好きと言ってくれたまぐろくんにお礼がしたかった。私ができることといえば、好きといってくれたその絵を本気で頑張ることだと思った。
それまで私は、漠然と絵が好きだから美術部に入って、それなりのものをそれなりに描いていただけだった。
でもまぐろくんの言葉を聞いて、嬉しさもあったけど、漠然としかやってこなかったことに恥ずかしさも覚えた。
だから必死に勉強して、わざと避けてたこともやって。とにかく結果をだそうと思った。
私は、美術室前の廊下に貼られた自分の絵を見上げる。
まぐろくんに言われた通り、水彩を勉強して描いた絵がコンクールで入賞した。
そんなに大きいコンクールでもないし、金賞でもなく銅賞だけど、全校生徒の前で賞状も渡された。
それよりなにより一番嬉しかったのは、まぐろくんにお礼ができたことだった。
まぐろくん、この絵を見てどう思うかな。出来れば、感想聞きたいな。まぐろくんのために描いたわけじゃないけど、きっかけをくれたのは彼だから。
あれ、そう考えると私、なんかまぐろくん中心になってる。いや、いやそうじゃなくて。まぐろくんはそういうのじゃなくて。
私にとってまぐろくんは、なんていうか恩人というか……恩人?それもなんか違う気が、
「未登録名前ちゃん★」
「ひぇっ」
考えていたところに声をかけられたものだから、ヘンな声が出てしまった。
しかも渦中の人物まぐろくん。
「えっとまぐろくん。どうかした?」
極力気持ちを落ち着けて言うも、若干震えていた。
まぐろくんは、気づいているのかいないのか分からないが、それには触れなかった。
「探してたんだ、直接おめでとうが言いたくて★改めて、入賞おめでとう★」
わざわざ探してまで、言いにきてくれるなんて。
まぐろくんは、優しい人だ。
「あ、ありがとう……」
「がんばったんだ、ね★」
それは。
がんばることができたのは。
ここで言わなければ、きっとずっと言えなくなる。
「まぐろくんの、おかげなんだよ」
「えっ?」
珍しく、驚いているふうだった。
「まぐろくんが、私の絵を好きって言ってくれたから。だから頑張ろうって思えたし、頑張ることができた。ありがとう、まぐろくん」
するとまぐろくんは、なんだかばつのわるそうに頬をかいた。
「……やっぱり、未登録名前ちゃんはすごいや★」
「え?なんで?」
すごいのはまぐろくんであって、私ではないと思うけど。
そう言いたかったが、私はまぐろくんの言葉を待つことにした。
「そうやって、自分の気持ちをきちんと言えたり、誰かの期待にこたえてくれたり★それに、とっても優しい」
すごく口を挟みたい。
挟みたいが、今はまだその時じゃない。耐えろ私。
「なんでもない話をちゃんと聞いてくれたり、関係ない部の手伝いをしてくれたり、ね★ボクには分からない、難しいこと考えてたりするのは、芸術的感性の豊かさ、なんだろうな★」
「ちょっと待ってほしい」
私はもうガマンできなかった。
「それ、そっくりまぐろくんに返したいんだけど」
「へ?」
「まぐろくんだって難しいこと考えられるし変わった感性もってて面白いし、こうしてわざわざ褒めに来てくれたりして優しいよ」
「いや、ボクは未登録名前ちゃんのほうが」
「いやいやまぐろくんが」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
はた、と応酬がやんで。
「「あっはははは!!!」」
同時に、笑い出した。
「な~んだ★ボクら、同じこと考えてたんだ、ね★」
「どうやらそうみたいだよ。おっかしいー」
「この際だから言っちゃうけど★」
「なになに?」
「未登録名前ちゃんに、どうやって話しかけようかって思って、あんな話ふってたんだよ、ね★」
「えーそうなの?特別な話題じゃなくてもこたえるよ私は?」
「うん、でもね……★」
「でも?」
「好きな人に話しかけるのって、緊張しちゃうでしょ?」
だから、なんでもいいから話題がほしかったんだ、そう言ったまぐろくんの頬も少し赤かったけど。
それ以上に私が赤くなっていたし思考の海というか渦に飲み込まれていたので、なんの反応すらできなくなっていた。