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	<title>文章 &#8211; 揺れる</title>
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	<title>文章 &#8211; 揺れる</title>
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		<title>午前6時のシンデレラ</title>
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		<pubDate>Mon, 05 Jan 2026 06:25:20 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[好きなひと夢にみる　／ほのぼの]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">　ぶわ、と顔があつくなる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「、ごめん」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そう言って私は、目の前でぽかんとしている長曽祢さんに背を向けて、足早にその場を去った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　秘めておくつもりだった。<br>　誰にも言うつもりもなかった。<br>　ずっとずっと胸の奥底で、大事に仕舞っておくつもりだった。<br>　<br>　どうして言ってしまったんだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　夢を見た。恋焦がれているあのひとが、私に向かって『好きだ』と言ってくれた。嬉しくて、嬉しすぎて涙が出てきたのをあのひとは優しく拭ってくれた。長曽祢さん。うちの本丸に顕現してから、初めて見たときから、今でもずっと好きなひと。<br>　幸せな夢だった。だけど同時に、ひどい罪悪感も覚えた。あっちは私のことを主としてしか見ていない。そもそもそんなに接点もない。当たり前だ、部下への恋心なんて迷惑でしかないから自分から遠ざけた。<br>　なのにどうして、ああ、今日に限って。<br>　目が覚めて、幸福を噛み締めて、部屋を出たら長曽祢さんに会って。まだ寝ぼけてたに違いない、「好き、私も」なんて。<br>　彼の顔を見ただろう。いきなりそんなことを言われて、唖然としていた。金色の瞳が見開かれ、真っ直ぐ私を射抜くみたいに。<br>　どうしよう、どうしよう！<br>　がむしゃらに歩き続けた先は廊下の行き止まり。納戸がひとつあるだけだ。いっそここに閉じこもってしまおうか、そんなことさえ考えながら納戸に手を付いて深くため息を吐いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「待ってくれ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　頭上から降ってくるのは。いつも遠くで聞いていたあの声。凛々しくて、でも優しくもあって。やんちゃな弟も血気の多い新選組も、ひと声でおさまってしまうほど、落ち着いた声。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……まさかと思うが、ここに隠れる気じゃないよな」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　とん、と納戸にかかる手がもう一つ。私の隣に並ぶそれは、一回りも二回りも大きくて、性別の違いをありありと浮き彫りにした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あ、あの」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……違うよな？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　どうしてだろう。<br>　いつも凛々しい声が。逞しい腕が。<br>　なんだか弱々しく見える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「か、隠れません」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そう、か」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　やっとの思いで答えると、彼は本当に安堵したように息を吐いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「隠れないなら、聞いてくれるか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　心臓が跳ねる。断罪される囚人のような心地になり、ぎゅっと目を閉じた。<br>　――そのとき私の手の上から、ひどく熱いものがそうっと重なった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「好き、というのは。おれが想像しているもので間違いないだろうか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ひどく熱くて、それでいて、少し震えていた。<br>　ゆっくりと目を開けて、それから長曽祢さんを見上げた。彼は、まるで迷子の子どものように眉を寄せて、今にも泣き出しそうにも見えた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……長曽祢さんが想像してる、って、どういう『好き』ですか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ほんの少し。ほんの少しだけ、踏み込んでも許される気がして。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……あんたは存外、意地が悪いんだな」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　手をついていないほうの手で、長曽祢さんは後ろ頭をがりがりとかく。気まずそうにしている様子が、さっきの私と逆になっていて、なんだかおかしくなる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そういう長曽祢さんは、少し子どもっぽいです」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……こういうおれは、嫌いか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私はついに耐えきれず、ふふっと笑ってこう言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「好きですよ。ずっと、ずっと前から。私は――」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　夢の続きはもう見ない。ここから先は――</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>計画的昼寝</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e8%a8%88%e7%94%bb%e7%9a%84%e6%98%bc%e5%af%9d/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 18 Jul 2025 11:32:53 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[昼寝は計画的に。 / ほのぼの]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">（……珍しい）</p>



<p class="wp-block-paragraph">　目の前の光景を見て、そんな独り言が頭に浮かんだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ある日の昼下がりのこと。長曽祢さんに用事があったことを思い出し、ひと伝てに長曽祢さんの居場所を聞くと私室にいるとのことだったので呼びかけたのだが返事がなく、そうっと障子を開けたら、そこには座布団を枕に昼寝をしている長曽祢さんがいたのだった。<br>　私から長曽祢さんへの印象としては。<br>　あまり喋らないけど物事を着実にこなし、常に背筋をぴっと伸ばしている隙のないひと。そんなひとが、無防備に、しかも私が声をかけても起きないほど深く眠っているというのだから、本当に珍しいことがあるものだとついしげしげと眺めてしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">（大きいな）</p>



<p class="wp-block-paragraph">　できるだけ足音を殺して、近づいてみる。立っているときも思うことだが、こうして横になっていてもその体格の良さを実感する。<br>　おもむろに、隣に寝転んでみる。自分などすっぽりと包まれそうな体格差だ。まあ、長曽祢さんを前にしたら大体の人はそうなるだろうけど。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ううん」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　それまで仰向けになっていた長曽祢さんが、私のほうを向いた。起きたのか、と思ってびっくりしたが瞼は閉じられたままだったことにほっとする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">（……かっこいいなあ）</p>



