この後お互い自覚する

 主のことが苦手だった。よく喋り、よく笑い、誰とでも分け隔てなく明るく接するその姿はまるで太陽のようであり、写しという影を背負う俺にとっては焼け付くように眩しかった。
 そんな彼女が、なぜ俺のような刀を初期刀に選んだのかがずっと分からなかった。
 彼女は花が好きだから、風流を愛する歌仙兼定と気が合うだろう。着飾ることも好きだから加州清光とも仲良くなれるだろうし、話好きでよく喋るなら陸奥守吉行とも、美しく輝く太陽ならそれこそ蜂須賀虎徹も。
 考えれば考えるほどに、主が俺を選んだ理由が見当たらない。……尋ねる勇気など、もちろんない。そんな後ろ暗いものを抱えながら、ずるずると月日だけを重ねてきてしまった。

「僕は分かるけどなぁ、兄弟を選んだ理由」

 ぱん、と洗濯物を広げながら堀川国広が言う。兄弟刀の言葉であるのに信じることができず、俺は洗濯籠を抱えたまま動けなくなった。

「……思い違いじゃないのか」

「兄弟が難しく考え過ぎなだけだよ」

 籠を抱えたまま足踏みすらままならない俺とは対照的に、兄弟は手際良く物干しに洗濯物を並べていく。その奥には、やはり手際よく長身を活かして敷布を並べるもう一振りの兄弟が見えた。
 二振りの兄弟は、いつだって前を向いて歩いている。一つの物事に囚われている俺とは、違う。

「あ、主さんだ」

 主、の言葉に身をすくめた。背後からぱたぱたという軽い足音がするが、俺は振り返ることができなかった。

「ふたりともお疲れ様! まだかかりそう?」

「この籠で終わりですよ。もしかして兄弟に用事ですか?」

「うん! ちょっとだけいいかな?」

 ひょいと主が顔を覗き込む。反射的に逸らしてしまう自分にまた嫌気がさした。

「……兄弟、あとは頼んでいいか」

「はいはーい! 任せて!」

 兄弟はひょいと籠を受け取ると、さっさとその場を後にしてしまう。いくらなんでも露骨すぎないかと恨めしくもなるが、仕事は仕事だと割り切って、ようやく主に向き合った。

「それで、用事とはなんだ?」

「えっと」

 すると今度は主の視線が下がちになり、なぜか言い淀んでいた。

「どうしたんだ、頼みづらいことか?」

「頼みづらい……と言えば、そうなんだけど」

 これは、おそらく初期刀として長く彼女とともにいるが故に知ったことだ。普段は闊達な主だが、ここぞという時の判断や、誰かに何かを頼むときなどに迷いが出る癖がある。
 俺からすればこの本丸で主の決定に不満を漏らすものなどいないと断じることができるが、彼女にとってはそうではないらしい。そんなときに声をかけられるのは、俺……初期刀だった。

「……この本丸で、あんたに頼まれて困るやつはいない。遠慮せず話せ」

「それは、山姥切も?」

 下がちだった視線が俺に向く。今度は不思議と逸さなかった。

「ああ。あんたの、初期刀だからな」

 写しだとしても。兄弟たちと違っても。初期刀として選ばれた事実は揺るがない。
 その期待を裏切りたくはない。――ああ、そうか。
 俺は彼女が苦手なのではなく、彼女に失望されるのが何よりも恐ろしい。

「……そっか」

 すると彼女はふっと表情を緩め、あのねと切り出した。

「私ね、山姥切のそういうところが好きなんだ」

「……は?」

「ほんとはさ、私、すごい臆病で、人見知りで……でもみんなの主だから、そういうの表に出さないようにしてて。だけど、山姥切はそういうところもひっくるめて見てくれるから、つい緩んじゃうんだ」

 いつもありがとう、と、彼女は笑った。

 この時ようやく、俺は兄弟刀の言葉の意味を理解した。

「……主の背中を押すのは、初期刀の役目だからな。それで? 何か頼みたいことがあるんだろう」

「あ、そだね。えっと……今度の審神者会議で着ていく服を、一緒に買いに行って欲しくて」

「護衛か。分かった」

「それもあるけど、えっと……い、一緒に選んでくれたらいいなって!」

「は!? お、俺にそんなの期待するな! 女の洒落っ気なんて知るか!」

「でっでも山姥切の好みとか知りたいから」

「は?」

「あ」

「おお兄弟! あちらの様子はどうであろうな!」

「当分かかるんじゃない? 兄弟なんて自覚すらしてないもん」

「カッカッカ! どちらも奥手であるからなぁ!」

「見てるこっちがやきもきしちゃうよね、まったく。……だからこそ、似た者同士なんだろうけど」