「寒いの、もう慣れた?」
庭の雪かきを終えて執務室に戻ると、おかえりの後にそんなことを言われた。
そういえば、オレが顕現して二度目の冬になる。初めて冬を迎えたあのときは、人の身を得たばかりということもあって驚きの連続だった。身を刺すような冷たさ、という慣用句があるのは知識として知ってはいたが、実際に体験すると読んで字の如くとはこのことかと思わない日はなかった。その様子を見た主にはずいぶんと笑われ、「笹貫はかわいいね」なーんて言葉を頂戴したものだ。
「慣れたよ、残念ながら」
「そう? じゃあ火鉢はいらない?」
「……それとこれとは話が違うんじゃない?」
「ふふ、冗談。今火を強くするから」
あと体が温まるお茶も淹れようね、と主はふたり分の湯呑みを用意してくれた。
なんか、敵わないんだよなぁ。
火鉢のそばに寄りつつ、てきぱきとお茶を淹れる主を眺めながらぼんやりと思う。主とはこんな軽口をよく言い合うが、オレが勝った覚えはあまりない。数多くの男士を束ねる一国一城の主ともなれば、こうも肝が座るというのか。
……惚れた弱み、というなら、もうどうしようもないけどさ。
「はい、笹貫」
「ん、ありがと……あっつ」
「大丈夫? 火傷した?」
「へーき。心配し過ぎだって」
「えーだってさ、顕現したばっかりのとき……」
「もう、その話はいいでしょ」
去年オレが初めての冬を迎えたとき、冷えた手で湯呑みを持って、その熱さに驚いて湯呑みを落として火傷した事件がある。だって知らなかったんだ、冷えきった手で温かいものを触るとあんなに熱く感じるなんて。
拗ねるオレとは対照に、主はくすくすと笑った。
「笹貫はかわいいねぇ」
「……何回言うの、それ」
顕現したての頃から言われ続けているそれに、むっと顔をしかめると主はごめんと言いながらも口元を緩めている。
オレからしちゃ、可愛いのは主のほうでオレじゃないんだけど。そう伝えたこともあるけど、というか何度も言ってみてはいるけど、主はそんなことないよと言ってマトモに取り合ってくれないのだ。
長船派に口説かれ慣れているのかも、と思うと胸の奥がずくりと疼く。オレはまだまだ新参者で、主からしたら数ある男士のうちの一振りでしかないのだろう。それでも近侍をやらせてくれるのは、オレがただ強請っただけで。
いつになったら、オレは意識してもらえるのかな。
「……ね、主」
「ん?」
主が、オレのことを可愛いなんて言うのなら。
「やっぱ、まだ冷えてるみたいだからさ……あっためて?」
なんて言いながら、主の手を両手で握る。
我ながらなんてわざとらしいと思ったが、主が思う『笹貫』がそうであれと思うなら、道具のオレはそのとおりになってやろう。
焦って飛び込まず、はオレの信条だ。
「……仕方ないなぁ」
やっぱり、主はなんでもないというふうに握った手に自身のそれを重ねて来た。まるで短刀たちにするようなやり取りだな、と思いながらふと顔を上げると。
「……あるじ?」
「なっなに?」
驚いた。
顔が赤くなっている。
「へえ」
いたずら心が降って湧く。重ねただけの手をほんの少し動かして、するりするりと主の手の甲を撫でさすった。
「な、なにいきなり」
「んー? 主は可愛いなーって?」
「ちがう、私は別に」
「ま、そうしとこっか。……今のところはね」
指を絡めるように繋いでみせて、小さく上がった悲鳴に自然と口角が上がったのだった。