「ん、今日は早いな」
「うん。ちょっとやることがあってね」
わたしはいつもよ少し早く、丘に来た。
ダークはちょっと嬉しそう……に見えたけど、気のせいかもしれない。
「今日は森できのこを採ってくるから」
「一人でか?」
「そうだけど」
「駄目だ!」
ダークがいきなり大きな声をあげたので、驚いた。
「どうして?」
「そりゃぁお前……女が一人で森とか、危ないだろうが」
わたしはまた驚いた。
まさかダークが心配してくれるなんて!
「ありがとう。でも大丈夫だよ!いつも行ってるとこだし、魔物も出たことないし」
「だから安全ともいえないだろ」
本気で心配してくれてるようだった。
わたしは嬉しく思ったけど、困ってしまう。
「でも採りに行かないと、もう食材ないしなあ」
「……俺が一緒に行ってやる」
「えっ」
ダークはそっぽを向きながら照れ臭そう言った。
「そうすりゃ、たとえ魔物に襲われても守ってやれるだろ」
「本当に、ありがとうダーク」
「別に。仮にも知り合いが死んじまったら寝覚めが悪いだけだ」
そんなふうに言ってるけど、ダークが心配してくれてるのはよくわかる。
わたしたちは、並んで森の中を歩く。
「なにニヤニヤしてやがる」
「えへへ、ダークと一緒に散歩なんて嬉しくって」
「……そうかよ」
相変わらずぶっきらぼうだけど、さりげなく歩調を合わせてくれてる。
やっぱり優しいよ、ダークは。
と。
「あ……!?」
がさ、と茂みが動いたかと思ったら、三匹の狼が行く手を阻んだ。
ううん、違う。
「へへ、こりゃラッキーだな」
「ああ、遠出した甲斐があった」
「うまそうなニンゲンだ」
言葉を話してる。
これは、魔物!?
わたしは数歩後ずさる。
そんな、この森に魔物なんていないはずじゃ……!
「おい。俺が合図したら、走れ」
「で、でもダークは」
「こんなザコ、敵じゃねえよ。それよりもお前がいるほうが足でまといだ」
「そ、そか」
「なにくっちゃべってやがる!」
一匹の魔物が、ダークめがけて飛びかかった。
ダークはどこからか出した剣で魔物をなぎ払う。
魔物は横に飛んでかわした。
「行け!」
ダークが叫ぶ。
わたしはダークに背を向けて走りだした。
「させるかよ!」
「きゃあ!」
魔物がわたしの前に立ちはだかる。
わたしはすくんで動けなくなった。
「ハル!」
そのとき、わたしを呼ぶダークの声がした。
恐る恐る目を開けると、そこには。
「ひ……!」
あげようとした悲鳴がかすれた。
真っ赤になって横たわる、動かなくなった魔物。
その傍ら立つ、真っ赤になった剣を持つダーク。
初めてわたしは、彼を恐ろしいと思ってしまった。
助けてくれたのに。
でも、飛び散った鮮血が、鉄の匂いが、恐怖を煽った。
逃げ出したい。今すぐここから。
しかし。
「怪我はねぇか」
ダークがこちらを向いて、言う。
「な……ない」
「そうか……」
瞬間、どさ、と彼が倒れた。
「ダーク!」
駆け寄るが、返事はない。
見ると、わき腹から血が出ていた。
黒い服だったから見えなかった……!
「ダーク!しっかりして!」
揺さぶるわけにもいかないので、口元に耳を近づける。
呼吸はしてる。でも、すごく浅い。
わたしは急いで、家に救急道具を取りに戻った。
魔物にそんなもの必要ないって言われたことがあるけど、何もしないでいたら、死んでしまうかもしれない。
そんなのは、絶対に嫌だ!
わたしはダークと初めて会ったときのように、家から薬と包帯を持ってきた。本当は家に運びたかったけど、わたしの力ではダークを担ぐことさえできない。
誰かを呼ぶ、ということも考えたけど、ダークが人間じゃないってわかったら、力なんて貸してくれない。
わたしが、やるしかない。
(お願いダーク……死んじゃだめ!)