<p class="wp-block-paragraph">　正面から見るのは、初めてかもしれない。いつもは見上げてばかりだから。三日月さんや鶴丸さんみたいな美形とはまた違う、偉丈夫とか、凛々しさ、雄々しさといった言葉が似合うひとだと思っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　……だから、密かに、憧れている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　この気持ちは誰にも言っていないし、表に出したこともない、はず。そもそも長曽祢さんとも上司と部下以上の会話をしたことがないし、近侍も任せたことはない。それよりも経歴からして部隊長の方が適任だと思ったのでそのようにして、それをほかの男士に疑問を持たれたこともない。<br>　……もっとも、これは私なりの線引きなのだけれど。<br>　そばにいて、どこかでばれるのが怖いから。<br>　気持ちがばれて、関係が壊れてしまうのが恐ろしいから。<br>　それよりは遠くから眺めて、時々話をするくらいで、私は十分幸せなのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……、」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　不意に。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……！！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　声を出さなかったのは、自分で自分を褒めたいと思った。<br>　長曽祢さんが、私をぎゅっと抱き込んで、そのまま、眠り続けている。<br>　ばくばくと心臓が鳴っている。顔も赤い。誰かに見られたらどうしよう。こんなところ見られたら誤解される。でも振り解いたら起きてしまうかも。そしたらなんて言い訳をすれば。<br>　ぐるぐると頭が混乱し続ける。だけど。</p>



<p class="wp-block-paragraph">（……あったかい）</p>



<p class="wp-block-paragraph">　刀剣男士の本質は、刀である。だけど今はひとの体を持っていて、私たちと同じように、ものを考え、手足を動かし、そして体温を持っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そのことが今、どうしようもなく嬉しい。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　少しだけ、頭を長曽祢さんの胸に傾け、目を閉じる。少しだけ。ほんの少しだけでいい。この幸せな時間を自分だけのものにしたかった。</p>



<div style="height:323px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p class="wp-block-paragraph">「……？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ふと気がつくと、自分の部屋だった。自分の部屋というか、執務室にある仮眠用ベッドというか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">（……夢？）</p>



<p class="wp-block-paragraph">　それは、そうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　あんな自分にとって都合の良い時間が、現実な訳がない。そう思った瞬間がくりと肩が落ち、ため息が溢れた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「主、いるか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　心臓がはねた。長曽祢さんの声がする。　</p>



<p class="wp-block-paragraph">「は、はい。すみません寝てまして」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　どうぞと言って中に入ることを促すと、長曽祢さんはいつものように部屋の入り口あたりで話し始める。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「何度か声をかけたんだが、だいぶ深く寝ていたようだな」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そのようです。お恥ずかしい……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「いや、構わん。もうすぐ夕餉の時間だからな、呼びに来た」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「分かりました。わざわざありがとうございます」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　遠いな、さっきはあんなに近かったのにな。まぁ、それは夢の中の話だけれど。私と長曽祢さんとの距離は、最初から今までずっとこうだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ああ、それと」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「なんですか？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　長曽祢さんは、にやりと口角を上げた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あのとき実は起きていて、あんたをここに運んだのがおれだ、と言ったらあんたはどうする？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「えっ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「先に行っているぞ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「えっまっ待って！　待ってください！！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　慌ててベッドから飛び出して、つんのめりそうになりながらもあの広い背中を追いかける。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ねえ。<br>　もう一度私がこの距離を埋めたら、あなたは振り返ってくれるかな。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>適わぬ恋だった</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 05 Jun 2025 15:50:35 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[だけど心なんてもの、とはついぞ彼は言わなかった。　/ 暗い]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">　叶わぬ恋だと彼が言う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　だというのに、私を見下ろす双眸は今にも泣き出しそうに震えている。押し倒されているこちらが可哀想に思うほど、目の前の膝丸は苦悶の表情に満ちていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「何故」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　低い声だった。怒り、だけれど縋り付くような低い声。私は膝丸のこんな声を知らない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「何故、そんなことができる」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そんなこと、とは」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私には、膝丸が怒っている理由が分からない。<br>　こんなふうに押し倒される理由も、ましてや膝丸が泣きそうになっている理由すらも。<br>　きっと私は呆けた顔をしていることだと思う。膝丸によく注意される、「よそ見をするな、集中しろ」という顔。だけれど膝丸はそんな私を見て、ぐうと喉を鳴らすだけだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「君が、」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　それから、絞り出すような声。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「いや、君は」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　くちびるを噛み締めて、息を吐く。本当に、こんなに『らしくない』膝丸を見るのは初めてだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「君は、兄者が君を好いているのを知っていてそんなことをするのか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　青天の霹靂。<br>　というのは、こういうことを言うんだろうなと思うくらいには余裕があった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「それなのに、何故、他の審神者と婚約など」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　審神者同士の婚約。それは珍しい話ではない、どころか推奨さえされている。<br>　いつまでも終わらない戦争には次なる世代を次々増やさねばならない。その世代は、霊力がふんだんにあるといい。よって政府が組んだお見合いの席や出会い目的のパーティなど、そういった催しは山程ある。そのうちの一人に私がそうなっただけの話だ。<br>　それなのに、は、こちらのセリフだなとも思った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「膝丸はさ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私が声を出すと、膝丸の肩がびくりと跳ねた。