–夢主幼女
ある日の昼下がり、俺は久々にステーションスクエアに降りていた。
日用品の買出しや最近のニュースなんかは、さすがにエンジェルアイランドでは手に入らないからな。
しかし長くマスターエメラルドから離れているわけにもいかないので、さっさと用事を済ませてすぐに戻る。
つもりだったのだが。
(……?)
路肩のベンチに、小さな女の子が一人で座っていた。その顔は険しく、手は膝の上で握りこぶしを作っている。
周りに親らしき人物の姿はない。大体、この時間ならあのくらいの子供は学校にいるはずじゃないのか。
妙だな、と思った俺はそいつに声をかけた。
「お前、一人でなにしてるんだ」
女の子はびくりと肩を震わせてから顔をあげた。今にも泣きそうだったが、すぐに目つきを鋭くさせて、視線をそらした。
「あんたにはカンケーないでしょ」
「随分ナメた口きくじゃねーか」
「うるさいな」
このマセガキ……。
声をかけたのは間違いだった。すぐに戻らなければいけないのに、こんなことで油売ってる場合じゃなかったな。
「そうかよ、じゃあな」
「まって」
無視したかった。激しく無視したかった。
しかしガキは俺のシッポをつかみやがった。
「おい離せバカヤロウ」
「どっかつれてって」
「ハァ!?」
「どこでもいいから、ここじゃないどこかにつれてって」
「お前なに言って……」
「おい!そこで何してる!」
げっ。こんなときに警官かよ。でも俺がガキをたぶらかしてるようには……
「十分見えるってのクソがあ!」
「きゃあ!」
俺はガキをふんづかまえて担いだあと、空に飛び上がった。
見る見る遠くなる街を見て、なんでこんなことに、とため息をこぼした。
ガキはというと、担ぎ上げられてから、一言も話さないでいる。
「怖いのか?」
頼まれたとはいえ、こんな形で連れてきてしまった以上、まあ、心配というか、気にはなる。
しかし子供はふるふると首を振った。
「だいじょうぶ……」
「無理すんなよ。怖かったら目を閉じてろ」
「ううん。あのね、すごいなって、思ったの」
「なにがだ?」
「こんな景色があったなんて、しらなくて……」
子供は高揚しているようで、目を輝かせながら、ずっと下を見ていた。
ただの小憎らしいガキだと思っていたが、なかなか素直なところもあるじゃねえか。
恐らくこっちが本来の性格なんだろ。ああいう口をきいたのは……「なにか」がそうさせたか。
そのなにかが分かれば、こいつが一人でいた理由も分かる気がするが。
(全く、面倒なことになっちまった)
エンジェルアイランドの、いつもの祭壇の前にきて、子供をおろしてやった。
子供は物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回し、マスターエメラルドに気がつくと階段を駆け上っていった。
後を追うと、子供はぐるりと周囲を一周してから、俺にたずねた。
「これ、なあに?」
「マスターエメラルドだ」
「こんなおっきい宝石、はじめてみた。さわってもいい?」
「……触るだけならな」
子供は嬉しそうにマスターエメラルドに触れた。しかしすぐに手を離した。
「もういいのか」
まあ、あんまりベタベタ触られるのもいい気はしないが、一瞬で満足したのか。
子供は触った手を胸に当てて、大きく息をついてから、
「うん。なんだか、ずっとさわってるのよくないかなって思った」
こういうのを、聡明、というんだろうか。
こいつは直感的に、マスターエメラルドがどういうものなのかを悟ったらしかった。
およそ子供らしくない。しかし空を飛んでいたときは、子供らしく素直だった。
へんなやつだな、俺はその程度にしか思わなかった。この時は。
子供は石垣のところに座ってエメラルドを眺め始めたので、俺は荷物を置き、いつものところに座る。
「ねえ、あんたの名前なんていうの?」
「ナックルズだ」
「ナックルズ。いつもここでなにしてるの?」
「このエメラルドを守ってる」
「なんで?」
「なんでって……」
俺は頭をかいた。
そういう難しい話は苦手だ。というより、
「知らねえ」
子供は目をぱちくりさせた。
「わかんないのにまもってるの?」
「さっきから質問ばっかだなお前。……別に知りたくもないしな」
「へんなのー」
へんなのはお前だ、と言ってやりたかったが、言葉を出す前に見た子供の顔が、とても。
悲しそうだった。
「わかんないことをするのって、こわくないの?」
それか。
お前を縛ってるものは。
「正直に言っちまうと、たまに怖くなる」
「じゃ、どうして」
「そうするしかないからさ」
怖くても、自分にできることがそれしかないなら、やるしかない。
