きみとみたゆめ

「あーくそっ!あといっこ鍵がみつからん!」

あたしはゲームボーイから顔をあげて叫んだ。
ちくしょー、ここ開ければあとはボスだけなんだけどな。
地図にもう宝箱の印がないとこを見ると、うえから降ってくる系なんだろうか。厄介だな……。

「うう、今日はもう頭まわらないや……明日にしよ」

セーブして電源を切り、布団に入る。
携帯機ってこういうとこが便利だよね。片付けなくていいし。
あたしは頭の中に地図を思い描きながら、眠った。

「ここでなにしてるの?」

声をかけられて、はっと気がつく。
起き上がって、辺りをきょろきょろと見渡す。
そこは、知らない場所だった。
薄暗い洞窟という印象で、壁にたいまつが灯っている。
そして、あたしに声をかけたのは、金髪碧眼の美少年。
そう、何度も画面ごしに見てきた、あの姿。

「リンク……!?」

「そうだけど……なんで君が知ってるの?」

あーあー、全て理解したわ。
寝る前にゼルダの伝説のことを考えていたから、その夢を見てるんだわ。
だからここは、きっとあたしが迷ってた神殿だろう。

だったらもうやることはひとつしかない。

「っわ!?」

「リンク会いたかったよおおおお」

あたしは起き上がるとリンクに抱きついた。
まさに夢にまで見たリンク!ゼルダやってるのに夢に見たことなかったから嬉しい!
ふしぎの木の実だから子供で、わたしよりちょっと小くて腕の中にすっぽりと納まってしまう。
リンクはあせっていて、でも逃げようとはせずされるがままだった。
かわいい。なんてかわいいんだこの子。

「ちゅーしてやろうかちゅー」

「ええっちゅう!?」

フフフ、戸惑ってる戸惑ってる。
長い耳がぜんぶ真っ赤だよリンク君。
ま、さすがにやらないけどね!やりたいけど!
リンクを開放してやると、リンクは、はぁと深いため息をついた。

「それで、どうして君が僕のことを知ってるの?あと、ここでなにしてたの?」

「あー……」

うーん夢のなかなのに説明を求められるとは。
非常にめんどくさいけど、まあ仕方ない。
適当に答えることにする。

「リンクのことは、噂できいてたの。左手の甲にあるトライフォースの印!それをみて本人だと確信したわけ。で、ここにきたのは……道に迷って」

我ながら苦しい言い訳だなあと思うが、リンクは「ふーん」とそれ以上つっこんではこなかった。

「君、名前は?」

「未登録名前だよ」

「未登録名前、ここにいると危ないし。村まで送るよ。ホロンの村?それとも水びたしの村?」

せっかくリンクと会えたのに、危険だからと村にいるのは……正直もったいない。うん。
どうせ夢だから死ぬことはないし、この際だからついてってみよう!

