あなたが見えない

最初は、不思議なことがあるな、としか、思わなかった。

個性的な生徒が集まるこのすずらん中学校のなかで、わたしはあまり目立たないほうだった。
別に目立ちたいとも思わないし、友人にも恵まれているので、さほど気にしてはいなかった。
それよりも気になることがあったから、かもしれない。
同じクラスに佐々木まぐろくんという男子がいる。前髪で目を覆い隠し常にけん玉を首からさげているという、この学校の例にもれず個性的な外見をしている彼について、不思議に感じることがひとつある。
佐々木くんを見ていると、時々、彼が見えなくなった。
比喩表現ではなくて、本当にかすんでしまったように視界から消えてなくなるのだ。
わたしの目が悪くなったのかと思ったが、彼が誰かと話している時も、相手のことは見えるのに佐々木くんだけかすむところを見ると、そういうわけでもなさそうだった。佐々木くんと同じクラスになってから、ずっと。
本当に不思議なことがあるものだ、と、佐々木くんを見るたびにわたしは思った。

「未登録名前。また佐々木君みてるの?」

友達の声で我にかえる。知らず、わたしは佐々木くんを見つめていたらしい。

「まあ、気持ちは分かるけどね。佐々木君人気だし」

「あ、あはは……」

友達は、わたしが佐々木くんに恋してると思いこんでいる。いくら否定しても信じてくれないから、いつしか訂正そのものをやめた。
確かに佐々木くんは性別問わず人気がある。
勉強も運動もできて、なんでもそつなくこなしてしまうのに、それをはなにかけたりせず、誰にでも優しく接する。
現に今も、佐々木くんの周りには人が集まっていて、楽しそうに談笑していた。
――あ、まただ。
また、佐々木くんだけ見えない。

「そんなに好きなら、告白しちゃえばいいのに」

友達はからかうように言った。
告白。
わたしが佐々木くんに告白することといえば。
「時々佐々木くんが見えなくなります」
……そんな話をしたところで迷惑にしかならないし、わたしだけのこの感覚を理解してもらえるとも思えない。
そう。佐々木くんが見えなくなるのは、どうやらわたしだけのようだった。
以前別の友達に、ちらっと「特定の誰かが見えなくなることってある?」と尋ねたら、そんなことあるわけないよ、と笑われたのだった。

それから予鈴が鳴り、生徒が各々の席につくころに先生がやってきた。
今日の最後の授業、総合学習の時間を使って席替えをすると言っていたっけ。
なかなか気に入っている席だから、あまり移動したくはないけれど。
先生が説明をしている間、こっそり佐々木くんのほうを見た。
今度はちゃんと彼が見える。ここからでは後姿しか見えないけど、顔が見えるはずの位置から見えなかったことを考えると、やっぱり不思議なことだとわたしは思った。