ。加えて高さもあり、そう、簡単に――階段さえ上がれない。</p>
<p>「口実だ、つったらどうする」</p>
<p>　背を向けて歩きだそうという彼女に向けて、投げかけた。</p>
<p>「あんたと少しでも長くいるための口実だよ」</p>
<p>　薄い明かりに照らされた彼女の顔は、まるで少女のように目を丸くしていた。階下に投げかけていたあの視線とは違う、それはまるで、初日の夜に見せたあの表情。きっと、これが本当の、</p>
<p>　――リン、リン！</p>
<p>　手首の鈴が、まるで急かすようにまた鳴り出した。俺は内心舌打ちをしながら、階段を登って引き戸に手をかける。</p>
<p>「また今度」</p>
<p>　背中越しに言い放ち、未登録名前の顔を確認する間もなく戸を閉めた。</p>
<div style="height:200px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「――日本号」</p>
<p>　本丸へ戻ると、玄関口で主が立っていた。その傍らには初期刀であり、この本丸で最初に極めた刀でもある山姥切国広も控えている。</p>
<p>「僕が何を言いたいか分かるね」</p>
<p>　両者とも面持ちは険しく、山姥切に至っては睨みつけているような目つきでさえいた。……そう思われても仕方がない。俺のやっていることは、とっくの昔に筒抜けだったのだ。<br />
　主に嘘はつけない。<br />
　俺は今日この日、その言葉をひしひしとその身に感じることとなった。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>二枚目　昏迷</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e4%ba%8c%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e6%98%8f%e8%bf%b7/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:27:25 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　それっきり、本当に利用する気はなかった。個体差なのか『日本号』の気質かどうかは分からないが俺は元々そういった方面の欲が薄く、花街自体も顕現したばかりの頃に何度か行ったきりで随分と無沙汰だった。だというのに、何故あの時は...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e4%ba%8c%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e6%98%8f%e8%bf%b7/" title="続きを読む二枚目　昏迷">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　それっきり、本当に利用する気はなかった。個体差なのか『日本号』の気質かどうかは分からないが俺は元々そういった方面の欲が薄く、花街自体も顕現したばかりの頃に何度か行ったきりで随分と無沙汰だった。だというのに、何故あの時は訪れたのかというと……単純に、偶には違う酒が呑みたいと思ったからだ。万屋街にある居酒屋は大体廻ったし、かといって遠征や出陣ついでに酒屋へ、なんて暇はそうそうない。で、普段は行かない花街でなら違った酒が呑めるかなと踏んだわけだ。結局は万屋街と同じ空間――現世と幽世のはざまに位置するものだから並んでるものは殆ど同じだったが。<br />
　そんな理由だったものだから、花街に行くことはあってもあの遊郭には行くまいと、そう思っていた。<br />
　はず、だった。<br />
　場所柄、酒屋と花街への入り口は近くにある。そういった連中が集まりやすいから客寄せするには妥当だな。だからこそ、馴染みの酒屋へ寄った折にそれを見かけることになってしまった。<br />
　未登録名前だ。客らしい金髪の男と連れ立って、花街の入り口に立っている。男とは親しげに会話している様子で、しばらくしてのち手を振って別れた。二人とも、笑っていた。</p>
<p>「よう。しばらくぶりだな」</p>
<p>　俺が声をかけると、未登録名前はぎょっとして目を丸くしていた。</p>
<p>「えっと……あなたは……」</p>
<p>　そうだ、審神者でない一般人では本丸ごとの男士の見分けができない。当たり前の出来事が、この時ばかりは何故か無性に腹が立った。</p>
<p>「また、酒を呑ませてくれるかい」</p>
<p>　そんな感情を押し殺し、以前と変わらぬ態度を装うと、未登録名前はようやく合点がいったように「あ」と声を上げた。</p>
