うつくしいかたな

 重たい足をなんとか引きずり、一つひとつ確かめるように呼吸をする。血を流し過ぎたせいか視界が悪く、頭も酷く痛んでいる。
 初期刀として、この本丸に顕現して。
 第一部隊の隊長を務めて。
 増えていく仲間たちを自然と纏める役になり、近侍もいつからか固定になって、主の信頼も最も厚いと自負できるようになった。

 そう、思っていたのに。

「……はぁ、っく、」

 なんとか自室へたどり着くと、戦装束を脱ぐこともせず畳に両足を投げ出した。ズキズキと痛む腹を抑えながら目を閉じると、浮かんでくるのは先の戦。
 部隊を率いての敗北は、初めてだった。慣れた場所での出陣で、隊員たちも何度も指揮しているものたちばかりだった。検非違使の相手だって初めてじゃない。それなのに、なのに、俺が、たった一撃、槍の刺突を食らい、そこから、確実に指揮が乱れた。
 ぎゅ、と奥歯を噛みしめる。
 俺は虎徹の真作だ。いつだって強く、美しくあらねばならない。それが俺の、虎徹の矜持だ。いついかなるときでもそれを怠ってはならない。今回招いたこの結果は、間違いなく、俺の慢心だ。

「……蜂須賀さん」

 ぎくりと肩が跳ねた。障子戸の向こうから主の声がする。その声はとても心配そうで、悲しそうで、俺は無理やり声を張った。

「主、すまなかった。俺のせいで部隊のみんなを危険にさらして……手入れは、順調に進んでいるかな」

「蜂須賀さん。入ってもいいですか」

 喉の奥が詰まった。
 こんなみっともない姿を主に見せたくはなかった。
 だが主は俺の返事を待たずに戸を開ける。

「……ひどい傷」

 うろたえる俺をよそに、主は眉をひそめて辛そうに、俺の腹の傷に手をやった。

「主、大丈夫だ、手を汚してしまうよ」

 主は静かに首を振った。

「回復したみんなから聞きました。蜂須賀さんが殿を務めてくれたと」

「……撤退戦において、殿は最も戦慣れしているものが担うんだ。俺は当たり前のことをしたまでだよ」

 吐き気がした。そんなものはただの建前だ。自分のせいで招いた結果を、自分で後始末をつけたに過ぎない。責任を取っただけなんだ。

「だけど」

 主の視線が俺に向く。ひそめられていた眉はゆるく弧を描き、口元には笑みを浮かべていた。

「やっぱりあなたは美しい刀だと、改めて思いました」

「は、……」

「みんなを逃してくれて、ぼろぼろになるまで戦ってくれて、……手入れさえ先に譲って、本当に、あなたは美しい刀です」

 主の手が、傷から、俺の手に移る。細い指先が手の甲をなぞり、やがてしかと握り込んだ。

「あなたは、私の誇りです。蜂須賀さん」

 ――ああ、そうか。
 なぜ自分がこれほどまでに動揺したのか。
 なぜ、自分の姿を見られたくないと思ったのか。

 主に、『美しくない』と言われるのが怖かった。

「手入れ部屋が空きましたよ。行きましょう。立てますか?」

「……ああ」

 俺は柔らかい手に掴まって、細い肩を借り、主と寄り添いながらゆっくりと歩き出した。