でもすごい人で、

私は美術部に所属しているばりばりの文系だ。なので、がちがち理系の物理部(という名のなんでも部)とは一切合財関係がないはずなのだが、なぜか今現在物理部の部室にいる。
端的に言うとまぐろくんから手伝いをしてほしいと言われ、今日は美術部の活動がなかったので承諾した。
理系部のなにを手伝えばいいのか皆目検討もつかなかったが、やることは単純至極、単なる掃除だった。
聞けば先輩の実験が失敗してフラスコが爆発、その後片付けだという。爆発するほどの、なにを実験していたんだろうか。そういう危険物の取り扱いって免許いるんじゃなかったっけ。
とにかく私は爆風で吹き飛んだ本やら資料やら器具やらを拾っては捨てを繰り返していた。
その間、まぐろくんと件の先輩も掃除しているのだが――

「そもそもわたくしは、懐疑主義的思考には賛同しかねるのだよ」

「でも個々に独立した事象に紐付けをしようとするには、理論としては弱いかと★」

「しかし反証にまでは至らない。その仮説自体はわたくしも面白いと思うのだが――」

……と、さすが理系部といった具合の話を延々としているのであった。
話に入れない、いや入る気もさらさらない私は黙々と作業しながら、まぐろくんについて少し考える。
雑学に明るいだけじゃなく、こんな難しい話もさくっと出来てしまうあたり、彼はものすごく頭がいいってことが分かる。
成績も常に上位で、なおかつ運動もなんなくこなす。見たことはないが、料理の腕前も相当なものだとか。
改めて思う。まぐろくんってすごい人なんだなあと。そして思う。なのになんであんな性格なのかと。

「遅れましたー!安藤です!」

「あ、りんごちゃん★」

「やありんごくん」

そこへ、同じく物理部のりんごちゃんが威勢よく入ってきたことで二人の議論もひとまず区切られた。

「あ、未登録名前!ごめんね手伝ってもらって」

「気にしないで。ヒマしてたとこだし」

りんごちゃんとは、まぐろくん繋がりで面識がある。

「人手も増えたことだ。一旦休憩するとしようか」

「そーですね★」

正直言って疲れがたまってきたので、先輩の言葉はとてもありがたかった。自分からは言い出せない雰囲気だったし。
先輩とりんごちゃんがお茶を(ビーカーで)入れてくれることになり、私とまぐろくんはイスに座って待つことに。

「そうだ、未登録名前ちゃん★」

「なに?」

またお得意のヘンな雑学だろうか、と思ったとき、そういえば、私より仲がいいはずのこの二人にはヘンな話をしないのかと新たな疑問が湧いた。

「未登録名前ちゃんの絵、こないだ見たよ★」

「え」

全然違う話だった。ていうか私のことか。いつ見たんだ。飾ってあるやつあったっけ。あるとしたらどこだ。飾る必要があるくらいの絵っていったらなんか賞とったやつか。最近だと献血ポスターくらいだけどあれ正直私気に入ってないんだが。
と、冷や汗と一緒に恥ずかしさも湧いて出て、頭のなかでぐるぐると言葉は回るけど舌が回らなかった。

「ボク、キミの絵、好きだな★」

「え、あ、ありがとう」

ようやく出てきた言葉はありきたりのもので、我ながら辟易した。
本当はものすごく嬉しいのに。誰かから褒められることなんてほとんどないから、嬉しいのに。
どうやってその嬉しさを表現したらいいんだろう。あ、でもただの世辞だったらどうしよう。それはそれで嬉しいけど、やっぱり、本心からの言葉であってほしい。私のなかで『好き』って言葉は、そんなに軽いものじゃないから。
だけど、相変わらずまぐろくんの口調からは真意がつかみとれない。

「特にね★」

次の瞬間、私は彼の真意を悟る。

「青色の使い方が、とってもきれいだよね★水彩だと、それがよく映えると思うんだ★」

いつどこで私の絵を見たのかなんて、どうでもよくなった。

「好き、って言われたの、まぐろくんが初めてだよ。ありがとう。油絵でやってこうかと思ってたけど、水彩ももう少し勉強してみる」

「それは楽しみ★」

にしても、絵の話も分かるなんて、まぐろくんってやっぱすごい人だ。