<p>「もの好きの日本号だわ」</p>
<p>「そりゃ随分な覚えようだな」</p>
<p>「だってそうとしか言いようがないもの。あたしたちからはどこの本丸のものかって聞いちゃいけないのよ」</p>
<p>「へえ、そんな決まりがあったのか」</p>
<p>「そうよ。だからあなたも、覚えて欲しいなら目印でも付けてきて」</p>
<p>「目印、ねえ……必要なほど『日本号』には指名されるのかい？」</p>
<p>「……いいえ。あなたしか」</p>
<p>「なら要らねえな」</p>
<p>「でっ、でも！　他の子のお客様かもしれないし――ちょっと、話聞いてるの！？」</p>
<p>「ああ。あんたを指名した後でたんと聞いてやるよ」</p>
<p>　この日はまだ酒を入れていない。だというのに、俺の心持はすっかり上向いていた。</p>
<p>「本当に……勝手な槍」</p>
<p>　初めて会った時と同じ言葉を、同じ表情で未登録名前は言った。<br />
　もうあの遊郭には行くまいと立てた誓いも、先ほど男と連れ立つ未登録名前を見たときの感情も。信乃を見ていたら何もかもがほどけて消えていくような気がした。</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　未登録名前が勤める遊郭――<ruby><rb>安寂楼</rb><rp>（</rp><rt>あんじゃくろう</rt><rp>）</rp></ruby>は、かつての安土城天主を模した作りの<ruby><rb>郭</rb><rp>（</rp><rt>くるわ</rt><rp>）</rp></ruby>だ。玄関口をくぐると吹き抜けの広間に出、受付を済ませれば正面の大階段から左右に伸びる廊下を経て各部屋へと案内される。吹き抜けの天井は天蓋のように豪奢な照明器具が吊るされており、各部屋の窓からそれを臨める構造になっている。聞けばこの遊郭の名物であるという。</p>
<p>「遊郭の主人が派手好きでね。見た目にはとにかく拘ったみたい」</p>
<p>　正直悪趣味よね、と未登録名前が笑う。</p>
<p>「へえ……こんな所に毎日居たら感覚狂いそうだな」</p>
<p>「あたしも同感」</p>
<p>　そんな他愛無いやり取りを交わしながら、互いに盃を傾けた。今日の酒は、まろやかな口当たりがした。</p>
<p>「なあ」</p>
<p>　その心地よい感覚に当てられたのかもしれない。</p>
<p>「なあに？」</p>
<p>「あんた、なんで遊女になったんだ？」</p>
<p>　答え難いなら無理には聞かないが、と付け足すも、未登録名前は思いの外さらりと言う。</p>
<p>「よく聞かれることだから、構わないわ。――あたしはね、審神者崩れってやつなのよ」</p>
<p>　未登録名前は語る。<br />
　物心つく頃には母親しかおらず、その母も学生時代に亡くなったこと。金に苦労し、地を這うような生活をしていたこと。そんな折に審神者の適性ありとのことで養成校に入ったものの、登用試験で不合格になり、残ったのは学費と生活費のために借りた多額の借金だけだということを。</p>
<p>「他の道を選んでいる余裕なんかなかったわ。特別な力があるでもない、特段頭が良いわけでもない。あたしができるのは、このくらいよ」</p>
<p>「適性は、あったんだろ？　試験を受け直すとか」</p>
<p>「それこそ無理よ。先立つものがないんだもの」</p>
<p>「……遣る瀬がねえとはこのことか」</p>
<p>「あら、憐れんでくれるの。優しいのね」</p>
<p>「いや、……」</p>
<p>「いいの。男士と触れ合えるこの場所は、嫌いじゃないから」</p>
<p>「そうかい……」</p>
<p>　ぐ、と盃を傾ける。空になったそれに気付いた未登録名前は何も言わずに徳利を差し出した。注がれている間ちらりと彼女の盃を見たが、まだ半分も呑んでいないようだった。</p>
<p>「あたしにはこれしかなかった。それだけのお話よ」</p>
<p>　そう言って、未登録名前は『正しい遊女の顔』をして笑っていた。</p>
<div style="height:200px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　この日もまた、特に延長などせず時間きっかりに遊郭を出た。それでも帰りは遅くなるので、翌日は寝坊し主に「また呑み過ぎかい」なんて笑われた。<br />
　これはまずいと、自分でも分かっていた。<br />
　なのにまるで坂道を転がっている。初めて張見世で未登録名前を見たときの感覚が、自分の中で確かに名前が付いたのを自覚してしまった。<br />
