きみとの一杯

このジトジトした天気が大嫌い。
お洗濯はできないし、食材もすぐ腐るしで、いいことない。
一番嫌なのは、もっと別のことだけど。

「どうした、さっきから窓の外ばかり見ているが」

「んー……」

本当なら、今頃ステーションスクエアで遊んでるはずだったのに。
シャドウの……滅多にない休日なのに。
家にいるしかできないなんて、つまんないよ。
まあ、普段シャドウはあちこち走り回ってるから、ゆっくりしてたほうがいいのかもしれないけど。
だからあえて、不満は口にしなかった。態度までは大目にみてよ、ほんとうは残念で仕方ないんだから。

「おい」

「なに……ぅえっ!?」

突然肩を掴まれたかと思ったら、シャドウのほうをふり向かされた。
びっくりして何も言えないわたしに、シャドウは空いていた手で何かを差し出してきた。

「紅茶……?」

「君が以前探していた、ブローディーズのロイヤルスコティッシュだ」

「えっウソ!あったの!」

イギリスで生産されてるやつだから、輸入雑貨店をけっこう見て回ってもどこにも売ってなかったのに!
というのも、わたしが無類の紅茶好きであるがゆえ。
シャドウも知ってるから、まさかわざわざ探してきてくれたんだろうか。

「買ってきて、くれたの?」

「たまにはいいだろう」

ぶっきらぼうにシャドウは言う。
というか……シャドウもいつの間に紅茶の淹れ方を覚えたんだろうか。
水色もきれいだし、香りもいい。
受け取って、わたしはゆっくり飲んだ。

「おいしい!」

例え同じ茶葉でも、淹れ方を間違えれば飲めたものでなくなる。
温度、抽出時間、蒸らしの時間……いろんなものに気を配らなければ紅茶の旨味を充分に引き出せない。
かくいうわたしも、いつも完璧に紅茶を淹れられるわけじゃない。失敗することだってたくさんある。
でもシャドウが淹れてくれたものは……つい最近までまるで興味がなかった人が淹れたものとは思えなかった。

「シャドウ……あのさ」

「黙って飲め」

シャドウは背中を向けてしまった。
でも、でもね。
わたしはシャドウに気づかれないように、こっそり笑った。
わたしに紅茶を渡したとき、すっごく緊張してたよ。
おいしいって言ったときも、ホッとして少し笑ってたもの。

「ありがとう、シャドウ」

「……礼はいらん」

「えーなんでさ」

まあいつもの照れ隠しだろうけど。
そう思ってわたしは二口目を……

「雨で予定が潰れるより。君の笑顔が曇るのが、耐えられなかっただけだ」

「グッホ!!」

思わず紅茶を吹き出しそうになった。(そうに、ってだけで吹き出してはない。勿体無いからね!)
わたしは咳き込み、笑いが堪えきれないまま言った。

「げほ……なにそれギャグ?雨だけに曇るってかけてんの?」

するとシャドウは(やっぱりだけど)かなりご立腹のご様子。

「貴様……人が珍しく気をきかせてやったというのに……」

「アッいやいやカオススピアの準備はしないでいただけますかシャドウさん。ほんと、本当に感謝してるから!茶葉だけでも高いのにその上わざわざ淹れて頂いてまっことかたじけのうござる!!!」

「なぜ武士言葉なんだ……まあいい」

あんまりからかい過ぎると茶葉没収もありうる……とりあえず怒りは落ち着いたようなので、改めてお礼を言った。

「ありがとうね、シャドウ」

「フン」

「わたしも……予定が潰れても、シャドウの笑った顔が見られてよかったよ」

「!?」

シャドウがすごい勢いでこっちを振り向いた気がしたけど、気にせずわたしは紅茶を飲んだ。
ああ、すごく、おいしいなあ。