いつの日からか。
彼はそこにいた。
小さな丘の上にある大きな木の下で、たったひとりでそこにいた。
その姿が、どこか寂しそうに見えたので、わたしは彼のもとに足を運ぶようになっていた。
「きたよ、ダーク」
「……よくもまぁ飽きねえな」
わたしは寝そべっている彼、ダークに手を振りながら声をかけた。
ダークはいつも通り、めんどくさそうにしていた。
「飽きないよ、好きで来てるんだから」
「そうかよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、ダークはぷいとそっぽを向いてしまった。
わたしは気にせず隣に腰を落ち着ける。
ちら、とダークのほうを見る。
黒い服と帽子。銀色の髪。顔は今見えないけど、整ってる。瞳の色は赤。
そして、彼が人間でない証である、灰色の肌。
そう、ダークは魔物だ。
詳しいことは聞いていないが、そうとだけ話してくれた。
だから俺に近づくな、とも。
最初は、確かに怖かった。でも少しずつ接するうちに、そんなに悪い人(?)じゃないって分かった。
何だかんだ言って、ここにいることを許してくれてるのがその証拠。
「……なに見てんだよ」
ずっとダークのほうを見ていたら、睨まれてしまった。
「今ダークについて考えてたの」
「はあ?」
「ダークって結構、優しいよなぁって」
「バカじゃねえの?」
鼻で笑うダーク。
「バカじゃないよ。すごく真面目に考えてる」
「それがバカだっつーの、バカ」
「ひどいなあ」
口を尖らせるわたし。
でも、
「いいんだ、ダークとこうして話してるのが楽しいから」
「変なヤツ」
理解できないというふうに呟いて、ダークは上体を起こした。
「お前さぁ、毎日毎日こんなところに来て、他にすることないのか?」
「そりゃあるよ。でもこの時間はダークといるって決めてるから。最優先事項!」
ぐっと親指を立てて見せると、ダークはため息をついて、
「ますます変なヤツ」
しみじみと言った。
失礼しちゃうなぁ……。
「そこが楽しいところでもあるわけだけど」
「正気かよ……」
ダークが呆れる理由がわかんないなぁ。
「あのさ、お前」
「いつもお前っていう……わたしの名前は未登録名前だよ」
「面倒くせぇ。通じるからいいだろ」
「ちぇ。で、なに?」
「お前、本当に俺が怖くないのかよ?魔物なんだぞ」
この質問は、何度も聞いている。
その度にわたしはこう答える。
「怖くないよ。だってダークだから」
「意味わかんね」
ダークには分からないかもしれないけど。
わたしは魔物が怖くないんじゃなくて、ダークが怖くないだけ。
他の魔物だったらきっと、とっくに逃げ出してる。
「襲う気があったら、とっくに襲ってるもんねえ?」
「……ふん」
あ、ちょっとだけ顔が赤くなった。意外と表情に出やすいんだから。
「ダークかわいい」
「仮にも男に、そんな言葉使うな」
だってかわいいんだよ、と言おうとしたけど、あんまり言うと本気で拗ねるから黙った。
代わりに笑顔でダークを見る。
ダークは視線をそらしてしまった。
だいたい、こんな日常。
昼過ぎから夕方まで、こうしてダークと会話する。
その何気ない会話がわたしにはとても大切。
わたしは、ダークのことが好きだから。
本当のことを言ったら、なんて言うかな?
「種族が違う」って言われちゃうかな。
でも、ダークがここにいることには変わりないし、わたしがダークのこと好きなのも変わらない。
それで十分じゃないかなって思うんだけどな。
「……今度は何考えてんだ」
ダークが訝しげにわたしを見る。
「教えなーい」
わざと、いたずらっぽく言ってみる。
てっきりまた流されると思っていたけど、
「……そんな風に言われると、気になるじゃねぇか」
ちょっと照れ臭そうにしてる。
思わず言ってみようかな、という気になったけど、やっぱり言わない。
もう少し、この空気を壊したくないから。
わたしの気持ち、みんなには内緒だよ?