　恋は病と誰が言ったか。実際はそんなに甘いものではない。まるで体の内側を、得体の知れない何かが締め付けてくるようだ。考えまいとすればするほどそれは色濃く脳裏に描かれ、忘れたくとも忘れられない。知らなければよかった。あんな気まぐれを起こさなければ、こんな思いをすることはなかった。<br />
　本丸所属の刀剣男士が、遊郭の女に惚れたとて、その先に幸せな結末などあるはずがない。<br />
　こんなものは、いわば終わりの始まりだ。どこかでこの物語は、終わらせなければいけない。俺が始めてしまったこの物語を。<br />
　だが。俺は未登録名前の部屋と盃を見て、気が付いたんだ。<br />
　信乃の部屋は、煙草や酒の匂いが薄い。彼女自身も酒の進みが遅かった。そしてなにより、全てを投げ出したような言葉を繰りながらもあの横顔は、何一つ諦めてはいなかった。</p>
<p>　俺はあの横顔に、どうしようもなく惹かれてしまっているのだ。</p>
<p>　――気づいたところでもう遅い。<br />
　この胸の内に巣くった感情は、とっくに焼き付いて剥がれない。</p>
<p>　鮮烈で、残酷な、『愛おしい』という感情が。</p>
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		<title>一枚目　忘失</title>
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		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:25:30 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　初めは単なる好奇心だった、と言ったら、あんたは怒るかな。それとも笑うか。今となっちゃ、確かめる意味はないんだが。それでも俺はあんたの横顔を見た時からずっと気になっていたんだよ。張見世の格子窓、そこから悩ましげな視線を送...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e4%b8%80%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e5%bf%98%e5%a4%b1/" title="続きを読む一枚目　忘失">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　初めは単なる好奇心だった、と言ったら、あんたは怒るかな。それとも笑うか。今となっちゃ、確かめる意味はないんだが。それでも俺はあんたの横顔を見た時からずっと気になっていたんだよ。張見世の格子窓、そこから悩ましげな視線を送る女たちの中にあんたはいなかった。座敷の奥で一人だけ、外方を向いて気怠げに頬杖を付いていた。そう、その時の横顔だ。だから俺はあんたを指名した。</p>
<p>「もの好きね。あたしを指名するなんて」</p>
<p>　未登録名前、と名乗った。遊女としては些か歳が過ぎているのだろうが、艶のある口調と所作は熟れた女の色香を纏っていた。確かに女の言うとおり、その手の好事家ならば喜んで手を出すだろう容貌をしていた。だが、俺は見目であんたを選んだんじゃない。</p>
<p>「あんたこそ張見世であんな態度取ってて、遣手婆に文句言われねぇのか？」</p>
<p>　未登録名前は俺の手に収まった猪口に酌をしながら、ふふふと笑った。</p>
<p>「言われ慣れたわ。あたしにやる気がないのはもう嫌というほど分かっているのだし、今更よ」</p>
<p>「おいおい、客を相手にやる気がないとか言うなよ」</p>
<p>「あら、あなたもそれを分かって指名したのではないの？」</p>
<p>「……こりゃとんだくせ者だな」</p>
<p>　注がれた酒を一口舐める。口当たりは甘いのに、残る後味がぴりりと辛い。まるでこいつみたいだな、と、その時は思った。</p>
<p>「それで、」</p>
<p>　未登録名前が俺の膝に手を乗せた。</p>
<p>「あなたは何が望みなの」</p>
<p>　眦に引かれた薄紅が、揺らめく行燈の光に照らされる。薄暗いはずの部屋は、そこだけが妙に明るく感ぜられた。<br />
　俺は未登録名前の目をじっと見た。横顔ではなく、正面から見た未登録名前は、正しく遊女のそれだった。男を誘う緩やかな唇。着崩した胸元。少しずつ太ももを這う指先。――俺はもう気付いていたのかもしれない。</p>
<p>「あんたと酒が呑みたい」</p>
<p>　ぽかん、と。<br />
　艶やかだった表情が瞬く間に気の抜けたものになる。</p>
<p>「は……ええ？」</p>
<p>「なんだ？　何か問題あんのか」</p>
<p>「いや……ない、けど……」</p>
