本は好きだが置く場所が家にない、お金もそんなに持ってないということで、図書館を利用するのはわたしにとってごく当たり前の日常だった。
いつからだったか。その日常が少し変化したのは。
夕暮れ時だったのは覚えている。窓から陽の光が射し込んでいて、部屋の中が真っ赤になっていた。
きれいだなあと思いながら視線を正面に向けたら、見慣れない人影があった。
その人も赤かった。照らされているからではなくて、服や髪、目の色が赤味を帯びている。
「きれい」
率直に言ったら、
「……バカなのか?」
と、罵倒された。
「あの時抱いた第一印象は、間違っていなかったということだな」
わたしがいそいそと図書館にやってくると、いつもの場所でいつものようにきれいな人が座っていた。
「わたしも間違ってなかったようで安心だよ。アヤさんは相変わらずきれい」
「きれいと呼ばれて喜ぶ男はおらん」
アヤさんはふんと鼻を鳴らして、苦虫でも噛み潰したような顔でわたしを見る。
さっきからアヤさんと呼んでいるけど、本名は知らないからわたしが勝手にそう呼んでいるだけ。
ちょびっとだけ、同級生であるクルークに似てるけど、どうみてもあやしいので、あやしいクルーク略してアヤ、というわけだ。最初にそう呼んだらでこぴん食らったけど。
そう、彼はきれいだけどあやしいのだ。
この図書館でしか姿を見ないし、いつも持っている本はクルークのそれと同じもの。
問いかけても答えてくれないから、その疑問は考えないようにしている。というより、アヤさんと一緒にいるほうが楽しいから、割とどうでもいい。
「今日はなんの本読んでるの?」
ふと見れば、古い装丁の本が彼の手に納まっていた。
「貴様にはカケラも理解できぬ本だ」
「さらっと毒を吐くよねアヤさん」
「そういう貴様はめげないな」
「タフネス持ちだからね」
「また適当なことを……」
それ以上の会話はしたくないということなのか、アヤさんはその古い装丁の本を読み始めた。
いつもなら、アヤさんが読書してようが掃除してようがおかまいなしに話しかけるけど、今日は別の目的があって図書館に来たので、わたしもそちらに専念する。
テストが近いから、さすがのわたしも勉強せざるをえない。家より図書館のほうが集中できるし、参考書も置いてあるし。
「――なにをしている」
しばらく沈黙が続いたあと、なんとまあ珍しいことに、アヤさんのほうから話しかけてきた。
「なにって、テストが近いから勉強だよ」
「ほう」
「あ、ちょっと」
アヤさんはわたしが広げていたノートを取り上げて、しげしげと眺め始めた。
「こんな簡単な問題すら解けぬとはな」
「返してよー今回範囲広いから勉強しないとシャレにならないんだって」
「フン、こんなものに構っているヒマがあったら――」
「あったら?」
はた、とアヤさんの動きがとまった。
「なんでもない!とにかくここで勉強はするな消しカスが飛ぶ!」
「もっともだと思うけど、わたしはアヤさんと同じ空気吸えるだけで嬉しいからここで勉強したい」
「ヘンタイか貴様!」
「ヘンタイはどこぞの闇の魔導師だけで十分だよ」
それより、なんでアヤさんは顔を真っ赤にして怒っているんだろうか。
早くノート返してほしいんだけど……まあ、もうちょっと会話を楽しんでからでもいいか。
アヤさんからわたしに話しかけてくれたのって、何気に初めてだしね。
「……本が抜けている、ま。とても古い、恋愛小説、ま」