怒られているのはどちらだろう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「髭切がかわいそうだっていうの」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　だから叶わぬ恋だと私を非難するのだろうか。しかし膝丸は、ついに私から目を逸らして唇を噛む。まるで、非難されているのは己であるかのようだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「確かに婚姻は人間だけじゃなく刀剣男士も推奨されているけれど」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「推奨などと！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　どん、と彼の手が床を叩いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「まるで道具同士ではないか……人間は、人同士の婚姻とは、愛情があって成り立つものではないのか！？　君はそれを良しとするのか！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　どうして膝丸が怒っているのかが、分からない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「『私たち』は道具と一緒だよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　いくらでも代わりがきく、使い捨ての道具となにも変わらない。<br>　そこに感情なんてものを据え付けられた刀剣男士の方がよほど可哀想だと思った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「それに、髭切は私のことなんとも思ってないよ。私も、話しやすいから話してるだけ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「まさか、そんな」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「膝丸の勘違いだよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そんなはず、」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ねえ、膝丸」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私はそうっと、膝丸の頬に触れた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「どうして膝丸が泣いているの」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ぽた。<br>　ついに溢れた涙は私の頬を伝い落ちる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……君、が」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　今度は言い直すことはしなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「君が、好きだからだ。他の誰でもない、この俺が……君を……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　やがて膝丸は私の肩口に額を埋め、なお止まらない嗚咽を漏らす。<br>　私は、もう膝丸に触れようとは思わなかった。思えなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私は。きっと。<br>　たまたま心を持って生まれただけの道具で、膝丸のように相手を想って泣くことができなかったからだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph"></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>初めましてを始める</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 13 Jan 2025 12:59:28 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[始まりというにはまだ遠い　/ ほのぼの]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">　あの背中に恋をした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　出陣の際、槍を携えてぴんと伸ばした背筋も。朝、眠たげに曲げた猫背も。仲間たちと呑みながら楽しげに揺れる背も。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　気づけば目で追ってしまう。広くて大きくて、頼りになる背中。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ん？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……！！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　肩越しに振り返りそうになった瞬間、わたしは慌てて目を逸らす。どうか気づかれていませんように、と祈りながら日本号さんに背を向けて歩き出した。背中の主は、今日も追ってはこない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　もともと不相応な恋だと分かっていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　相手は日の本一の槍で、正三位の位持ちで、対するわたしは、偶然この職に就いただけのなんの変哲もないただの女。この想いを告げたとて玉砕するのがオチだ。それならば、遠くからその背中を眺めているだけでいい。わたしが恋した、わたしだけの。</p>



<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p class="wp-block-paragraph">「……なんで？？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　夕方、執務室。明日の仕事のまとめに取り掛かろうとしたところで、なんとあの日本号さんがやって来てこう言ったのだ。「俺を近侍にしてくれないか」と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「なんでって……逆に俺が聞きてえな」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　日本号さんは無精髭を撫でさすり、</p>



<p class="wp-block-paragraph">「聞けば、蜻蛉切はまだしも御手杵まで近侍をやったことがあるってのに、俺だけいつまで経ってもその座にありつけないってのはどういうことかね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ぐ、と言葉に詰まる。完全に私情だったからだ。好きで好きでたまらないから、一緒にいたらこの気持ちがばれてしまいそうだったから、今まで言えなかったのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ふ、と嫌な予感が過ぎる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　もしかしたらこの聡明な槍はもうとっくに気づいていて、わたしを真正面から振るためにわざわざ自ら近侍を申し出たのではないか。いや、きっとそうに決まっている。でなくばこの気高い槍が、なんの取り柄もない審神者ごときに、</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あんた、好きなもんはあるか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「へ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ぽろ、と握りしめていたペンが手からこぼれ落ちた。その様子を見て、日本号さんはははっと短く笑い、わたしのそばに座り込んだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「俺はあんたを知らなさすぎる」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　落ちたペンを拾って、</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……ああ、あんたこういう色が好きなのか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　確かに、そのペンは自分で選んだ。数あるカラーバリエーションの中から、これだというものを。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　日本号さんの、鮮やかな瞳のような色。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「俺も好きだぜ。こういう色は」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　かたん、と文机にペンを置いて。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　日本号さんは、聞いたことのない声音で言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「なあ。俺にあんたを教えてくれないか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「な、んで……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　背中を。