ちいさなばけもの

 生きたいと、思ったことはなかった。

 かといって死にたいとも思わなかった。ぼくは生きているけど死んでいるし、どちらでもおんなじことだから、頭のなかのママの声を守れればなんだってよかった。
 だから、あいつらが口にする言葉の意味なんか、ちっともわからなかった。

「た、たすけ、」

 ぐしゃりと頭を踏み潰す。

「殺さないで殺さないで殺さ」

 腹に穴をあける。

「死にたくない、死にたくない」

 首をしめる。

「ああ、やっと死ねる」

「……どうしたの?」

 血の海のうえで、ワンピースを着た女の子は首をかしげている。
 ほおにはベッタリと返り血をつけて、口の端はかすかに笑ってさえいた。
 おかしくなっちゃったんだろうか、と思った。今まで殺してきたあいつらの中には、死ぬ間際に別人みたいになるのがいた。急に笑いだしたり、赤ちゃんみたいに泣きだしたり、ひとこともしゃべらなくなるのもいた。けれど、目の前の女の子は、明日の天気をきくときみたいな顔をしてぼくを見ていた。

「殺さないの?あのひとたちみたいに」

 女の子はこてりと首をかしげながらぼくの後ろを指さした。
 そこには、まっぷたつになったおとこと、首がなくなったおんなが1人ずつ地面にころがっている。ついさっきまで女の子と一緒にいたやつらだ。たぶん、パパとママなのだろう。そうか、ぼくが殺してしまったから、この女の子はひとりぼっちになってしまったんだなぁ。そんなことをぼんやり考えていると、女の子がうーんとうなった。

「わたし、パパとママに言われたの。わたしはいないほうがいいんだって。だから、ここへ捨てられにきたのよ」

 ……どういうこと?
 こんどはぼくが首をひねる番だった。

「なんだかね、わたし、ここがオカシイんだって」

 女の子が、指をいっぽん、自分の頭に向けた。

「オカシイ子はいらないんだって。わたし、死ぬのは怖くないし、パパとママがそう言うなら、そうしなきゃって」

 だからあなたに殺してもらわないと困っちゃう。そんなことを言い、女の子はじっとぼくを見つめる。
 ぼくはばかだから、この気持ちをなんていう言葉でいえばいいのか分からない。だけど、この子は、なんだかぼくに似ていると思った。ぼくがまだ子どもだったとき、まわりの子たちと同じようにできなくて、笑われたり、怒られたり、怖がられたりしていた。そうして決まって言われるんだ、「おまえはおかしい、おまえなんかばけものだ」って。

「殺さないの?」

 もう一度、女の子が言う。ぼくは、その言葉にゆっくりと首を横にふった。

「……どうして?」

 それは、ぼくにも分からない。きっと頭がよかったら、たくさん言葉を知っていれば、伝えられたのかもしれないけれど。
 そのかわりに、ぼくはナタをおろして手を差し出した。女の子は目をまん丸にして驚いていたけれど、やがてにっこりと笑って、両手でぼくの手をにぎってこう言った。

「いつか殺してくれるよね」

 生きたいとも、死にたいとも思わなかった。
 でも今は、このちいさなばけものの手を引いて歩いていきたいと、そう思った。