くらやみの底

「見るな」

はっきりとした、悲しみの声がする。
薄い暗がりから聞こえるその声に聞き覚えはないが、わたしには誰が発したものかすぐに分かった。

「アヤさん」

『それ』はびくりと肩を震わせた。
いや、その場所が肩かどうかは定かではない。しかし、確かに『それ』は震えた。

「アヤさん」

もう一度声をかける。

「見るな……」

泣いているのかもしれない。
はっきりと、弱弱しく、『それ』は懇願を続ける。

「アヤさん、わたしね」

一歩、一歩。

「とっても怖いのに、怖くないんだ。あなただって分かるから」

近づいていく。

「だから、もし頭からばりばり食べられちゃっても、わたしはきっと後悔しないよ」

「……おまえなんて、食べるか。不味いに決まっている」

ああ、よかった。いつものアヤさんだ。