追っているだけで良かった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　密かに想っているだけで良かった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　なのにどうして。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「なんで、か……なんでだろうな」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　え、と思わず日本号さんを見上げる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　見上げるなんて、座っていてもこんなに距離があるなんて知らなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　日本号さんは、ゆるく目を細めてこう言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「何故だろうな。あんたのことが知りたくてたまらないんだ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　――戸惑い。その瞳に浮かぶ色を見て、わたしは悟った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　このひとは。自分の心を、感情を、持て余している。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「分かりました」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　恐れず、まっすぐに。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　わたしは、そこで初めて日本号さんの目をはっきりと見た。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「明日からしばらく近侍を頼みます。知っていきましょう、お互いのこと」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あ、ああ。いいのか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「いいも何も、あなたが言ったんですよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「てっきり断られるかと思ってな……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「しませんよ。大切な刀剣からのお願いを」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そうか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　気まずそうに頬をかく日本号さんを見て、わたしはまた、知らなかった一面に微笑んだのだった。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>たぬきの遁走</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 05 Dec 2024 12:24:39 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[それはもう見事な勢いで]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">　同田貫正国と喧嘩をした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……いつまで不貞腐れているんだい」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　初期刀兼近侍である歌仙が、机の上に突っ伏したままの私を一瞥してため息まじりに言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「不貞腐れてないし」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そう、別になんとも思ってないのである。たぬきと喧嘩するのはこれが初めてではないし、なんならしょっちゅうだ。だから、別に、なんてことないのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「なら仕事を進められるね。さ、起きて」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……まだそのときじゃない」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「君ね……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　歌仙は呆れ返ったらしく、それ以上何も言わずに自分の仕事に取り掛かった。残された私は一人逡巡する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　今日のだって、悪いのは私じゃない。たぬきだ。せっかく私が、最近出陣続きだったから休ませてあげようと思って部隊から外したのに、たぬきは「余計なことすんな」って怒り始めたのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　不満を言うだけなら、まだ分かる。たぬきは戦が好きで、戦うことが刀の本分だと思ってるから。でも、「余計なこと」ってなにさ。最近のたぬきはほんとうに出ずっぱりで、出陣だけじゃなく遠征も進んで行くものだから、金属に疲労骨折があるみたいにいつか折れるんじゃないか、って、本気で心配したんだ。それを余計なことって怒って、私の――審神者の、気持ち。全然考えてない。私は誰にも折れてほしくないのに！</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ひとつ言うことがあるとすれば」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　それまで黙っていた歌仙が不意に言葉を投げかける。視線はそのまま、でも口調はずいぶん柔らかいように感じた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「君が『たぬき』と呼ぶことを、もう少し深く考えてもいいかもしれないね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「は……？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　どういう意味、と聞き返そうと思ったそのとき、廊下からどたどたと忙しない足音が聞こえてきた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「おいっ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……なに」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　顔をあげなくても誰だか分かる。わざとらしく顔を背けると、そいつはすぱんと障子を開けて苛立たしげに私のそばに寄ってきた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「俺を戦に出せよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……たぬき。何回同じ話すれば気が済むのさ。しばらく休みっつったでしょ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　仕方がないので顔を上げると、さっき言い争ったときと同じ顰め面がそこにあった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「こんなに休んでいられっかよ！　今すぐ出陣させろ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「休むのも仕事のうちだって言った！　働きすぎて倒れられたらこっちが困るの！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「こんな程度で俺が倒れっか！　手前ェの武器も信じられねえのかよ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……信じてないわけじゃない！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　信じてる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　むしろ、信じすぎて涙が出てくるほどに。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「お、おい――」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「何を、そんなに焦ってるの……？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　滲んだ涙を乱暴にぬぐい、思わず立ち上がる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「たぬきに私の気持ちなんかわかんないよ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……ちっ、ああ！　分からねえよ！　俺にゃ女の機微も分からねえし、華々しい見目があるわけでもねえ！　あんたに認めてもらうには、武勲を立てるしかねえんだよ俺には！！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「…………え？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「…………あ、」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ねえ、たぬき今の――って早ぁ！　どこ行くの！！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「うるせーーしらねーー！！　ああーーーー！！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「待ってってばあー！！」</p>



