DbD短編

劇場版Dead by Daylight -月下の遺訓-

 どんなに大きな満月であろうと、その森の霧を晴らすことはできなかった。深く横たわる霧は夜風に乗って生き物のように周辺を彷徨い、蠢くように地面を撫でる。 はあ、ひ、はっ、 その中に、人間の息遣いが混じる。荒く不規則、足音は重く、森の隙間を走り…

この気持ちに名前を付ける

「……っぐ、」 喉を掴まれ息が止まる。そのまま壁に押し付けられて足が浮いた。懇願するように腕を叩くも、相手――シェイプはほんの少し首を傾げるだけで、全く気に留めていないようだった。 今日のシェイプの動きは執拗そのものだった。他のサバイバーに…

かき乱してくれるな

 生存者がエンティティに捧げられるのを見送ると、俺はぐるりと周囲を見渡す。これで残りはあと一人。発電機が2台直っているのでハッチは開いているはずだが……。 最後の一人は腕が立つだろう。途中で一度見かけて追いかけたが、建物を行き来して足跡を散…

悲哀の鐘は鳴り止まぬ

 ぐちゃ、と錆びた鉄が体を突き抜ける。痛みに顔を歪める暇もなく、振り下ろされた蜘蛛の脚に必死に抵抗する。どうやら私が最後の生存者だったらしく、目の前のローブ姿の男はもがき続ける私をじっと見つめていた。 何回目かすら忘れるほどに過ごした霧の森…

終局の果

 ガツン。 ハッチの蓋を蹴り閉めると、地面に亀裂が走り燃えるような光を伴って儀式場に広がっていった。唯一の希望を封じられた女の表情からみるみる血の気が失せていく。それでもまだ逃げられると思っているのか、じりじりと少しずつ後ずさっていくのが滑…

In the Air

 屍肉をついばむカラス。散乱する死体。古ぼけたピアノ。 あらゆるものが乾ききった酒場。そこで培った記憶も、思いも、荒野のかなたに消えた。ここで得た明るい記憶と言えば父親に機械の扱いを教わっていた時ぐらいなものだ。今ではそれも朧げにしか思い出…

甘い懺悔

 カツン、カツン なにか、硬いものがぶつかる音がする。小さく、不規則ながらも断続的に聞こえてくる。 ぼんやりする頭でゆっくりまぶたを持ち上げて、飛び込んできた光景に目を見開いた。 異様な部屋だった。まるで刑務所の中のように狭く、薄暗い。明か…

ガラス玉の昨日

 ゲートが閉じる。最後の1人の背中を見送っていると、にわかに周囲から霧が引いていった。 まるで、用済みだと、言われている気がした。 ひと気のなくなったガス・ヘヴンに、再び静けさが戻る。あれほどいたカラスもいつの間にか姿を消して、音といえば僅…

呼ばない声

 背中が、ぐうと熱くなった。次にやってきたのは鋭い痛みと、倒れたときの衝撃。はくはくと息を吐き、泥の匂いと鉄の匂いをいっぺんに吸い込んだ。冷たい。雪の冷たさで体が冷え、徐々に感覚が麻痺してくる。それなのに汗が止まらず、熱が出たように意識が揺…

夜風

 ぱちん。 焚き火の枝が弾ける音に肩が跳ねた。未だに慣れない。繰り返される理不尽な「儀式」で、些細な音でも過剰反応するほどに私の精神はすり減ってしまった。 カラスの羽撃きも、枯れ葉が落ちる音でも、風で草むらが揺れる音も。その音の向こう側に、…

不透明のおばけ

 いつものように入念な計画を経て、狙いの家に住む人間を殺した。理由は大したものじゃない。ただ目について、それで殺しやすそうだったから。それだけだ。 身寄りのない中年の夫婦だったので殺すのは簡単だった。だが直前に予想外の反撃をくらい、腕に深い…

よみがえるゆうれい

「これで12回めなんだよ」 エンティティの足が振り下ろされる瞬間に、は僕に笑いかけた。そのときは、僕にはが何を指しているのか分からなかった。 上司を殺して、エンティティに言われるがまま霧の森の殺人鬼になって、僕はやっと安心できた。ほどよく殺…