同田貫正国と喧嘩をした。
「……いつまで不貞腐れているんだい」
初期刀兼近侍である歌仙が、机の上に突っ伏したままの私を一瞥してため息まじりに言った。
「不貞腐れてないし」
そう、別になんとも思ってないのである。たぬきと喧嘩するのはこれが初めてではないし、なんならしょっちゅうだ。だから、別に、なんてことないのだ。
「なら仕事を進められるね。さ、起きて」
「……まだそのときじゃない」
「君ね……」
歌仙は呆れ返ったらしく、それ以上何も言わずに自分の仕事に取り掛かった。残された私は一人逡巡する。
今日のだって、悪いのは私じゃない。たぬきだ。せっかく私が、最近出陣続きだったから休ませてあげようと思って部隊から外したのに、たぬきは「余計なことすんな」って怒り始めたのだ。
不満を言うだけなら、まだ分かる。たぬきは戦が好きで、戦うことが刀の本分だと思ってるから。でも、「余計なこと」ってなにさ。最近のたぬきはほんとうに出ずっぱりで、出陣だけじゃなく遠征も進んで行くものだから、金属に疲労骨折があるみたいにいつか折れるんじゃないか、って、本気で心配したんだ。それを余計なことって怒って、私の――審神者の、気持ち。全然考えてない。私は誰にも折れてほしくないのに!
「ひとつ言うことがあるとすれば」
それまで黙っていた歌仙が不意に言葉を投げかける。視線はそのまま、でも口調はずいぶん柔らかいように感じた。
「君が『たぬき』と呼ぶことを、もう少し深く考えてもいいかもしれないね」
「は……?」
どういう意味、と聞き返そうと思ったそのとき、廊下からどたどたと忙しない足音が聞こえてきた。
「おいっ!」
「……なに」
顔をあげなくても誰だか分かる。わざとらしく顔を背けると、そいつはすぱんと障子を開けて苛立たしげに私のそばに寄ってきた。
「俺を戦に出せよ」
「……たぬき。何回同じ話すれば気が済むのさ。しばらく休みっつったでしょ」
仕方がないので顔を上げると、さっき言い争ったときと同じ顰め面がそこにあった。
「こんなに休んでいられっかよ! 今すぐ出陣させろ!」
「休むのも仕事のうちだって言った! 働きすぎて倒れられたらこっちが困るの!」
「こんな程度で俺が倒れっか! 手前ェの武器も信じられねえのかよ!」
「……信じてないわけじゃない!」
信じてる。
むしろ、信じすぎて涙が出てくるほどに。
「お、おい――」
「何を、そんなに焦ってるの……?」
滲んだ涙を乱暴にぬぐい、思わず立ち上がる。
「たぬきに私の気持ちなんかわかんないよ!」
「……ちっ、ああ! 分からねえよ! 俺にゃ女の機微も分からねえし、華々しい見目があるわけでもねえ! あんたに認めてもらうには、武勲を立てるしかねえんだよ俺には!!」
「…………え?」
「…………あ、」
「ねえ、たぬき今の――って早ぁ! どこ行くの!!」
「うるせーーしらねーー!! ああーーーー!!」
「待ってってばあー!!」
一振り残された歌仙は主たちの後ろ姿を見送って、小さく笑った。
(『たぬき』ねえ……)
他の刀にそう呼ばれたときの同田貫正国の反応を言って聞かせたら、主はどんな顔をするのだろうと思うと今から心が踊るのだった。