「リンクはさ、ここで鍵探してるんじゃない?」

あたしのプレイではそうだったから、多分夢でも同じはず。

「え、そうだけど」

「じゃああたしも一緒に探す」

「そんなの危険だよ!」

「大丈夫!逃げ足は速いから!」

「だからって……」

「えーいいじゃん、リンクと一緒にいたいんだよいさせてくれええええ!」

「うわあくっつかないでよ!」

必死になって懇願すると、リンクもしょうがないといった顔で、

「仕方ないなあ……僕から離れないでね」

「やったーありがと!」

「……でも今は離れてね」

「えー」

「えーじゃなく!」

あちこち歩き回って、鍵を探す。
鍵のある部屋ではコンパスから音がなるので、それを頼りにしているのだが、一向に見つかる気配はない。

「少し休憩しようよ」

疲れたわけではないけど、ずっと考え詰めはよくないと思ったのだ。
リンクはしぶって、

「でも……あと少しでこのダンジョン攻略できるし」

「急いてはことを仕損じるっていうじゃん」

「なにそれ?」

あ、ことわざは通じないか。さすがに。

「急いでてもいいことないよってこと。体は疲れてなくても、頭は疲れてるだろうし。こういう時は少し間を空けたほうがいいよ」

ほとんど自分に言い聞かせてるようなことだけどね。
あたしがゼルダをやってて行き詰ったときは、大体間を空けると攻略できたりするから。

「それも、そうかも」

リンクは少し笑って、地図をたたんだ。
立ってるのもなんだし、ということで、その辺の出っ張った部分に二人並んで腰掛けた。

「あのさ」

リンクが言う。

「なに?」

「実は、未登録名前と初めて会った気がしないんだ」

それは。

「名前は初めて聞いたんだけど……でも、声とか、なんとなく聞き覚えがあるような気がする」

多分、画面越しにあなたを見ていたから。独り言、呟いてたから。
とは、なんとなく言えなかった。

「あたしも、初めて会った気がしないよ」

「本当?僕たち、どこかで会ってる?」

「いや、初めてだと思う」

「そっか……」

リンクは寂しそうにうつむいた。
そんな顔させるつもりはなかったんだけど……。

「なんか、ごめんね」

思わず謝ってしまう。

「ううん、いいんだよ!僕のほうこそ、ごめん」

「いやいやあたしのほうが」

「いや僕が」

「いやいやいや」

「……っぷ、あははは!」

突然リンクが笑い出したので、あたしはちょっと怒る。

「な、なによお!」

「だって、未登録名前、すごい必死で……」

「必死でわるいかー!」

「ごめ、そういう意味じゃないよ!……必死で、一生懸命僕のことかばってくれる。可愛い人だなって思って」

か、かわいい!?
そんなこと一度も言われたことないぞっ!

「お、お世辞言っても何もでないからね!」

「違うよ。本当にそう思ってる」

リンクの顔は至ってまじめだ。
こ、こういうときなんていったらいいの?
わたしはどうしていいかわからず、視線をあちこちに泳がせてしまう。

「べつに、あたしは、かわいくなんてないし、リ、リンクのほうがかっこいいし!」

「あはは、なにそれ」

またリンクが笑う。
なにこれものすごく恥ずかしいんだけど!?

「さて、そろそろ行こうか。未登録名前」

「あ、う……うん」

……リンクは少し天然なのかもしれない。

「ここだ!」

コンパスから音がした。間違いない、この部屋のどこかに鍵がある。
しかし……。

「おかしいな、この部屋はもう見たと思ったんだけど」

リンクが首をかしげた。
あたしも、この部屋には見覚えがある。しかし部屋には何もなかった。
うーん……敵もいないから、敵全滅で鍵が落ちてくるわけでもなさそう。
だとしたら――

「そうだ!」

あたしはぽんと手を打った。

「どうしたの?」

「この部屋、ちょっと細長いよね」

「え、ああ、そういえば」

あたしは思い出したのだ。
この部屋は二つに分かれていて、もう片方にどうやって行くのか解らなかったから後回しにしていたことを。

「きっと、隣の部屋か下の部屋から、壁を壊せるんじゃないかな?」

「試してみよう!」

まず下の部屋に戻ってみる。
部屋の入り口は、妙に右よりになっていた。そこがヒントだったのかもしれない。

「壁にひび割れはないけど……」

リンクは右側の壁に手をあてる。

「反対側にはあるのかもよ」

それに気づくには、上から見下ろさないといけないけど。
とりあえずやってみようってことで、リンクが爆弾を取り出した。
床に設置して、離れた場所から見守る。

ドガアッ

そこに現れたのは大きな穴。

「やったじゃん!」

「すごいよ未登録名前!ありがとう!」

わたしの手をとり、リンクが喜ぶ。わたしといえば急に手を握られて、また顔が熱くなった。

「どうしたの?」

「な、なんでもない!」

慌てて手を離し、ぎこちない足取りで穴をくぐった。
すると、なぜかまぶしく感じて、あたしは思わず目を閉じた。
白けた視界は、徐々に暗くなっていき、収まったところで目を開ける。

「!?」

そこは、見知った天井。
跳ね起きて、辺りを確認する。

「……あたしの、部屋」

夢は終わった、っていうことか。
あー、せめてリンクに一言言ってから目覚めたかったなー。
ま、夢だからなかったことになるんだけどさ。

なかった、こと……?

自分で考えておいてなんだが、ちょっと悲しい。
だってまるで、リンクが現実にいるみたいな感覚だったから。
それも全てなかったことになってしまう……と思うと、もう少しあの夢を見ていたかった気もする。
夢は覚めるものだけどね。
さて、今日は休みだし、詰まってたゼルダやろーっと。
あたしはゲームボーイの電源をいれ、起動する。

「……え」

画面を見て驚いた。

鍵の所持数が、増えてる。
しかもいるのは、二つに分かれた部屋の左側。

なんで!?
いつの間に……。

ま、まさか。
あれは現実に起こったことだとでもいうの……?
そんな馬鹿な。
だってこれはゲームだし。実在しないし。

「でも、ちょっとだけ信じてもいいかな。ねえリンク」

画面のなかのリンクは、なにも言わないけど。
夢じゃないかもしれない世界で過ごした時間は、一生の宝物になると思う。