「私、待ってたのかもしれないなあ」
お姉さんに、新刊が出版されたから、と呼ばれて部屋に行くと、そんなことを言われた。
「待ってた、って、何をです?」
「いやさ、私が参ってたとき。鍵開けっ放しだったでしょ」
「そういえばそうですね★」
「誰かが来るの、心のどこかで待ってたんかな~って、今になって思ったのね。そしてできれば、その誰かが――」
「ボクだったらいい、と?」
勇気を出して言ってみると、お姉さんは声を上げて笑った。
「君も言うようになったじゃないか~。いいことだ」
「はぐらかしてませんか★」
「ばれたか」
今度は照れくさそうに笑う。
やっぱり、お姉さんには笑顔が似合う。
「うん、まあ、その通りだったんだけどね。でも私、あの時点では、まだ君への気持ちを認めてないところがあってさ。やっぱ年下だし。しかも5つ」
「……そうだったんですか★」
今は違うとはいえ、そう言われると少しショックだ。
返事に遅れたせいか、お姉さんに気づかれてしまう。
「君って、意外と表情……じゃないな、感情表現豊かだよね」
「そういうお姉さんは、よく気づきますね★」
「そりゃ~ね~……」
はっきりと言わなくても、お姉さんがその後に続けたい言葉がなんなのか、今のボクにはすぐに分かった。いつかのボクと同じだからだ。
分かったけど、やっぱり言葉として、声として聞きたい。
「それで、新刊の話は?それと、あの時の約束★」
お姉さんはぎくっとして、視線をあちこちに泳がせた。
なんだろう。てっきり仕事が一段楽したから呼ばれたものだと思っていたけど。
それに、新刊は取りやめになった話を元にしつつ新しいものにしたから、無事に出せたとも聞いていたので、特に気になっていた。
「あ~、それなんだけど。やっぱなし、じゃだめ?」
「ええー★」
「いや、言うよ!うん、ちゃんと言う!でも……今日じゃなくていい?」
「そりゃないですよ、約束したじゃないですか★」
お姉さんの言葉も聞きたいし、新刊だって読みたいのに。
でもお姉さんは眉をひそめて、やっぱり視線を合わせてくれない。
「自分でやったことなんだけど、恥ずかしくなってきて……」
「え?」
「ああ~、じゃあ、こうしよう!」
そうしてお姉さんから出された課題は、自力でお姉さんの新刊を探せ、というものだった。
タイトルも内容も教えてはくれなかったけど、お姉さんの名前を探せばすぐに見つかるのに、どうしてお姉さんは、そんな課題をボクに出したのだろう。
本屋さんでしばらくうろついてから、理解した。
結果をいうと、お姉さんの本は見つかった。ただし児童書ではなく、絵本だった。いくら児童書のコーナーを探しても見つからなかったわけだ。
お姉さんはボクを試したらしい。本当にお姉さんの本が好きなら、見つけられるはずだと。
ちょっと意地悪だな、と思いながら、ボクは絵本を手に取った。さすがに、絵本というのは買いづらかったけど、お姉さんにちゃんと見つけたという報告をしたいから買った。
家に帰って、その絵本をひらいてみた。タイトルは「白色絵本」。
絵を描いている人はお姉さんじゃないけど、お姉さんの柔らかい文章と、とても似合っている。
内容は、仲のいい男の子と女の子が、いくらかいてもページがなくならないという、白い魔法の絵本をきっかけに結ばれるという、お姉さんらしい温かな話だった。
でも、なんだろう。どこかで読んだ覚えがある話だった。いや、読んだんじゃない。
見た。
この女の子と、男の子のやり取りは、どこかで見ている。
不思議に思いながら読み進める。すると、物語の最後に、こう書いてあった。
「お話は、これでおしまいです。あとの白いページはみなさんの自由に、たくさんのことをかいてください。でも、この絵本は普通の絵本ですから、いつかページがなくなります。」
ボクは、なんとなく、その白いページをめくっていた。
お話を読んだ後だったからかもしれない。
数ページめくった、その時。
ボクは絵本を置いて、アパートに向かって走り出していた。
未登録名前さんが待ってる、あの古いアパートへ。
この本を、一番大好きな君へ贈ります。
抱きしめてくれて、ありがとう。