<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p class="wp-block-paragraph">　一振り残された歌仙は主たちの後ろ姿を見送って、小さく笑った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">（『たぬき』ねえ……）</p>



<p class="wp-block-paragraph">　他の刀にそう呼ばれたときの同田貫正国の反応を言って聞かせたら、主はどんな顔をするのだろうと思うと今から心が踊るのだった。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>この後お互い自覚する</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e3%81%93%e3%81%ae%e5%be%8c%e3%81%8a%e4%ba%92%e3%81%84%e8%87%aa%e8%a6%9a%e3%81%99%e3%82%8b/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 21 Jun 2024 11:19:08 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[他の誰でもない、あなたが。／ほのぼの]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　主のことが苦手だった。よく喋り、よく笑い、誰とでも分け隔てなく明るく接するその姿はまるで太陽のようであり、写しという影を背負う俺にとっては焼け付くように眩しかった。<br />
　そんな彼女が、なぜ俺のような刀を初期刀に選んだのかがずっと分からなかった。<br />
　彼女は花が好きだから、風流を愛する歌仙兼定と気が合うだろう。着飾ることも好きだから加州清光とも仲良くなれるだろうし、話好きでよく喋るなら陸奥守吉行とも、美しく輝く太陽ならそれこそ蜂須賀虎徹も。<br />
　考えれば考えるほどに、主が俺を選んだ理由が見当たらない。……尋ねる勇気など、もちろんない。そんな後ろ暗いものを抱えながら、ずるずると月日だけを重ねてきてしまった。</p>
<p>「僕は分かるけどなぁ、兄弟を選んだ理由」</p>
<p>　ぱん、と洗濯物を広げながら堀川国広が言う。兄弟刀の言葉であるのに信じることができず、俺は洗濯籠を抱えたまま動けなくなった。</p>
<p>「……思い違いじゃないのか」</p>
<p>「兄弟が難しく考え過ぎなだけだよ」</p>
<p>　籠を抱えたまま足踏みすらままならない俺とは対照的に、兄弟は手際良く物干しに洗濯物を並べていく。その奥には、やはり手際よく長身を活かして敷布を並べるもう一振りの兄弟が見えた。<br />
　二振りの兄弟は、いつだって前を向いて歩いている。一つの物事に囚われている俺とは、違う。</p>
<p>「あ、主さんだ」</p>
<p>　主、の言葉に身をすくめた。背後からぱたぱたという軽い足音がするが、俺は振り返ることができなかった。</p>
<p>「ふたりともお疲れ様！　まだかかりそう？」</p>
<p>「この籠で終わりですよ。もしかして兄弟に用事ですか？」</p>
<p>「うん！　ちょっとだけいいかな？」</p>
<p>　ひょいと主が顔を覗き込む。反射的に逸らしてしまう自分にまた嫌気がさした。</p>
<p>「……兄弟、あとは頼んでいいか」</p>
<p>「はいはーい！　任せて！」</p>
<p>　兄弟はひょいと籠を受け取ると、さっさとその場を後にしてしまう。いくらなんでも露骨すぎないかと恨めしくもなるが、仕事は仕事だと割り切って、ようやく主に向き合った。</p>
<p>「それで、用事とはなんだ？」</p>
<p>「えっと」</p>
<p>　すると今度は主の視線が下がちになり、なぜか言い淀んでいた。</p>
<p>「どうしたんだ、頼みづらいことか？」</p>
<p>「頼みづらい……と言えば、そうなんだけど」</p>
<p>　これは、おそらく初期刀として長く彼女とともにいるが故に知ったことだ。普段は闊達な主だが、ここぞという時の判断や、誰かに何かを頼むときなどに迷いが出る癖がある。<br />
　俺からすればこの本丸で主の決定に不満を漏らすものなどいないと断じることができるが、彼女にとってはそうではないらしい。そんなときに声をかけられるのは、俺……初期刀だった。</p>
<p>「……この本丸で、あんたに頼まれて困るやつはいない。遠慮せず話せ」</p>
<p>「それは、山姥切も？」</p>
<p>　下がちだった視線が俺に向く。今度は不思議と逸さなかった。</p>
<p>「ああ。あんたの、初期刀だからな」</p>
<p>　写しだとしても。兄弟たちと違っても。初期刀として選ばれた事実は揺るがない。<br />
　その期待を裏切りたくはない。――ああ、そうか。<br />
　俺は彼女が苦手なのではなく、彼女に失望されるのが何よりも恐ろしい。</p>
<p>「……そっか」</p>
<p>　すると彼女はふっと表情を緩め、あのねと切り出した。</p>
<p>「私ね、山姥切のそういうところが好きなんだ」</p>
<p>「……は？」</p>
<p>「ほんとはさ、私、すごい臆病で、人見知りで……でもみんなの主だから、そういうの表に出さないようにしてて。だけど、山姥切はそういうところもひっくるめて見てくれるから、つい緩んじゃうんだ」</p>
<p>　いつもありがとう、と、彼女は笑った。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　この時ようやく、俺は兄弟刀の言葉の意味を理解した。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「……主の背中を押すのは、初期刀の役目だからな。それで？　何か頼みたいことがあるんだろう」</p>
<p>「あ、そだね。えっと……今度の審神者会議で着ていく服を、一緒に買いに行って欲しくて」</p>
<p>「護衛か。分かった」</p>
<p>「それもあるけど、えっと……い、一緒に選んでくれたらいいなって！」</p>
<p>「は！？　お、俺にそんなの期待するな！　女の洒落っ気なんて知るか！」</p>
<p>「でっでも山姥切の好みとか知りたいから」</p>
<p>「は？」</p>
<p>「あ」</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「おお兄弟！　あちらの様子はどうであろうな！」</p>
<p>「当分かかるんじゃない？　兄弟なんて自覚すらしてないもん」</p>
<p>「カッカッカ！　どちらも奥手であるからなぁ！」</p>
<p>「見てるこっちがやきもきしちゃうよね、まったく。……だからこそ、似た者同士なんだろうけど」</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>あとがき</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%8c%e3%81%8d/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:52:17 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[#content {
   padding:20px 0;
   background-color:#070b26;
}

#inner-content {
   padding:18px;
   background-color:#fff;
}]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　ここまでお読みくださって、まことにありがとうございます。<br />
　もしかしたら、読者様のなかには、すでに『違和感』にお気づきの方もいらっしゃるかもしれません。<br />
　最終話の最後の行をよくご覧ください。<br />
　そして、もう一度この長編のタイトルを思い出してください。<br />
　そうです。この物語には、まだ先があるのです。<br />
　ここで終われば、あるいは悲しくも美しい物語として終わることも出来ます。しかし、貴方様がこの先を観測したいとおっしゃるなら、もう少しだけお待ち下さい。</p>
<p>　この物語は、『本』という形になって、初めて『対話』することができます。</p>
<p>　作者にとって、ウェブ上での物語の公開は、作者のひとり語りのような気がしています。しかし、本という形にして、それを受け取る人がいて、そこで初めて交流・対話という形が生まれると思っています。<br />
　この物語を『モノローグ』で終わらせたくないと思ってくださるなら、ぜひとも『ダイアログ』にしていただけたら、と思います。</p>
<p>　本の刊行はまだ未定ですが、筋書きはすでに私の中にあります。<br />
　『ダイアログ』になるまではしばらくかかりますが、それまでお待ちいただけると幸いです。</p>
<p>　それではひとまず、一旦の終わりとさせていただきます。<br />
　ありがとうございました。<br />
　</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>七枚目　傍白</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e4%b8%83%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e5%82%8d%e7%99%bd/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:51:47 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　いらっしゃいませえ、と間延びした声の店員に案内され、奥の座敷席へと足を運ぶ。馴染みの蕎麦屋には既に待ち人が――いや、刀が、こちらに背を向けて座っていた。 「一文字則宗」 　声を掛けても返事はない。 　奴は、最後までこち...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e4%b8%83%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e5%82%8d%e7%99%bd/" title="続きを読む七枚目　傍白">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　いらっしゃいませえ、と間延びした声の店員に案内され、奥の座敷席へと足を運ぶ。馴染みの蕎麦屋には既に待ち人が――いや、刀が、こちらに背を向けて座っていた。</p>
