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かき乱してくれるな

 生存者がエンティティに捧げられるのを見送ると、俺はぐるりと周囲を見渡す。これで残りはあと一人。発電機が2台直っているのでハッチは開いているはずだが……。 最後の一人は腕が立つだろう。途中で一度見かけて追いかけたが、建物を行き来して足跡を散…

悲哀の鐘は鳴り止まぬ

 ぐちゃ、と錆びた鉄が体を突き抜ける。痛みに顔を歪める暇もなく、振り下ろされた蜘蛛の脚に必死に抵抗する。どうやら私が最後の生存者だったらしく、目の前のローブ姿の男はもがき続ける私をじっと見つめていた。 何回目かすら忘れるほどに過ごした霧の森…

終局の果

 ガツン。 ハッチの蓋を蹴り閉めると、地面に亀裂が走り燃えるような光を伴って儀式場に広がっていった。唯一の希望を封じられた女の表情からみるみる血の気が失せていく。それでもまだ逃げられると思っているのか、じりじりと少しずつ後ずさっていくのが滑…

ラッピングはしなくていいか

「……は?」 私が放った言葉を受けて、ゴスフェは血がついたままのナイフを床に落とした。誰が掃除すると思ってんだ、血は処理が面倒だからうちには持ち込むなっていつも言ってるのに。眉間にシワを寄せていると、ゴスフェはつかつかと歩み寄った。「ちょっ…

咀嚼

 ババちゃんの大きな体に包まれていると、まるで頭から丸呑みされるような錯覚を覚えて、いつも少しだけむずむずした。 でもババちゃんはわたしを、特に後ろからぎゅっとするのが好きみたいで、暇があればこうして抱きつくのだった。そのとき、すんすんと鼻…

ちいさなばけもの

 生きたいと、思ったことはなかった。 かといって死にたいとも思わなかった。ぼくは生きているけど死んでいるし、どちらでもおんなじことだから、頭のなかのママの声を守れればなんだってよかった。 だから、あいつらが口にする言葉の意味なんか、ちっとも…

In the Air

 屍肉をついばむカラス。散乱する死体。古ぼけたピアノ。 あらゆるものが乾ききった酒場。そこで培った記憶も、思いも、荒野のかなたに消えた。ここで得た明るい記憶と言えば父親に機械の扱いを教わっていた時ぐらいなものだ。今ではそれも朧げにしか思い出…

知らぬ存ぜぬ虚無の味

 強く、揺さぶられる。その瞬間わたしの喉から短い悲鳴があがり、それを見たフレディさんは嬉しそうに目を細めた。 わたしの体のあちこちは、フレディさんが与えてくれた熱ですっかりぐずぐずになってしまっていて、彼とわたしの境目なんかとっくになくなっ…

甘い懺悔

 カツン、カツン なにか、硬いものがぶつかる音がする。小さく、不規則ながらも断続的に聞こえてくる。 ぼんやりする頭でゆっくりまぶたを持ち上げて、飛び込んできた光景に目を見開いた。 異様な部屋だった。まるで刑務所の中のように狭く、薄暗い。明か…

ガラス玉の昨日

 ゲートが閉じる。最後の1人の背中を見送っていると、にわかに周囲から霧が引いていった。 まるで、用済みだと、言われている気がした。 ひと気のなくなったガス・ヘヴンに、再び静けさが戻る。あれほどいたカラスもいつの間にか姿を消して、音といえば僅…

呼ばない声

 背中が、ぐうと熱くなった。次にやってきたのは鋭い痛みと、倒れたときの衝撃。はくはくと息を吐き、泥の匂いと鉄の匂いをいっぺんに吸い込んだ。冷たい。雪の冷たさで体が冷え、徐々に感覚が麻痺してくる。それなのに汗が止まらず、熱が出たように意識が揺…

夜風

 ぱちん。 焚き火の枝が弾ける音に肩が跳ねた。未だに慣れない。繰り返される理不尽な「儀式」で、些細な音でも過剰反応するほどに私の精神はすり減ってしまった。 カラスの羽撃きも、枯れ葉が落ちる音でも、風で草むらが揺れる音も。その音の向こう側に、…