「……なんだこれは」
仕事が早くに終わったので、久々に未登録名前の家を訪ねたら、庭が真っ赤になっていた。
詳細を述べるなら、見たことのない真っ赤な花が一面に咲いていた。
「知らない?彼岸花っていうの」
花に隠れて見えなかったが、かがんでいた未登録名前が顔を出した。
「いや、知らん」
「それもそうか。アジア圏の花だからね」
それなら知るはずがない。
しかし、こんな大量の花を一体どこで手に入れたのだろうか。
花屋で買ったにしても、数が多すぎる。
疑問を素直に言うと、未登録名前は笑って答えた。
「植えたのは去年なんだけどね、彼岸花って球根でどんどん増えてくんだよ。わたしそれ知らなくて、気がついたらこんなだよ」
「……少し間引いたらどうだ」
「うーん、それも考えたんだけど、せっかく咲いてるし、まあいいかって」
「それでは来年は更に増えるぞ」
一年でこれだけというなら、今後も鼠算式に増えて、庭どころか隣家にまで及ぶのではないか。
「まあ、その時はその時、かなあ」
「……」
「ところでどうですお客さん、一本」
「いらん」
「えーそんなー。今ならセットでもう10本」
「いらん!僕の家まで埋める気か」
未登録名前は口を尖らせ、またしゃがみこんで顔を隠した。
大体僕は花に興味はない。それは彼女も知っているはずだ。
……では、なぜ勧めてきたのか?
興味が湧いた。少しだけ。
「なぜ、そこまでこの花にこだわるんだ」
未登録名前は顔を出さずに、こう言った。
「そうし」
「は?」
「そうしばな。彼岸花の別称」
そうし?別称?
一体なんだというのだ。僕になぞなぞでも仕掛けているつもりか。
前述したが僕に花を愛でる趣味はない。くだらん遊びにつきあう趣味も。
――いや、待てよ?
創始、草紙、相し……
まさかとは思うが。
「相思う?」
すると、花が揺れて。
「おそいばか」
彼岸花ほどではないが、赤い顔をした未登録名前が立ち上がった。
「君が遠まわしすぎるんだ」
「だって、直接言えないんだもん……」
「言えなかった、だろう?」
「あーもー!そうですね!その通りですね!」
よほど恥ずかしかったのか、未登録名前は背を向けてしまった。
僕は喉の奥で笑いをこらえて、
「では、ひとつもらっていこうか」
「え、」
「相手を思う花だそうだからな」
未登録名前が小さく、本当に小さく呟いた言葉で、更に笑みがこみあげた。
(あ、ちょっとまった)
(なんだ?)
(彼岸花、家に持って帰ると火事になるという迷信が)
(……勧めたのは君のほうだろう)