<p>「一文字則宗」</p>
<p>　声を掛けても返事はない。</p>
<p>　奴は、最後までこちらを振り返らなかった。</p>
<div style="height:200px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　何度目になるだろう。このいやに急な階段を踏み、目を灼くような天蓋の下を歩く。回廊を辿り、中ほどまで進むとその部屋はある。掛け札に書かれた名前を見て、俺は一つ息をついて障子戸を開けた。<br />
　未登録名前は、相変わらず気だるげな表情で階下を眺めている。</p>
<p>「よう」</p>
<p>　勤めて、明るく。俺は未登録名前のそばに寄る。</p>
<p>「……また、来たの」</p>
<p>　その言い草はまるで通い始めの頃のようだと思い、俺は小さく吹き出した。</p>
<p>「なにを笑っているのよ」</p>
<p>　当然面白くないだろう未登録名前は、ようやく俺に視線を向ける。本当に、会ったばかりの頃のような態度だ。……それが、彼女なりの『線引き』であるのは承知の上だった。</p>
<p>「いや、なに。あんたの横は居心地がいいなと思ってな」</p>
<p>　逸らさず、逃さず。俺は真っ直ぐ未登録名前向かってそう言った。</p>
<p>「……馬鹿じゃないの」</p>
<p>　言葉こそ、あの時のように素っ気ない。だが頬には薄っすらと紅が差している。俺はまた一つ笑って、未登録名前との距離を更に埋めてその頬を指の背で撫でた。</p>
<p>「な、」</p>
<p>　面白いくらいに赤くなっている。まるで年若い少女のような反応だ。だが逃げる素振りは見せず、ただ驚いたまま硬直しているのを見つめていた。<br />
　きっと、俺は、あの時の審神者のような顔をしていることだろう。散々泣き腫らした後、ようやく上げた顔に浮かべた微笑みを。</p>
<p>「なあ、未登録名前」</p>
<p>　呼びかけに、未登録名前は大きく肩を震わせた。</p>
<p>「な、に」</p>
<p>　さあ。<br />
　決定的なひと言を告げるべき時だ。</p>
<p>「あんたを、身請けする」</p>
<p>　息を呑む音。</p>
<p>「だ、れが」</p>
<p>「俺が」</p>
<p>「誰、を」</p>
<p>「あんたを」</p>
<p>　唇を振るわせ、瞳には涙さえ滲んで。<br />
　未登録名前から、『正しい遊女の顔』が剥がれていく。</p>
<p>「な、んで……なんで！！　あなた、本丸所属でしょ！？　なのに身請けって、どうして……！！」</p>
<p>「主からの了承は得た。有難いことに、借金も少しばかりな」</p>
<p>「ちが、なんであなたがそこまでするの……？　だって、だってわたしを身請けしたって、あなたは」</p>
<p>「そこまで、なあ」</p>
<p>　自身の顎を摩り、これまでのことを思い返す。脳裏に浮かぶのは、いつだって未登録名前の、あどけなく笑った顔。<br />
　それが今後一生、一番近くで見られるというのなら、俺はそれでも構わない。</p>
<p>　そう思うまでに、俺は彼女を。</p>
<p>「俺では不服かい？」</p>
<p>　我ながら意地の悪い聞き方をしている。だが、未登録名前に受け入れてもらえるならこの際なんだって良かった。矜持も全てなにもかも、未登録名前の前ではどうでもよかった。</p>
<p>「そんなこと……」</p>
<p>　ついに、未登録名前の瞳から涙がこぼれ落ちる。俺は彼女を抱きすくめ、親指でそっと拭ってやった。化粧が剥がれ、露出する地肌がなんとも愛おしかった。</p>
<p>「一つ、俺の我儘に付き合ってくれないか」</p>
<p>「…………なに」</p>
<p>　なおも涙を溢れさせる未登録名前と、額同士をこつりと合わせた。</p>
<p>「最後にあんたを、抱きたい」</p>
<p>「……さい、ご？」</p>
<p>「ああ。これで最後だからな」</p>
<p>　未登録名前の両目が見開かれる。</p>
<p>「あなた、まさか、」</p>
<p>「ああ、知ってるのか。流石は元審神者か」</p>
<p>「審神者にはなってない！　……けど、じゃあ、あなた」</p>
<p>「日付を跨いだら槍に戻る。誰のものでもない、ただの槍にな」</p>
<p>　これは政府が定めた規約でもあり、主が提案したことでもある。<br />
　他の男士の手前、本丸で女と一緒に住まうことを許すことはできない。かと言って、主の霊力をもってして顕現しているこの身を宿したまま女の元にいることもできない。そうなると、残された手段はただ一つ。<br />
　顕現を解き、本丸からの登録を抹消し、誰のものでもない日本号になること。それが、彼女のそばにいるための手段だった。</p>
<p>「馬鹿じゃない……」</p>
<p>「何度聞いたかな、それも」</p>
<p>「何度だって言うよ……こんな、こんなこと」</p>
<p>「おいおい、俺の決断を『こんなこと』で済ますなよ」</p>
<p>「だって！　顕現を解いて、誰のものでもなくなって……それじゃ、わたしじゃあなたを顕現できない！　わたしのとこにいても話せないんだよ！　こんなふうに抱きしめたり、もう出来ないんだよ！？」</p>
<p>「だからこそ、だろ」</p>
<p>　わざとらしく、首筋を撫ぜた。未登録名前はびくりと身を震わせ、二の句を失う。</p>
<p>「もう二度とこんなふうに抱き合えない。だから、最後に」</p>
<p>　あんたの肌を感じさせてくれないか。</p>
<p>　返事は待たなかった。いや、待つ必要はもうないと感じていた。引き合うように唇が触れ合い、そのまま未登録名前の背中を布団に押し付けた。<br />
　唇を離すと、うるんだ瞳が俺を見上げる。今にも泣きじゃくりそうなその顔が、愛おしくもあり寂しくもあった。かき消すようにもう一度口づけて、未登録名前の遊女たらしめる部分を一つ一つ引き剥がしていく。やけに重たい帯が憎たらしく思え、わざと遠くへ押しやった。</p>
<p>　今この部屋にいるのはただの男と女だった。遊女も、刀剣男士も、なにものも俺たちを縛ることはできない。ただこの瞬間だけは、心は、どこまでも自由だった。<br />
　涙は、いくつか流していたかもしれない。だが後悔だけはしていない。たった一つの、心を揺らす存在に巡り会えたことこそが、この『日本号』の本懐とさえ感じていた。<br />
　全て覚えている。肌をなぞる感触も。髪が布団に散る音も。火傷しそうなこの熱も、色濃く交わる視線も、なにもかも。</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　カラン</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　時計の針が十二を過ぎたその時。<br />
　部屋に残されたのは一本の槍と、それを抱きしめて泣く女だけだった。</p>
<div style="height:300px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「……行ってきます」</p>
<p>　扉を開けながら肩越しに振り返り、そう告げると足早に部屋を出ていく。俺は声にならないながらも、胸中では気をつけてな、と返した。<br />
　未登録名前は郭を出て、現世に戻ることを決めた。すると俺は槍の姿のままではいられないため、政府が用意している刀剣男士の変装具に形を変えた。変装具とは、武器を所持できない時代への遠征をする際、男士を帯刀できるよう用意したものだ。形は様々で、耳飾りや首飾り、根付などもあったが、未登録名前が選んだのは『簪』だった。意図するところはもはや聞くに聞けないが、あの日々のことをまだ覚えていてくれるというなら、俺にとってこれ以上の幸いはない。<br />
　本丸の数だけ、物語がある。そんな話をどこかで聞いた。昔の俺なら聞き流していただろうが、今ならその意味を噛みしめることができる。どれだけの本丸があるのかは分からないが、中にはこんな『日本号』がいたっていいだろう。<br />
　物言わぬ身となっても、どれだけ永い午睡になったとしても、心から愛するひとの側に居続けることを選ぶ『日本号』が。</p>
<p>　――もし、もう一度会話をすることができたら。午睡のまどろみを受けながら、ぼんやりと考えた。<br />
　そうだな、なんて切り出すか。例えば、そう。<br />
　初めは単なる好奇心だった、と言ったら、あんたは怒るかな――</p>
<div style="height:50px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>長い午睡のモノローグ　了</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
		<post-id xmlns="com-wordpress:feed-additions:1">1644</post-id>	</item>
		<item>
		<title>六枚目　滂沱</title>
		<link>https://swingswing.echo.jp/works/%e5%85%ad%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e6%bb%82%e6%b2%b1/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ngr]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:48:24 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[「いらっしゃい。今日は時間ぴったりなのね」 「ああ」 　いつものように。 　のいる部屋に上がり。 　いつものように。 　言葉を交わし、酒を呑む。 　居心地の良いはずだったこの空間は、今の俺にとっては堪らなく苦しいものにな...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e5%85%ad%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e6%bb%82%e6%b2%b1/" title="続きを読む六枚目　滂沱">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「いらっしゃい。今日は時間ぴったりなのね」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>　いつものように。<br />
