「これで12回めなんだよ」
エンティティの足が振り下ろされる瞬間に、未登録名前は僕に笑いかけた。そのときは、僕には未登録名前が何を指しているのか分からなかった。
上司を殺して、エンティティに言われるがまま霧の森の殺人鬼になって、僕はやっと安心できた。ほどよく殺していれば怒られることもなかったし、たくさん殺せた日はご褒美だってもらえた。昔から、自分から行動するのが苦手だった僕は、考えることを捨てて言われたことを言われるがままやっていればいいだけのこの世界が合っているのだと思う。
余計なことは考えなくていい。ただ殺してさえいればいい。そうすればエンティティは喜ぶし、僕自身も気が楽だ。
それなのに、先程未登録名前が残した言葉が耳を付いて離れない。12回目、なにが12回?僕と彼女になにかあったか?いつだって、未登録名前の顔を思い出すたび、儀式で会うたびにしまい込んでいた心がざわざわするんだ。初めて会ったときからそうだ、あれはシェルターウッズの木の根本で、寂しそうにうろうろしていた未登録名前を見た時。鐘を鳴らして姿を現せばとても驚いていたけど、ちょっとだけおかしそうに笑っていた姿を昨日のように覚えている。次にバダム幼稚園で会った時のことも、その次にガスヘヴンで会った時のことも――
指折り数えて、はたとする。
12回めだ。
僕が彼女に出会って、吊り殺すのが12回め。彼女はそのことを覚えていた。僕が覚えているように、彼女も覚えていた。覚えて、くれていた。
じわりじわり、指先から熱が戻ってくる感覚。とっくの昔に失った温度。それが、たった一つの言葉で、こんなにも呆気なくこの身に宿る。
きっともう僕は、ただ殺すだけの日々に戻れない。あの日、上司と一緒に殺したはずの僕が、こんなにも蘇ってしまったのだから。