<p>「けど、なんだよ」</p>
<p>「……そういうことするために、来たんじゃないの？」</p>
<p>「あー、まぁな。だが気が変わった」</p>
<p>「ええ……」</p>
<p>「俺はあんたの時間を買ったんだ。代金だって前払いしてる。なら、買った時間をどう使うかは俺次第だろ？」</p>
<p>　そう言って聞かせると、未登録名前はそれでもなお不可解というように顔を顰めた。</p>
<p>「へんな人……」</p>
<p>「あんたに言われたかねぇな。あと俺ぁ槍だぜ」</p>
<p>「揚げ足取り……」</p>
<p>「んだとぉ？」</p>
<p>「うひゃあ！」</p>
<p>　がしり、とその肩に腕を回した。抱き寄せるような優しいものではなく、野郎を担ぐときのような荒々しさで。</p>
<p>「遊女ってからにはそれなりに呑めるんだろう？　ならとことん付き合ってもらおうか」</p>
<p>「はぁ……勝手ねえ、この槍は」</p>
<p>　そう言うと未登録名前は俺の腕を鬱陶しそうに払い、自分の猪口を持ち出して銚子を傾ける。</p>
<p>「言やぁ注いでやるのによ」</p>
<p>「客に酌させるほど遊女辞めてないわよ」</p>
<p>「はは、そうかい」</p>
<p>「全く……」</p>
<p>　これ見よがしにため息をついてはいるが、未登録名前の顔が微かに緩んだのを見逃さなかった。俺が刹那に心惹かれた、あの横顔と同じ表情だ。</p>
<p>　ああ、そうだな。俺はあんたに惹かれていたんだろう。あの横顔を見た時からな。信じられねぇか？　日ノ本一たるこの槍が、たかだか遊女に一目惚れ、だとは。まぁ正直、俺も未だに実感はないがね。――いや、好きかどうかじゃない。あんたを一目見たときのあの感覚を、一目惚れなんていう俗っぽい言葉で片付けていいものかどうかだよ。あれはもっと……そうだな。今なら言えるが、運命だとか縁だとか、俺の中ではもっと重たいものだった。そのくらいの衝撃があったってことだ。……それにもっと早く気づいてやれれば良かったな。</p>
<p>　それから俺たちは他愛無いやり取りをして、時間きっかりに店を出た。不思議な心地だったのを覚えている。本丸の奴らと宴会で呑む酒とも、万屋街にある馴染みの居酒屋で呑む酒とも違う。これはきっとあんたと呑む酒でしか味わえない心地なんだろう、そう思うと、次の休暇はいつだったかを自然と考えていた。<br />
　本丸に帰り着くと、だいぶ遅い時間の帰りだった。短刀のちびたちや就寝の早いものはもう寝付いているのだろう、玄関口をくぐっても辺りはしんと静まっている。なんとなく後ろめたさを覚え、そっと履き物を脱いでいつもより静かに廊下を進んだ。</p>
<p>「おや」</p>
<p>　ひたり、と足が止まった。後ろから声をかけてきたのはこの本丸の主だった。湯浴みの帰りか、浴衣姿で肩にバスタオルを掛けている。</p>
<p>「遅かったね。今日はそんなに遠くまで飲み歩いていたのかい」</p>
<p>　そう言って主はニコニコと笑う。還暦を幾つか過ぎた男だが、年寄りにありがちな横柄さは見えず誰にも分け隔てなく接する。しかし戦とあらば武人然とした姿勢で部隊を指揮する貫禄も持ち合わせ、そんな主を本丸の誰もが敬愛していた。無論のこと、俺もだ。この男は主と仰ぐに充分な力量を持っている。</p>
<p>「あー、ちょいとな。美味い酒があったもんだからつい呑み過ぎた」</p>
<p>「うん？　お前が『呑み過ぎた』なんて言うとは、珍しいこともあるもんだ」</p>
<p>「……まぁ、そんな日もあらぁな」</p>
<p>　主は、人をよく見ている。生来の気質か齢を重ねた経験からか、とかく他者の機微に聡く鋭い。主の前で嘘はつけない――そう言ったのは鶴丸だ。あの鶴丸国永にそこまで言わせるくらいの主だ、この時点で俺の様子が違うことに気付いていたのかも知れない。</p>
<p>「そうかい。まぁ、深酒にならないようにな」</p>
<p>　それ以上追及されることはなく、主はからりと笑って自室へ向かった。その後ろ姿を見送って、ようやく自分が息を詰めていたことに気付いた。ふうと息を吐き出すと、先程までの不思議な――浮かれた心地から、両足が地面に降り立ったのを感じた。<br />
　あれは一期の夢だった。何の変哲もない日常に少しだけ与えられた非日常。俺の本分はこの本丸にあり、この身は主のために振るうべきものだ。だからあちらに囚われることなどあってはならない。俺はどこまでも『刀剣男士』なのだから。もうあの遊郭には行くまい――そう心に決めた。</p>
<p>　なのに頭から離れないんだ。あんたの横顔が、声が。ずっと、ずっと。</p>
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