　未登録名前のいる部屋に上がり。<br />
　いつものように。<br />
　言葉を交わし、酒を呑む。<br />
　居心地の良いはずだったこの空間は、今の俺にとっては堪らなく苦しいものになっていた。<br />
　だがそれも、もう終わりにしなければいけない。<br />
　俺が決定的なひと言を告げるべき時だ。</p>
<p>「なぁ」</p>
<p>　酌をしていた未登録名前に声をかけると、少しだけ肩を跳ねさせた。</p>
<p>「則宗の話。あんたはどうする気だ？」</p>
<p>　視線は重ならない。銚子を握りしめたまま、未登録名前は唇を引き結んだ。</p>
<p>「良い話、じゃないのか」</p>
<p>　勝手に。</p>
<p>「願ってもない話だろう。借金も年季も関係なくここを出られる」</p>
<p>　言の葉が滑り出す。</p>
<p>「政府所属の一文字則宗なら、刀剣男士と関わる仕事をしているんだ。あんたも関われるかもしれないぜ」</p>
<p>　己が身を傷つけるだけの言の葉が。</p>
<p>「ここに留まる理由は、ないはずだ」</p>
<p>「ばか！！」</p>
<p>　押し黙っていた未登録名前が。吠えるように口火を切る。</p>
<p>「そんなのわかってる、わかってるよ……でも！　日本号の口から、そんなこと聞きたくないよ！！」</p>
<p>　まるで。<br />
　まるで、少女のようだった。<br />
　大人の色香を纏った『正しい遊女』はどこにもいない。</p>
<p>　そこにいたのは、たったひとりの『未登録名前』だった。</p>
<p>「……悪かった」</p>
<p>「……思ってもないくせに」</p>
<p>「思ってる。俺もヤケになっちまった」</p>
<p>「うそだ……」</p>
<p>「確かめるか」</p>
<p>「どうやって」</p>
<p>「……こうするんだよ」</p>
<p>　そう言って俺は盃を置いて、決してこちらを見ようとしない未登録名前の腕を引いて自身の懐に引き寄せた。</p>
<p>「分かるか」</p>
<p>　どくり、どくりと。<br />
　神でありながら人の身を得たその時から、変わらない拍子を刻んでいたあの鼓動が、今、かつて無いほど高鳴っている。<br />
　心の臓が。痛いほどに鳴っている。</p>
<p>「……日本号」</p>
<p>　狼狽える声に、俺は乾いた笑いをひとつ漏らした。</p>
<p>「馬鹿、みてぇだろ」</p>
<p>「そんなこと、」</p>
<p>「あんたが言ったんだろ」</p>
<p>「そうじゃなくって！　だって、日本号は、<ruby><rb>わたし</rb><rp>（</rp><rt>・・・</rt><rp>）</rp></ruby>――」</p>
<p>「未登録名前」</p>
<p>　それ以上はもういいと、優しく制するように名を呼んだ。未登録名前は言葉を詰まらせて、それから俺の着物に縋り付く。</p>
<p>「……どうしてかな」</p>
<p>　表情は見えない。しかし震える声が、また一つ俺の心臓を跳ね上げる。</p>
<p>「どうしてこんなふうにしか、なれなかったのかなぁ……」</p>
<p>　熱にうかされたうわ言のように吐き出して、それきり未登録名前は押し黙った。その日は最後まで視線が重なることはなく、しかし体を離すことはせず、俺たちは時間いっぱいそうしていた。<br />
　結局この日、俺はなにも言えなかった。<br />
　いや、言わなかったんだ。<br />
　<br />
　俺の心はこの時に決まったのだから。</p>
<div style="height:200px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「どうしたんだい？　お前のほうから話があるだなんて、珍しいこともあるもんだ」</p>
<p>　執務室を訪ねると、主はいつものように人好きのする笑顔を浮かべていた。<br />
　向かい合わせの位置に座布団を寄越すが、俺はそこに座らずに跪座の姿勢を取る。<br />
　それを見た主は、ぴくりと眉を跳ねさせた。</p>
<p>「……どういうつもりだい？」</p>
<p>　声音こそ、いつもの通り柔らかなものだ。しかし向ける視線は突き刺すような鋭さを持っている。<br />
　主には、俺が今から何を言おうとしているのかが分かっているのだ。</p>
<p>「頼みがある」</p>
<p>　背筋を伸ばし、臆することなく言葉を発する。</p>
<p>「遊女を一人。身請けする」</p>
<p>「……する、か。希望ではなく、確定事項かい」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>「それがどういう意味を持っているのか、お前は分かっているのか」</p>
<p>「分かってる。遊女を身請けした男士が、女ごと本丸に住み続けるなんてことは許されないだろ」</p>
<p>「……僕は、大事な槍をひとつ失うことになるんだ。それを主である僕が納得するとでも？」</p>
<p>「簡単に許可されるとは思ってない。だが、俺も譲る気はない。なにがあっても、どんな手を使っても」</p>
<p>「僕を説き伏せる、と？」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>　長い、長い沈黙が訪れる。<br />
　主は目を伏せ、眉間にしわを寄せていた。昔からの癖だった。どうにもならないことや、迷った時に出る癖だ。それを妻がからかう姿も何度も見ていた。「しわがあると、怖い顔になってしまうわ」そんなふうに言って夫の額を撫でていたのだ。<br />
　思い返せば、そんな何気ない日常も、この本丸には愛で溢れていた。</p>
<p>「あんたの妻が」</p>
<p>　そう思うと、続く言葉はすらすらと溢れ出した。</p>
<p>「最期までこの本丸に居た理由が、今なら分かるんだ」</p>
<p>　あの光景を思い出す。<br />
　妻の布団にしがみついて泣き腫らす夫の背中を、ゆったりと撫でる妻。口許には笑みさえ浮かべて、ただただ夫の嗚咽を聞いている。<br />
　あの時は、どうして何も言ってやらないのかと思っていた。彼女なら、長年連れ添った夫を宥めすかす言葉などいくらでも持っているだろうにと。<br />
　今なら分かる。<br />
　言葉を酌み交わすだけが愛情ではないのだ、と。</p>
<p>「……お前は」</p>
<p>　長い沈黙の末、主はため息とともに吐き出した。</p>
<p>「手の掛からない槍だと、思っていたんだけどねえ」</p>
<p>　主は、笑っていた。<br />
　その笑顔を見たとき、俺はふと、この人に子どもが居ればこんな顔を向けるのだろうなと、そんな光景が浮かんで消えた。</p>
<p>「その子の年季はあとどのくらいなんだい」</p>
<p>「確か……いや、あんたがそれを聞いてどうする。……まさか、」</p>
<p>「お前の給金だけじゃあ賄えんだろう」</p>
<p>「これは俺の問題だ！　そこまで手を借りるわけには――！」</p>
<p>「妻がね、言っていたんだよ」</p>
<p>「……何を」</p>
<p>『もしこの先、日本号が我が儘を言う日が来たら、絶対に叶えてあげて』</p>
<p>　彼女には。<br />
　もしかしたら、分かっていたのかもしれない。<br />
　俺が何にも執着せず、己を入れず、……審神者から与えられたはずの『心』を、動かすことが無いままこの本丸に在ったことを。</p>
<p>「……感謝する」</p>
<p>「僕ではないよ」</p>
<p>　主の声は、どこか楽しげにも聞こえた。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>五枚目　情動</title>
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		<pubDate>Sat, 03 Feb 2024 14:47:09 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[「……指名中？」 　いつもよりは、やや早い時間。陽が沈み切る前に遊郭を訪れの名を告げると、受付の下男はそう答えた。 「へえ。延長がなけりゃ、あと三十分てとこですが。いかがします」 「……そうだな。近くの店で時間潰してまた...  <a class="excerpt-read-more" href="https://swingswing.echo.jp/works/%e4%ba%94%e6%9e%9a%e7%9b%ae%e3%80%80%e6%83%85%e5%8b%95/" title="続きを読む五枚目　情動">続きを読む</a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「……指名中？」</p>
<p>　いつもよりは、やや早い時間。陽が沈み切る前に遊郭を訪れ未登録名前の名を告げると、受付の下男はそう答えた。</p>
<p>「へえ。延長がなけりゃ、あと三十分てとこですが。いかがします」</p>
<p>「……そうだな。近くの店で時間潰してまた来る」</p>
<p>「承知しやした」</p>
<p>　未登録名前にはひと言伝えときやす、と男が頭を下げるのを見て、俺はくるりと踵を返した。</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>　馴染みの蕎麦屋に顔を出し、まばらな客の合間を縫って奥の座敷へと上がった。蕎麦屋ではあるが酒も多く取り揃え、かつ一品料理の出来も良い。ひとまず冷酒と漬物、それから野菜天などを追加すると、運ばれてきた酒を呑んでひと息ついた。<br />
　主と交わした約束は、実に簡素なものだった。『これからは門限をきちんと守ること』。ただ、それだけ。しかし言外には「遊郭の女にこれ以上入れ込むな」という意思表示が認められた。<br />
