かき乱してくれるな

 生存者がエンティティに捧げられるのを見送ると、俺はぐるりと周囲を見渡す。これで残りはあと一人。発電機が2台直っているのでハッチは開いているはずだが……。
 最後の一人は腕が立つだろう。途中で一度見かけて追いかけたが、建物を行き来して足跡を散らしているうちに見失う、という手段を使っている。確か、最近新たに加わった生存者だったはず。名前は、未登録名前、とか言ったか?
 これは少し楽しめそうだ。相手はおそらく罠をかいくぐりながらハッチを探すくらいの力量を持っている。その前に俺が探し出さなければ完全勝利には至らない。
 殺すか逃げられるか。ギリギリの緊張感が全身を駆ける。これだから、霧の森の殺戮はやめられない。俺は仮面の下で喉を鳴らし――

バッチン

「……」

 気のせいでなければ、背後の建物から音がした気がする。気のせいでなければ。
 俺は踵を返し、建物に向かうと窓枠付近に近づいた。

「ひ、い!」

 涙目で必死に罠を外そうともがいている女がいた。
 頭が痛くなった。窓枠付近には罠を設置するのは定石だと思うんだが?その定石をコイツが知らないとは思えないんだが?それとももしくは。

「……お前、バカなのか?」

「うわぁ喋ったァァァ!」

 前言撤回。バカ確定。

「せっかくもう少し楽しめると思ったんだがなぁ俺のテンションどうしてくれるんだ?ええ?」

「ヒイイごめんなさいごめんなさい!やっぱ同じ建物で2回も撒いてたらイラっとしますよねごめんなさい!」

「ああそんときゃだいぶイライラしたな……って違ぇよ!そんだけ逃げられるんなら上手いと勘違いすんだろただの思いつきかテメェ!」

「そうです思いつきでごめんなさい!!まさかあんなに刺さるとは思いませんでした!」

「しれっと煽るな!ナメてんのか!」

「ひええお助け!!」

 もういい。こんな阿呆に付き合ってる時間がもったいない。俺は未登録名前を担ぎ上げると手近なフックに吊り下げた。一度吊っていたためすぐにエンティティの足が振り下ろされ、もがく未登録名前を眺めていた。ていうか最後の一人がもがくなよ。早く死なねぇかなこいつ。

「トラッパー、さん」

 口の端から血を流しながら、未登録名前は言う。

「あの、初めての儀式だったんですけど、」

「だから何だよ。脱出できなくて残念だったとでも言う気か」

「いいえ、確かに残念ですけど、それ以上に、――楽しかったです」

 にこり、未登録名前は笑った。その瞬間気を緩めたせいかエンティティの足が刺し貫き、未登録名前の体は夜空に消える。
 ……最後の最後までバカだな。もう少しもがいていられたものを。
 胸中で悪態をつきながら、未登録名前が吊られていたフックが地に落ちても、俺はしばらくそれを見つめていた。