やがて消えゆく温度について

*ふつうにいかがわしい

 どうしてこうなったんだろうなぁ。
 うすぼんやりした頭の片隅で考える。お腹の底にうず巻く熱が、大きくわたしの中心を揺すぶっていてもそんなことを思い浮かべてしまうのだから、わたしはまだどこか冷静なのだろう。それともとっくに焼き切れていて、わたしというなにもかもが熱といっしょに溶けだしてしまったのか。
 まだ、「そこ」へはいけそうにないのに。

「――、」

 わたしの上で、獣のような息を吐き出していた唇が引き結ばれる。そろそろなんだなぁ、と、またぼんやりと思いうかべた。ぐつぐつと煮えたぎるような熱、どくどくと脈打つ感触。それらがわたしのなかでさざめいた、そのとき、不意におとずれた喪失感にからだが震えた。
 当たり前みたいに、この獣はいつもそうするのだ。わたしはもっとひどくされたいのに、いたいのが良いのに、ぜんぶぜんぶ分からなくしてくれていいのに。でも、この獣はわたしのなかに自分の熱を吐き出すことはしない。決して。

「どうして?」

 意味もなくたずねるのは、すでにわたしのなかで決まりごとになっていて、返ってこない言葉のかわりに唇のはしを舐めとるのもいつものことだった。出てこないはずの音を拾いあげるみたいに、浅いところを行ったり来たりしてさらっていくのがなんだかおかしかった。

「私は」

 はて、と目を丸くする。このやりとりのさなかに声をだすのが、今までにないことだったからだ。

「私は」

 もう一度、彼が言う。喉の奥がぎゅうとひきしまって、まばたきすら忘れるほどにわたしは彼の瞳を見上げていた。真っ赤なふたつの瞳はぐらぐらと揺れている。

「あいつには、ならないからだ」

 しらないものを解剖するみたいだった。

「この体は私のものでない。私はあいつにはなれないし、なるつもりもない。この手は『代わり』ではない」

 彼の指が、わたしの輪郭をなぞっていく。ひとつひとつ確かめるように動くそれらはガラス細工のようにもろくもあり、岩のように強固でもあった。二面性。もともと存在する『彼』と、割って入った彼が反発しあってほどけない。
 とっくに気づいていたのだなぁ、と、思ったとき、午睡のなかにいたわたしという意識が少しずつ浮上して、彼の真っ赤な瞳にくっきりと浮かび上がる。両手をあげて、わたしも彼のふちを指ですくった。彼が面食らった様子で離れそうになるのをつかまえて、これから、いままで出てこないはずだった音をどうやって響かせてやろうか、と考えていた。

(さいしょはきっとそうだった。けれど今はあなたのことを見ているから)

BGM:乙女解剖/Deco27*
Title:ユリ柩