　分かっている。あの長義のように政府所属であるならいざ知らず、本丸所属の男士が遊郭の女と連れ添うなどとは不可能であると。<br />
　頭では、分かっている。<br />
　だのに『心』というものが、それらを強く否定するのだ。<br />
　冷酒を煽り、嚥下する。なぜ俺がこれほどまでに――そんなこと、最早考えるのも意味がない。この胸のうちを巣食う想いをどうするのか、俺に残された選択肢はそれだけだ。</p>
<p>「相席、いいかね？」</p>
<p>　不意に声をかけられ、顔を上げる。そこにいたのは金髪、の――</p>
<p>「……一文字、則宗？」</p>
<p>　そうだ。俺が二度目に未登録名前に会ったあの日。未登録名前が相手をしていたのは一文字則宗だった。しかも今と同じく、軽装姿、の。<br />
　則宗は俺の返事を待たずして、空いていた目の前の席に腰を落ち着ける。帽子と肩掛けを外して置くと、片肘付いて俺を見据えた。</p>
<p>「お前さんかい？　『物好きの日本号』というのは」</p>
<p>　――その言葉に、どうして平静でいられようか。</p>
<p>「……だったら、なんだって言うんだ」</p>
<p>「まあそう睨むな。そうさな、単なるじじいの好奇心だ。うっはっは」</p>
<p>「……どうやって、ここにいる日本号がその『物好き』だと探り当てた？」</p>
<p>「簡単なことさ。お前さんのことは前から未登録名前に聞いていてなぁ、さっき指名が被ったとのことだから、行きそうな店を聞いたまで」</p>
<p>「そうまでして俺にちょっかいかける意味が分からねえな。まさか、未登録名前を独り占めしたいからもう来るなとでも言うつもりか？」</p>
<p>　軽口の応酬に、緩く苛立ちを覚えた。平素の俺ならどうということはないやり取りだが、未登録名前が絡むとこうも取り乱す。そんな自身にも嫌気が差し、つい語気も強くなった。<br />
　則宗はそんな俺の様子を見て、すうと目を細める。</p>
<p>「そうだ、と言ったら？」</p>
<p>「……っ！！」</p>
<p>「お待たせしましたぁ。野菜天の盛り合わせですぅ」</p>
<p>　思わず、掴みかかりそうになる姿勢が、店員の割り込みでなんとか引っ込んだ。</p>
<p>「おお！　ここの揚げ物は絶品だよなぁ！　お前さん分かってるじゃないか。……ああ、そこの。僕にもこれの……そうだな、冷やでくれ」</p>
<p>「かしこまりましたぁ」</p>
<p>「てめ、なに勝手に……！」</p>
<p>「まぁまぁ良いじゃないか。もちろん勘定は払うぞ？　割り勘で」</p>
<p>「割り……そういう問題じゃねえ！」</p>
<p>「お待たせしましたぁ、冷やですぅ」</p>
<p>「うむ、ありがとう」</p>
<p>「……ちっ」</p>
<p>　すっかり調子を狂わされ、文句を言う気も失せた。空白を埋めるように野菜天に箸をつけると、じゅわりと舌に馴染んだ味が染み渡り、少し頭が落ち着いてくる。</p>
<p>「……で？　なんでいきなりあんなこと言い出した。ただの冗談じゃないだろう」</p>
<p>　今一度、一文字則宗を見据えて話を切り出した。ちゃっかり野菜天を口に運んでいた則宗も一度箸を置き、またにやりと笑ってみせる。</p>
<p>「ああ。僕は未登録名前を身請けしようと考えているんだ」</p>
<p>　時が。<br />
　止まったような気がした。</p>
<p>「僕はな。本丸に所属していたこともあったが、なんやかんやで政府に出戻ってね。それで永年政府所属が決まったわけだが……正直、堪えたさ。この本丸ではどんな物語が見られるのだろうと、そんなふうに夢見ていたものだからなあ……」</p>
<p>　一瞬、則宗の瞳が曇るのを見逃さなかった。見逃せなかった。こいつにはこいつの事情があり、それが深いものであることを悟ってしまった。</p>
<p>「ま、要するにヤケってとこだな。遊びのつもりで、しかし同情よりもただただ聞いていて欲しかった。そんなときに出会ったのが彼女だ」</p>
<p>「……じゃあ、あんたは」</p>
<p>「おっと」</p>
<p>　則宗は、いつの間にやら手にしていた扇子で口元を隠した。</p>
<p>「そいつは違う。彼女は確かに僕を救ってくれた。だが、僕は彼女のことを『そういう意味で』好いている訳じゃない。……お前さんと違ってな」</p>
<p>　血が、まるで煮えるような感覚がする。</p>
<p>「……好きでもない女を娶ろう、っていうのか。あんたは」</p>
<p>「好きは好きだろう。多少形は違えど、愛があるのに変わりはない」</p>
<p>「あいつには言ったのか」</p>
<p>「ああ勿論。僕にそういった感情がないのも含めて、全て話した」</p>
<p>「……返事は」</p>
<p>「少し待ってくれ、だそうだ。ま、それもそうだ。さっき話したばかりだからな。うはは」</p>
<p>「……想い人でもいるんじゃないのか」</p>
<p>「そうかもなぁ」</p>
<p>　俺は、ついに言葉を失った。<br />
　則宗は扇子をくるくると弄び、</p>
<p>「だとして、他にどうしてやれる。まさか、身請けした彼女をその想い人とやらにあてがってやればいいとでも？　どこの本丸の馬の骨ともしれぬ男士に？」</p>
<p>　扇子が空を切り、真一文字を描くようにして鼻先に突きつけられた。</p>
<p>「いいか。僕は僕なりに彼女を愛している。だからこそあの場から連れ出してやりたいとも。……その彼女を、中途半端な想いで付き合ってるお前さんに渡してやる道理はない」</p>
<p>　その言葉に返せるものを、俺は、なにも、持っていなかった。<br />
　政府に所属している『一文字則宗』。であれば、相応の地位を持ち、相応の財産もあるだろう。本丸所属のいち刀剣男士とは、比ぶべくもない程のものを。</p>
<p>「……さて、じじいの注意はこれでお仕舞いだ。僕はお暇するとしよう」</p>
<p>　則宗は先程までの剣呑な雰囲気をすっかり消し、よっこらせと大仰に立ち上がって座敷を下りた。</p>
<p>「ではな。彼女の心づもりが決まるまでの間は、僕はこれ以上なにもしない」</p>
<p>　それはつまり、残された時間を悔いのないように、ということだろう。<br />
　俺は則宗を見送らず、盃に残っていた酒を一気に煽り、そしてようやく、則宗が店の代金をすっかり払っていったことを知ったのだ。</p>
<div style="height:100px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「……日本号？」</p>
<p>「……よう」</p>
<p>　下男に告げていた時間より少し遅れて部屋へ行くと、未登録名前は慌てて座布団やら猪口やらを用意した。</p>
<p>「いつも時間通りに来るから、びっくりしたわ」</p>
<p>「ああ、悪いな……」</p>
<p>「ううん。嬉しかった」</p>
<p>　そう言って笑う未登録名前を見て、胸の奥がきつく締め付けられる。</p>
<p>「あら、どうしたの？　これ」</p>
<p>「あ？」</p>
<p>　隣り合って座ると、未登録名前の指がそっと俺の左頬に触れた。</p>
<p>「切り傷だわ。戦場のもの？」</p>
<p>「いや、今日は遠征だけで――」</p>
<p>　はたと気づく。傷はおそらく則宗によるものだ。奴に敵意があったかどうかまでは分からないが、もののはずみといったところだろう。<br />
　それをどう誤魔化すかで悩んだ数秒が、未登録名前には伝わってしまったらしい。</p>
<p>「……ごめんね」</p>
<p>　未登録名前の細い指先が、俺の頬をゆったりと撫でる。そういえば、未登録名前が俺に触れるのはこれが初めてだと、思いつく頃には全身が熱を帯びていた。</p>
<p>　心とは。思いとは。こうもままならぬものなのか。<br />
　かつて見届けた審神者も、その妻も、こんな思いを抱えながらあの選択を遂げたというのか。それを俺は、なんと恐ろしい感情で眺めていたのだろう。<br />
　胸が、酷く痛む。<br />
　未登録名前の酌する酒はこんなに苦いものだっただろうか。声は、こんなに苦しいものだったろうか。</p>
<p>　俺は。<br />
　彼女に何をしてやれるというのだろうか。</p>
<div style="height:200px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>
<p>「……おかえり、日本号」</p>
<p>　結局いつもと同じ時間。本丸の廊下を歩いていると、同じように湯浴みを済ませた主と行きあった。</p>
<p>「……心配しなくても、もうあんなヘマはしねぇよ」</p>
<p>「はは、まだ僕が気にしていると思っているのかい。安心してくれ、お前のことはちゃんと信用してるよ。……でなければ、妻のことを任せてない」</p>
<p>　妻の。<br />
　脳裏に過去の光景が蘇り、知らず奥歯を噛み締めた。</p>
<p>「ところで、それどうしたんだい？」</p>
<p>「ああ、これは――」</p>
<p>　傷のことだろうと思い、自身の頬に手をやり――言葉を失った。</p>
<p>「赤く線になってるが、どこかの審神者に直してもらったのかい？　だとしたら礼を言わないとなぁ」</p>
<p>　傷が、完全に塞がっていた。<br />
　刀剣男士の傷は手入れをしなければ人間の治癒力とそう変わらない。小さな傷とはいえ、審神者の手入れなしにたった数時間で完治するなどあり得ないはずだ。</p>
<p>「……日本号？」</p>
<p>　首を傾げる主の声にはっとする。俺は務めて平静装い、なんでもないと首を振った。</p>
<p>「礼は、俺からしておく。そうさせてくれ」</p>
<p>「……そうか。分かった」</p>
<p>　じゃあおやすみ、と主は自室へと去っていく。</p>
<p>　傷が塞がった理由。考えられるとしたら、ただ一つ。<br />
　「ごめんね」と、俺の頬を撫でた未登録名前の姿を思い出す。自らを『審神者崩れ』と自嘲しながら、男士と関わるこの場所が良いと言っていた彼女のことを。<br />
　あいつにはまだ審神者としての力が残っている。なのに、状況が、環境が、それを許してはくれない。それならば、いっそ。</p>
<p>（あいつの元にいたほうが、未登録名前は、苦しまずに済むのか）</p>
<p>　いよいよ決断をするべきだ。<br />
　俺が始めたこの物語を、どう終わらせるのか。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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