逃げ出して後悔するより、当たって砕けろってやつだな。いや砕ける気はねーけど。
「……」
子供はうつむいて、地面を見つめている。
やがて。
「あたしのおとうさんとおかあさん、いつも、怒るんだ。あそびにいっちゃだめ、勉強しろ、はやくかえってきなさい、いろいろなことで」
「……そうか」
「あたしなんていらないんだって。だから家出してやったの。だけど……」
子供は両手で顔を覆った。
俺は立ち上がって子供のそばによる。
「怖くなったんだな」
「っひ、く、あた、し、おとうさんたち、を、こまらせて、やりたくて。でも、ひとりは……いやだよ」
両親に対する反発が、こいつを背伸びさせて、気を張って。
だが初めての抵抗をするには、こいつは小さすぎた。
「ま、でもよくやったんじゃねえか」
「え?」
子供は驚き顔をあげた。涙でひどい顔になっていたが、ぐいとぬぐってやった。
「親の言いなりになって、なんでもハイハイ頷いてるやつよりは、よっぽど骨があるぜ。もっと自分のこと褒めてやってもいいんじゃねえか?」
な、と笑いかけると、子供はぽかんとした顔になり、それから両目をごしごしこすって、
「あたし、がんばった?」
「ああ!」
「ありがと、ナックルズ!」
涙はもう流れていない。その代わりに、笑顔がいっぱいに広がる。
「めいわくかけて、ごめんね。あたし帰る。そいで、おとうさんとおかあさんに、ばかっていってやるんだ」
「くく、いい度胸だ」
これならもう、大丈夫だろう。
怖いことに立ち向かっていく方法を、こいつはちゃんと理解した。
背伸びじゃない成長をしたんだ。
再びステーションスクエアに来る頃には、すっかり夜になっていた。
さすがに一人で行かせるわけにもいかないのでついてきたが、家の前まできたのにこいつは動こうとしなかった。
あとは呼び鈴を鳴らすだけなのに。
「やっぱり、おこってる、よね」
声が震えていた。無理もない、何も言わずに飛び出してきたというのだから。
「散々怒られとけ。んで、その後でちゃんと言ってやれ」
「きいてくれるかなあ?」
「さあな。でも言ってみなけりゃ分かんねえよ」
「そう、だよね……」
子供はゆっくり深呼吸して、ドアノブに手をかけた――
バタンッ
「ああっ!今までどこに行ってたんだ!」
「心配したのよ!」
開ける前にドアが開き、夫婦らしき二人が子供をぎゅっと抱きしめた。
「おとうさん、おかあさん」
「よかった無事で……本当によかった……」
二人とも、目に涙を浮かべている。
思ったとおり、いらないなんて思われてなかったってことだな。
心配性で、ちっと過保護なだけ。うまく伝わってなかっただけだ。
「貴様だな!娘を誘拐したのは!」
……そーいや昼、警官に見られてたっけな。
「おとうさんちがうの!ナックルズは……!」
「お前は黙っていなさい!」
男は鼻息荒く俺を指差し、女は子供を守るようにだきしめて、子供は俺を心配そうに見て。
あー、めんどくせ。
「ああそうさ。お前らにちょっとばかし痛い目見てもらおうと思ってな」
「なんだと!」
「ナックルズ!」
俺は子供には目を向けなかった。
「お前ら、ホントに自分の娘のこと大事にしてんのか。大事にしてんなら、もっと全力で探せよ。こんな時間までなにしてたんだ?」
「それは……仕事が……」
「娘より仕事のほうが大事だってのか?ふざけてんじゃねーぞ!普段口うるさく干渉するくせに、大事なときになにもしてやれねぇでなにが親だ!」
そのせいで、こいつはたくさん泣いたんだ。
伝わらない愛情なんか愛情じゃない。
ただの束縛だ。
「き、貴様になにが分かる!」
男は見るからに動揺していた。
「あぁ分かんねえよ、親になんてなったことねえからな。でもな、大切にしたいヤツを大切にする方法は知ってるぜ」
「ぐぐ……!出て行け!今すぐ!めざわりだ!」
「言われなくてもそーする」
こっちは言いたいこと言えて満足だからな。
俺は尚もがなりたてる男に背を向けて歩き出した。
全く余計な時間をくっちまった。早くマスターエメラルドのところに戻らねえとな。
と、背中に軽い衝撃を受けて、俺は立ち止まった。
あいつが抱きついていた。
「どうして、本当のこと、言わなかったの」
俺は前を向いたまま。
「そのほうが都合がいいだろ。お前にとって」
「だけど!」
「よかったな。お前の両親、ちゃんとお前のこと考えてくれてて」
「う、うん」
「ならそれでいい」
子供を優しく振りほどき、俺はまた歩き出した。
追ってくる気配はない。
それでいい。今度はあいつが、言いたいことを言う番だからな。
「ナックルズ!またあおうね!ぜったい!」
片手をあげて応じてやった。
(そういやあいつの名前きかなかったな)
(今度会ったら、聞いてみても、いいか)