もう終わりにしましょうね、と彼女は言った。
きんと冷えた冬晴れの、遠くて青い空だった。それなのに足元は、昨日まで降り続けていた雪ですっかり真っ白で、まるで雲と空とが入れ替わったみたいでひどく居心地が悪かった。
ふ、とそこへ、青色に白い線が引かれていった。正確に言うと、白くて細い煙が、風がないせいで少しも揺らぐことなく天上へと立ち昇ったのだ。
あっけない、と思った。
あんな質量を持ったものが、ひとたび燃えればたったあれだけの煙にしかならない。その煙でさえも空に吸い込まれて影も形も色もなくなるのだから、終わりというのはいつもこんなふうなのだろう。あっけなくて、空っぽだ。
「俺も遠くに行きてぇな」
遠征部隊が帰ってきた時、俺はそう口にしたことがあった。本当に、ついうっかりという具合に漏らしてしまったので俺は慌てて彼女に言い訳をしたのを覚えている。彼女はほっそりとした眉を下げながら、咳で掠れた声をして「ごめんね」と言っていた。彼女にそんな言葉を言わせてしまったのをひどく後悔して、それ以来、彼女の前では慎重に言葉を選ぶことにした。そこで気づいたのは、彼女はいろいろなことの合間に「ごめんね」と言うのだ。気を遣わせてごめん、出迎えができなくてごめん、ご飯を残してごめん……それが、なんだか自分が言った言葉のせいで増えたような気がして、俺はそれまで交代制だった近侍をこのまま続けてもらえるよう頼んだ。彼女はとても驚いていたが、これでもかと頼み込めば最後には「ありがとう」と笑ったのだ。もしかしたら彼女には、俺が近侍を続ける理由が分かっていたのかもしれない。確かめる術はもう、ないけれど。でも俺がしたことで彼女が笑ってくれたのが本当に嬉しかったから、俺はずっと彼女の側にいた。
そんな優しい彼女だったから、終わりのときもみんな彼女に付き添った。本丸も残さなかった。残ったのは、最後のときまで近侍だった俺だけだった。
俺は、分からなかった。
自分がどうして近侍を続ける気になったのか。罪悪感を覚えたのは最初のうちだけで、あとはとにかく彼女に笑って欲しくて、それだけを考えていた。
あんなに行きたかった『遠く』、今ならどこへも行けるというのに、ちっともそんな気にならないのも、不思議だった。
もう一度、再現してみようか。彼女の前では絶対に言えなかった言葉。言わなかった言葉。繰り返してみたら、何かが変わるかもしれない。そう思い、俺は白い線が立ち上る空に向かってこう言った。
「俺も遠くへ行きてぇな、――あ」
ざあ、と風が吹いた。
白い線が大きく揺れて、青い空に溶け出した。一陣だけ吹いた風が、唯一の残り香を掻き消して、俺の頬に一筋流れた雫を冷たく震わせた。
そうか。俺は、遠くへ行きたかった。
『あんた』と、生きたかったんだ。
ようやく形を得たこの感情は、きっともうどこにも行き場所がないまま、時間とともに埋もれていくんだろう。今はそれが、ただ、哀しかった。
――もう終わりにしましょうね、あなたを縛り付けるのは――
最期の言葉は、まだ溶け出しそうもない。