朝、学校について自分の席に向かうと、すでに佐々木くんがいて、さっそくおはようと声をかけてくれた。まだ緊張はするけど、わたしもおはようと返事をした。
「そうそう、一時間目は自習だって★だから朝礼もナシ」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
「いーや、構わんよ★」
通りで教室がいつも以上に騒がしいわけだ。
わたしは教卓に置かれた自習プリントを取って、席に戻る。ふと見れば、佐々木くんは既にプリントを片付けてしまったらしく、机の上に畳んで置いてあった。
さすがだなと思いながら、わたしも手早く終わらせ、後の時間は読書をしようと本を出した。本当は友達の席に行こうとしたのだけど、友達は片思い中の男子と近くになったと喜んでいたので、邪魔をしてはいけないと思った。
「あ、その本★」
顔をあげると、佐々木くんが少しこちらに身を乗り出していた。
「ボクも、その本好きなんだよね★」
「え、そうなの?」
なんだか意外だった。
佐々木くんだって本くらい読むだろうけど、ゲームが好きという印象が強いせいか、わたしには新鮮に感じられた。
佐々木くんは嬉しそうに言う。
「そのお話ね、ボクの好きなゲームのなかに出てくる昔話を書籍化したものなんだよ★」
「そうだったんだ。図書室にあったのを借りたから、そこまで知らなかったよ」
「未登録名前ちゃん、よく図書室行くの?」
「うん。でも、この学校の人はあんまり利用しないみたいだね」
そう言ってわたしは、本の奥付に貼られた貸し出し日付表を佐々木くんに見せた。
最後に借りられた日は、わたしが借りた日を除くと四年前になっている。
佐々木くんも、ホントだ、と少し残念そうに言った。
「未登録名前ちゃんは、その話面白いと思う?」
好きな本、それも好きなゲームのものとなれば、当然感想も気になるところだろう。
「うん、とっても。まだ半分くらいだけど、引き込まれるよ」
「そっかぁ★」
佐々木くんは嬉しそうだった。
わたしも好きな本の話ができて嬉しかった。
「未登録名前ちゃんって、本が好きなんだね★」
「うん。趣味、っていえるほどじゃないかもしれないけど、好きだよ」
「じゃあ、放課後、一緒に図書室行こうよ★オススメの本、教えてほしい、な★」
もちろんわたしは驚いた。
学校の人気者である佐々木くんが、地味で目立たないわたしを誘ったことに。
「ダメ?」
「う、ううん!わたしでよければ」
「さんきゅー★」
驚いたけど、好きな本の話ができるのは嬉しかったし、なにより佐々木くんの新たな一面を垣間見ることができたのは大きな進歩だと思った。
教室を出るとき、隣に佐々木くんがいるせいかクラス中の視線がこちらに集まっていた。
こんなに注目されることなんて今までなかったから、わたしは恥ずかしくて足早になる。佐々木くんはそれに気づいているのかいないのか、未登録名前ちゃんって足はやいね、などと暢気なことを言っていた。
図書室に着くと、やはり利用者はいなかった。受付カウンターにいるはずの司書さんの姿も見えない。あまりに人がこないので、奥の部屋にいるのだろう。
「佐々木くんって、どんな本を読むの?」
「うーん、面白いと思ったら、なんでも読むよ★純文学からライトノベルまで」
「そ、それはすごいね」
わたしも本は好きだけど、そこまで色んなジャンルの本を読むことはできない。やっぱり佐々木くんは何でもできるから、そういうものにも造詣が深いんだろう。
「未登録名前ちゃんは、どんなのが好き?」
「わたし?ライトノベルはあんまり読まないけど、純文学は結構好きかな。後は、ファンタジーとか恋愛とか……あ」
「どうしたの?」
何とはなしに図書室を歩いていたが、新しく入荷した本のコーナーで足を止めた。
「森野ひびきの新刊だ!入ってたんだ」
わたしは思わずその文庫本を手に取った。
この作家さんの本は全部持っているくらい大好きで、もちろんこの新刊も家においてある。
利用者があまりいないながら図書室が本を入荷してくれて、なおかつわたしの好きな作家さんの本が入ったということは、とても嬉しかった。
「その作家さん、知ってる★」
「え!?」
わたしは驚いて佐々木くんを見た。
彼は本を覗き込んで、
「この本は読んだことないけど、ちょっと前に出た『消えない音色』っていう小説を読んだよ★」
この作家さんは主に恋愛小説を書いていて、この本と『消えない音色』も同じく恋愛小説だ。
だから佐々木くんのような男の子が読んでいることにわたしは驚きを隠せなかった。
「意外、かな★」
その表情を読み取ってか、佐々木くんが肩をすくめた。
口元や、声音は笑っている。けど。
佐々木くんがかすんでいる。
「――うん、意外だった」
わたしは正直に言う。
「でも、とっても嬉しいんだ。この作家さんってあんまり知られてないから、知ってる人に会えてすごく嬉しい」
「分かるな、その気持ち★」
すると、かすんでいた佐々木くんが、また見えるようになった。
佐々木くんの様子は先ほどとなにも変わらないのに。どうしてだろう。
彼のこと分かりかけてきた気がするのに、やっぱりまだ、遠い。
「未登録名前ちゃん?」
呼ばれて、はっとした。
「あ、ごめんね。なんでもない。それより、もしこの作家さんの本が好きだったら、この新刊オススメするよ」
「本当?じゃあ、借りていこうかな★」
わたしは佐々木くんに本を渡して、受付に向かう彼の背中を追う。
今は、佐々木くんがかすむ理由は考えないでおこう。
それよりも先に、佐々木くんのひととなりを知りたい。
そうすれば、いつか理由も明白になってくる。そんな気がした。