くれないのキス
「っと、悪いな兄さん」
夜、すでに馴染みとなった店のドアを開けようとしたところ店から出てきた男とぶつかりかける。男は朗らかに笑うと俺に道を譲った。おそらくは常連か、こう気の良い奴ならアイツと気が合うだろうなと思いながらドアをくぐり、そして硬直した。それを見た男は喉を鳴らし小さく笑う。
「未登録名前があの調子だからさ、あんた見ててやってくれ」
返事をする間もなく、男は静かにドアを閉めた。俺は深々とため息をついて、カウンター席に座る。隣には、片腕を枕に眠りこける未登録名前の顔。
顔色を見るに酔っている訳ではなさそうだが、まるで起きる気配がない。これだけ近く、しかも先ほどまで客がいたというのに。……客?そう言えば男だった。しかも他に客はない。コイツ、こんな夜更けに男と二人でいて、しかも居眠りだと?
それに気がつくと、急に腹が立ってきた。人の気も知らないで安らかに眠る未登録名前をどうにか動揺させて思い知らせたい。なぜそんなことを考えたのかなど今はどうでもいい。
俺は女に顔を寄せ、その……
「……」
頬に口付けた。
「……んへぇ?」
ややあって、未登録名前が目を覚ました。
「お前、店をやる気はあるのか?」
「……んー、えー…………あっ、キミか。おそよう」
「……間抜け」
「ちょっいきなりなにさ!?」
「うるさい喚く暇があるなら酒の一杯でも寄越せまだ目が覚めないなら顔洗ってこいそれともひっ叩いてやろうか」
「うええぃ情報量多いな!?まぁいいや顔洗ってきまーす」
洗面所に向かった未登録名前を見送ってから、俺は両手で顔を抑えた。
……何をやっているんだ、俺は。
ばたん、と洗面所のドアが閉まるとずるずる座り込んだ。
「……ひきょうだ」
なにゆえ私が寝てるときに限ってそういうことをするかな、おかげで顔を洗い終えるまでまだしばらくかかりそうだ。