「ボンジュール、マドモアゼル!今日も美しいね!」
「先輩ってやっぱおかしいですよね」
あえてどことは言わないが、ジト目でルーク先輩を見つめた。しかし先輩は本当に不思議だというように「なぜそう思うんだい?」と小首を傾げている。
容姿端麗にして頭脳明晰。我がポムフィオーレの副寮長の実力を持つあのルーク・ハントが、わたしのような成績も容姿も魔力も全て『並』であるいち生徒にご執心、かつ毎日顔を合わせるたび「美しい」などと宣う理由がまったくもって分からない。美しいものを見すぎて頭がおかしくなってしまった――とでも言ったほうがまだ説明がつく。
「っていうか、忙しいんで後にしてもらえますか」
「おや?今日のキミのスケジュールによると、この時間はまだ余裕があったはずだよ」
なんで!人のスケジュールを本人以上に把握しているんだ!!
比喩ではなく頭を抱えると、「悩む姿も美しいよ!」とかいう能天気な言葉が降ってきたためもれなく頭痛もプラスされた。
本当に、なぜなのか。
見た目も、頭も、そのほかあらゆる能力において、私には突出したものがない。目立ったことも、かといって悪目立ちもしたこともない。それなのに、先輩のように欲しいものを欲しいだけ手に入れるような人が、なぜわたしなんかに構うのか。
「わたし。きらいなんです」
これは悪い予想だ。でも、それしか考えられない。
「先輩みたいになんでも持ってる人に同情されるのも、好きでもない人にお世辞言われるのも。きらいです」
ルーク先輩は、目を丸くして驚いていた。
珍しい表情をさせてやったぞという優越感と、そのとおりだったじゃないかという落胆が胸の中で綯い交ぜになる。やっぱり、先輩は、先輩のなかでのわたしは、
「では、中身のある言葉なら受け取ってもらえるのかな?」
「……は……いっ!?」
まるで最初から決まってたみたいに、先輩は素早くわたしの腰を引き寄せて手を取った。ダンスに誘うような優雅な身のこなし。あっけにとられていると、ぐっと端正な顔が近づいて、鮮烈な翠の瞳がわたしを射抜くように見つめた。
「私はキミに、一度たりとてうわべだけの言葉を紡いだことはないよ」
「え……」
「すべて私の本心さ。キミは自分のことを『並』だと言うが、その並を維持、または向上するのに努力しているだろう?その姿勢はとても美しいと私は思っているよ。それから、先程のように私相手でも物怖じせずはっきりと意見できるのも良いところだね。あとは――」
「もういい!もういいです!!」
「分かってもらえたかな?」
わたしが沸騰しそうになっているというのに、目の前の翠は楽しそうにほころんでいる。悔しくてなにか言おうとして、でも金魚みたいに口を開けたり締めたりすることしかできず、視線を落とすしかなくなった。
なんだ、それ。本心って。それってルーク先輩が、まるで私に……?
いや待て。この人は比較的誰にもこんな態度じゃなかったか。うん。そうだな。そういうことにしておこう。なんか結局この人の思い通りにされてる気がして腹が立ってきた。っていうか。
「いつまで腰抱いてんすかコノヤローーー!!!!」
ガゴッ
渾身のヘッドバットをぶちかまし、よろめく先輩から脱兎のごとく逃げ出した。ザマーミロ!!なんでも思い通りになると思ったら大間違いだぞルーク・ハントめ!!
「……面白い。実に面白い!!キミは私の予想をいとも容易く飛び越えてくれるね!ますます愛おしくなったよ私のラパン!次こそは必ず、愛の狩人の名にかけてキミを射抜いてみせよう!」
「……こんなところでなにやってるのよルーク。というよりまず鼻血を拭きなさい」