必死に介抱する。わき腹に消毒液をつけると、ダークが苦しそうに呻いた。
ごめんね、ちょっとの辛抱だから。
どくどくと流れる血はとまらない。たしか、こういうときってぎゅっとすればいいんだっけ。圧迫止血ってやつ。
ガーゼを何重にもしてわき腹にあて、包帯で締め付ける。あっというまに血がにじみ、赤に染まる包帯。
もう怖いなんていってられなかった。それよりダークが死んでしまうことのほうが怖かった。
とりあえず応急手当はしたけど……大丈夫かな。
いくら魔物だって、こんなに出血してたら危ないんじゃ。
でも、わたしに出来ることといったらここまでしかない。
後は、ダークを信じるしかない。
ダークの額にうかぶ汗を何度もぬぐっているうち、ダークが目を覚ました。
「よかった、ダーク!」
「う……」
ダークは焦点の定まらない瞳でこちらを見て、二、三度瞬きしてから、
「おまえっ……なんで!……っく」
「叫んだらだめだよ。ひどい怪我なんだから」
「な、んで……俺なんか、助けてるんだ、よ」
「なんでって」
そんなの、答えはひとつしかない。
「ダークが死んじゃったら、嫌だから」
「……俺のこと、怖いって、思っただろ」
言われて、どきりとする。
確かにわたしは、ダークのこと、一瞬でも怖いって思った。
あの返り血まみれの姿は、恐ろしい魔物だった。
「だから、もう、関わるな……俺のことは、放っておけ」
怖かった。でも、でも。
「わたしはダークと一緒にいたいよ」
「は……」
「あの時は、ちょっと怖かった。でもそれはわたしを助けるためで、望んでやったことじゃない」
「……」
「もう一度言うよ。わたしはダークと一緒にいたい。わたしには、ダークが必要なの」
わたしの言葉を聞き終えたダークは、ふーっと息をつき、体を起こした。
「あっまだだめだって!」
「もう血は止まった。魔物の回復力なめんな」
「そ、そうなの」
「…………俺は、誰かに必要とされるような、そんな存在じゃない」
「ダーク?」
ダークの言葉は、疲れているような、なにかをあきらめているような。
そんな、空虚な言葉だった。
「お前、聞いたことないか。時の勇者の話を」
「え、まぁ、一応知ってるけど。時を超えてハイラルを救ったっていう勇者の話でしょ?顔は、みたことないけど」
「……俺は、その影として生み出された魔物だ」
「え……」
「本当の名前は、ダークリンク。っつっても、通称みたいなもんだったが」
「リンク」
その名前は。
彼が自分の話をしようとしなかった理由。
「作られたときは、散々な言われようだった。なにせあいつと同じ顔してるんだからな。同じ魔物からも憎まれた。忌々しい、ってな」
わたしは何も言えずに、ダークの話を聞いていた。
「だから俺は誰からも必要とされない。されるわけがない。あいつの影背負っているんだ、ろくなもんじゃねえ」
「……」
「お前も、もう俺にかまうな。俺といたって、いいことなんかなにも」
「バカッ!」
ぱちん
ダークの頬を、思い切りうっていた。
「なんでそういうこと言うの!?わたしは、ダークが必要だって言ってるでしょ!」
「お前」
「ダークが誰の影でも、誰からも必要とされなくても!わたしだけは、ダークのこと見てるよ。ダークリンクじゃなくて、ダークのこと!……だから、そんなふうに言わないで……わたし、わたし」
視界がにじむ。
きっとわたし、今泣いてる。
「ダークのこと好きだもん」
なにかが決壊したみたいに、一気に涙があふれた。
両手で顔を覆い、しゃくりあげる。
ついに言ってしまった、という後悔よりも、ダークが自分のことをそんなふうに卑下するのが許せなかった。
あなたのこと少しでも慕ってる人がここにいるから、そんなふうに言わないで。
こんなにもあなたのこと好きだから。
泣いてしまうくらい、好きだから。
「……悪かった」
優しい、声だった。今まで聴いたことないくらい。
顔をあげようとしたら、ぐいと引き寄せられた。
「だ、ダーク」
「じっとしてろ」
ダークの胸に押し当てられる。わたし今、ダークに抱きしめられてるんだ。
「誰かにそんなこと言われたのは、初めてだ。だから、その……くそ、なんて言ったらいいんだ?」
「……そういうときは、嬉しいって言うんだよ」
「嬉しい?」
「そう」
わたしは目線をダークにあわせて、
「誰かからなにかしてらったときとか。あったかい言葉をもらったら、嬉しいって言うの」
「嬉しい、か。これが……なんか、あれだ。胸の奥が暖かい」
「うん」
「そうか……」
ダークは、少し笑った。
「わ。ダークの笑顔初めて見る。かわいいなあ」
「だから、男にかわいいとか言うな」
「ごめんごめん。……っわ」
「許さねーからしばらく離してやらねー」
腕にちからをこめるダーク。
わたしは嬉しくて、笑ってしまった。
「……お前」
「なに?」
「さっき俺のこと、好きだって言ってくれたな?」
「あ」
そ、そうだった。
流れでつい言ってしまったが、わたし、ダークに、こ、告白しちゃったんだ!
変な汗がどっとでる。
ダークの顔が見られなくなり、視線をそらして言う。
「さ、さっきのは忘れて!聞かなかったことにして!あれは、その……」
「俺もお前のことが好きだ」
「……え」
「聞こえなかったか?」
「き、聞こえた!」
うそ、うそ。
だって、ダークとわたしは種族が違って、それで……。
でもそれ自分で否定してたけど……。
「ずっと、この気持ちがなんだかわからなかった。でもお前に言われたら、わかったんだ。俺、お前のこと好きだ」
「ダーク……」
はにかむ彼の顔は、今まで見たどの表情よりも、素敵に見えた。
思わず見とれてしまう。元々、ダークの顔って整ってるんだもの。
それに。
「わたし、ダークがわたしのこと想ってくれてるなんて、思いもしなかった」
熱に浮かされたように、頭がぼうっとする。
きっとわたしのことなんて相手にしてないと思っていたから。
まさかダークも同じこと考えてたなんて。
わたしは嬉しくて、ダークの胸に顔をうずめる。
「嬉しい。本当に嬉しいよダーク」
ダークが、優しくわたしの髪をなでる。
「これから、一緒にいてくれるか?」
「うん。ずっと」
「……う、嬉しい」
少し照れたように言うダーク。
まだ慣れてないんだなあ。
「今笑ったか」
「わっ笑ってない」
「本当か?」
「本当だって!」
ああ、なんて「嬉しい」んだろう。
こんな気持ちになれるのは、ダークのおかげ。
「大好きだよ。ダーク」
「俺も、だ」