「しまったなあ」
未登録名前の家に遊びに来ていて、そろそろ帰ろうかと思っていたところに未登録名前の呟きが溢れる。セリフの割に緊迫感のない口調だったので大したことではなさそうだが、一応尋ねてみた。
「どうしたんだよ?」
「牛乳切らしてたの忘れてた」
些細も些細だったか、と苦笑していたら、次の一言は衝撃を生む。
「まだスーパー開いてるし、ちょっと行ってくるわ」
時計を見れば午後7時前、いくらなんでも不用心すぎだ。
「危ないだろ。オレが代わりに」
「悪いからいいよ。歩いて十分かからないし、すぐ買って帰れば大丈夫だって」
心配性だなあ、と笑う未登録名前に内心でため息をつく。確かに、ジョーシキ的に女の子一人を夜出歩かせられないってのはある。だがそれ以上に、未登録名前が訳の分からない事件に巻き込まれでもしたらと思うと、全身の針が逆立つ思いだ。
「なら一緒に行く。それならいいだろ?」
「本当心配性だなぁ。走らないからね?」
「たまには歩くさ。すぐなんだろ?」
「まあねー」
なら急げと、二人揃って家を出る。外はまだ明るく、道路には車も何台か走っていたが、人通りはあまりない。やはり一人にはさせられないな、とさりげなく道路側を歩く。
「なんか、ソニックと並んで歩くの珍しーよね」
「そういやそうだな」
「家にきてまったりするのも珍しいなーって思ったけども」
「お前が家出たがらないからなー」
「ウッ……そういう私が引きこもりみたいな言い方よくないと思うなー?」
「実際休みの日はだらけてるだろー?」
「だってお布団最高なんだよ……」
「せめて起き上がれ」
「用があれば起きるさ!ソニックに会えるとかね?」
「そりゃドーモ」
「適当!」
内心、ちょっとだけドキッとしたことは秘密だ。普段はだらしない未登録名前だけど、声をかければなんだかんだすぐ飛んでくる。今日だって急に会いたくなって訪ねたけれど、未登録名前はさして気にせず、むしろ嬉しそうに上げてくれた。そういう大らかなところが好きで、いつも彼女の行為に甘えて押しかけてしまうんだ。……ま、その大らかさが向くのはオレだけじゃないんだけどな。
そう思ったら、どうしても未登録名前を独占したくなって。隣で揺れる手をこっそり握ろうとして、ためらった。未登録名前はオレのことをただの友達としか思ってない。だから簡単に家に上げてくれるし、軽口を叩いて笑ってくれる。その距離を自分から壊すには、まだ、早いんじゃないだろうか。
「っと!」
その時ぐいと手を引かれたかと思うと、猛スピードで自転車が通り過ぎて行った。
「ぼんやりしてるなんて、今日は珍しいことだらけだね」
手を握ったままの未登録名前はニッと笑った。
「……たまには、だな」
そのまま歩き出したことに動揺しつつ、平静を装う。
「普段は逆だけどねー」
「自分で言うかー?」
「だってさ。今だって道路側歩いてくれてるじゃない?」
言葉が詰まった。
「そんな気遣いできるソニックの前じゃぁ、ねぇ」
言葉切れが悪くなり、ふと隣を見上げれば、ほんの少しだけ色付いた?が目に入る。オレは繋がれた手を握り直して、ゆっくり道を歩いて行った。